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    kitanomado

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    kitanomado

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    さとみくんがお花を育てる話

    極楽鳥花「聡実くん花貰ってくれへん?」
    「花?」
    グラスの中で溶けきった氷が水になり、アイスコーヒーの上に透明の膜を張っている。聡実はそれをストローでかき混ぜながら狂児の言葉を反芻した。「なんでこの男はいつもいつも突拍子のないことを言い出すんだろう」そう思いながら。しかし、狂児は聡実のそんな思いには構わずに続けた。
    「そ、お花。貰いもんなんやけど、蕾のまんまぜーんぜん咲かへんねん。やけど葉っぱはピンピンしてて枯れてる訳ちゃうし、どないしたもんかなーて。ほんで聡実くんならうまいこと咲かせられるんちゃうかな思うてな」
    「人を何でも屋みたいに言わんでください」
    聡実はそう言ってから、すっかりぬるくなったアイスコーヒーを吸った。ちゃんと混ぜたつもりなのにガムシロップが底の方に沈んでいたらしい。喉を通るその甘ったるさに思わずむせそうになる。軽く咳払いしてから狂児を見た。
    「それ、どんな花なんですか」
    「なんていうたかな。ちょお待ってて」
    狂児はテーブルに伏せて置いてあったスマートフォンを左手で掴み、しばらく画面を操作すると聡実へ差し出した。
    「これこれ」
    「ストレリチア……極楽鳥花?」
    画面には濃い緑色の葉とオレンジ色の花が写っている。聡実は狂児のスマートフォンを受け取り、画面をスクロールした。
    「なんや南国っぽい花ですね」
    「な。派手やんな」
    そのまま下の方にスクロールしていくと、生花店の広告が表示され、聡実は「これこんな値段するん?」と声をあげた。
    「贈答花やしな。そんくらいするやろ」
    「いうか、なんで僕?」
    聡実は画面から顔をあげ、怪訝そうな視線を送ると、狂児は目を細めた。
    「面倒見るの得意やろ聡実くん」
    「得意ちゃいます。そもそもそれ狂児さんの貰いもんなんでしょ?僕が貰ったらあかんのやないですか」
    「地元で世話しとるスナックのママがな、こっちで店開くわ言うたら開店祝いで送ってくれてん。開店祝いて普通は胡蝶蘭が定番なんやけど、胡蝶蘭なん腐るほど貰うてるやろし、あんたはこっちの花のがお似合いやわ〜言うて。それに開店祝いの役目は終わったからええのんよ。いうてそのタイミングには咲かへんかったんやけど。ほんでも綺麗に咲かしてもろた方がお花もええやろ」
    「ほな開店した時は、」
    「うん?ああ、へーきへーき。他の店のママもなんや送ってくれはったからな。確かに胡蝶蘭ぎょうさんもろたわ。聡実くん胡蝶蘭もいる?綺麗やで」
    「もてはりますね」
    聡実はテーブルに置いたスマートフォンを狂児に返した。音のしなくなったグラスをかき混ぜながら、平たくなったストローに口をつける。グラスから垂れた水滴がテーブルに水溜りを作っている。聡実はお手拭きでそれを拭っていると、額のあたりに視線を感じて顔をあげた。
    「……なに?」
    狂児は頬杖をついて、口の端をあげながら笑った。
    「いや?聡実くんまた下向いてもうたわ〜思うて。ご機嫌ななめやん」
    「別に、普通やけど。僕に関係あれへんし」
    「ほぉーん」
    「なんですか」
    「別にー」
    「なんなん」
    「聡実くんの真似っこ」
    「死ね」
    「ははは、こわ〜!まあ仕事のお付き合いでモテてる訳ちゃうけど。それに俺可愛ええからな。お姉ちゃん受がええだけ」
    「えっ?」
    「えっ?あ、聡実くんのが可愛ええに決まっとるよ!当たり前やん!」
    「いや、そうじゃなくて。……まあいいや」
    「ま、そういうことやから。帰り寄り道してってよ」
    決定事項なんやな。いつもそうだ。だからと言って断る理由も特に見つからないけど。聡実がグラスの底にまだ溜まっていたガムシロップを音を立てながら吸っていると、狂児は一切れ残ったピザトーストの皿を押しやった。
    「聡実くんこれ食べてまい。おじさんもう腹パンパンやわ」
    聡実はピザトーストの一切れを口に押し込み、水で流し込んだ。
    会計を済ませ喫茶店を出ると、狂児はシャツの胸元をつまみ、ぱたぱたとあおいだ。
    「ほんま今日暑いなぁ。もう夏やん」
    「長袖しんどい季節になりますね」
    五月も下旬になり、夏の日差しに近づいている。梅雨前で湿度が低いのだけが救いだ。乾いた風が髪を撫でる。
    「ほんまよ。聡実くん袖捲ってもええ?」
    「あかんに決まっとるやろ」
    狂児はさっきもカレーを食べながら「暑い暑い」と左袖だけを捲っていた。
    狂児より先に歩き始めた聡実は独り言のように呟いた。
    「刺青」
    「え?」
    「カラオケ大会で刺青入れられるん、彫られる位置とか選べるんですか」
    「いや、組長任せやな。なんで?」
    「腕やのうて他んとこやったら普通に袖まくれたのにな、て。そんだけ」
    「聡実くん耳の裏とか手の平とかのんがよかった?」
    「それも裏目立つやろ」
    「ほな胸んとことか」
    狂児は指先でトントンと自分の胸の真ん中を叩いた。聡実は振り返り、その狂児の仕草をちらと見る。
    「そこも、シャツちゃんと着とかんと目立つやん」
    「でも腕に入ってんのなかなかええのんよ」
    「どこが」
    「風呂入る時とか着替える時とか、見るたびに聡実くん元気かなーご飯ちゃんと食べとるかなー今頃お勉強頑張ってんのかなーとか思うやん」
    「なにそれ」
    「ま、見んでも聡実くん元気かなーは思うとるよ。いつも」
    「いつもて、」
    狂児の顔を見ないまま、聡実は呟いた。
    アスファルトに自分の影と、狂児の濃い色の影が重なる。
    耳の奥が熱い。手のひらにじわりと汗が滲む。天気のせいだ。もっと曇っとったらええのに。ほんまに今日は暑すぎる。そう思いながら聡実は自分の影を踏んだ。

    商店街のなか、飲食店が立ち並ぶ一角に狂児の店はある。
    朝でも薄暗く急な階段をあがると、狂児は扉の鍵を開けた。店内は煙草とアルコールの甘い匂い、それに香水の香りが篭っていた。
    カウンターには狂児の話していた通り胡蝶蘭が何鉢も並んでいた。薄暗い店内の中でもそれは華やかに見えた。鉢には立て札がさしてあり「ざくろさん江」と書かれ、その後に送り主の店名が記載されている。並ぶ鮮やかな花をみていると、なんとなく送り主の姿がみえる気がした。狂児はカウンターに近づくとひとつだけ違う種類の植木鉢を指さした。
    「これ」
    「ほんまに蕾だけですね」
    「せやろ」
    他の胡蝶蘭は全て花が開いているのに、その鉢だけは丸く濃い緑色の葉のなかにまっすぐ、嘴のように固く閉じた蕾が見える。聡実は隣の狂児を見上げた。
    「僕がうまく咲かせられるとも限らへんけど。もし枯らしてもうたら?」
    「ええよ、そんなん。俺があげてるんやし。そん時は連絡して引き取りくるわ。咲いたらそのまんま聡実くんのもん。お部屋のインテリアにしてよ」
    聡実は鉢をよいしょと両手で抱えた。
    「重たいやろ。聡実くん家の前まで運ぼこか?」
    「平気です。これくらいなら持てる」
    「そう?ほんなら気をつけて。あ、そこ、階段も急やからな。気ィつけて」
    狂児は店の扉を片手で開けながら、聡実を先に出した。
    聡実は階段を踏み外さないように慎重に降りていると、うしろをついてきた狂児が「そうや」と呟いた。
    「聡実くん、名前つけるとええて」
    「名前?」
    聡実は立ち止まり振り返った。
    「植物に名前つけるとよう育つとか聞いたことあれへん?話しかけるとか。牛にクラシック聞かせたら乳がようでるとか肉うまなるとか。そんなんよ」
    「狂児さんはこれに名前つけてたんですか?」
    「いや。それが原因やったんかなあ。やから聡実くんなんや名前でもつけたら?」
    「名前て」
    「タマでもジョンでもええやん」
    「ペットやん」
    「はは、まあ可愛がったってよ。ほんならまた飯行こ。連絡するわ」
    狂児は階段のしたでひらひらと手を振った。

    駅前まで戻ると聡実はふう、と息をついた。
    少し歩いただけで額にうっすらと汗をかく。歩く度に目の前の葉と蕾がゆらゆらと揺れた。小学生の頃、夏休み前に授業で育てていた朝顔を家に持ち帰ったのを思い出す。
    駅前の時計はもうすぐ九時になる。駅へ向かう人たちが増えてきた。
    狂児と会っていた時間は二時間と少し。あっという間に終わってもうたな。
    会うまでは長い長い思っていたけど、いざ会ってみればすぐだった。
    でもこれくらいで丁度いい。面と向かうと、どうしていいかわからなくなる。
    「ずっと下向いてるやん」
    アホ言うな。まともに顔なん見られるか。

    部屋に戻り、玄関に鉢を置く。靴を脱いでもう一度鉢をもちあげた。ベランダに出そうかと思ったが、とりあえず日の当たる窓際に皿を置き、その上に乗せる。背丈は聡実の膝下位の高さだが、この部屋に置くと存在感が増した。
    聡実は鉢の隣に座り、スマートフォンで「ストレリチア」と検索してみた。
    いくつかのサイトが出てきて、そのうちのひとつを適当にタップしてみる。
    『ストレリチアはゴクラクチョウカ科ゴクラクチョウカ属。南国が主な生息地。暑さに強く、また南国の植物としては寒さにも強い。日向を好む。開花時期は5月〜10月頃』
    聡実はそこまで読んで顔をあげた。
    「開花時期、全然まだあるやん」
    だけど開店祝い合わせならやっぱり本当はもうとっくに咲いているのだろうか。
    あの薄暗い店があかんかったんやないかな。空気澱んでそうやし。続きに目を落とす。
    『ストレリチアの花はオレンジ色、または白色。最大種では10メートル以上にもなるものもある』
    「え、そんなに大きなるん」
    そんな育ったらどないしよ。アパートの天井突き抜けてまうやん。アホ狂児これ知ってのんのかな。もしそんな育ったら狂児に修繕費全額弁償と引っ越し代も出させよ。
    『別名「極楽鳥花」といい、その名前の通り極楽鳥に姿が似ていることから由来とされる』
    極楽鳥てどんな鳥やったっけ。聡実はそう思いながら、今度は検索窓に「極楽鳥」と打ち込むと、オレンジ色の鮮やかな羽をした鳥の画像がいくつも出てきた。
    ゴクラクチョウの色は似ているが、長い嘴のような花の姿はもっと首の長い鳥の姿に似ている。聡実は顔をあげて目の前の鉢を見た。そう、どちらかというと。
    「……なんや、自分鶴みたいやな」
    聡実は呟いた。
    「あんたはこっちのが似合うわ」そう狂児に言った送り主のことを考える。
    この送り主は狂児の背中の鶴を見たことがあるんだろうか。だから狂児にこれを送ったんだろうか。そう考えると鳩尾のあたりがきしり、と軋んだ。
    「……べつに、僕に関係あれへんし」
    聡実は無意識にそう呟いた。

    鶴がな、おるのよ。

    昔、狂児の言った言葉を思い出す。
    確かあれは二回目にカラオケにいった時のこと。
    デンモクとにらめっこしている狂児を
    「今更ひとつやふたつ、いうてはりましたけど狂児さん入ってるんですか。刺青」
    「え?そらはいってるよー。背中にも腕にも足にも」
    「どんなけはいってるんですか」
    「もうびーっしり」
    「ほんならもう入れるとこなんあれへんのやないですか」
    狂児はデンモクから顔をあげ、ペンをトンと額に当てた。
    「せやなあ。まあいれるとしたら腕んとことか手の甲とか額とかやな。余白そこしかあれへんし。あと耳とか足の裏とか?」
    「えぐ。背中、どんな柄はいってるんですか。龍とか?」
    想像して顔を顰めた聡実に、狂児はにやと笑いかけた。
    「え〜聡実くんどんなやつやと思う〜?」
    「あ、やっぱりいいです」
    「うそうそ!待って待って!聡実くん聞いて」
    「おじさんめんどいな思うて」
    「ごめんて〜。鶴がな、おるのよ」
    「鶴?」
    聡実は怪訝そうに首を傾げた。
    「そ、鶴。こう、わっさーってな。かっこええで〜。見せたげたいけどさすがにここでは脱がれへんからなぁ。こんな密室でおっさんがいきなり中学生の前で服脱ぎ出したらあかんやろ。なんちゃら条例にひっかかりそやし。堪忍な」
    「別に見たいなんいうてないですけど」
    「聡実くんが大人んなったら見せてあげるわ」
    「やから、見たいなん言うてないし」
    「美術鑑賞やん」
    「美術鑑賞て」
    「あ、曲始まるわ。聡実くん聴いててな!」
    イントロが流れ出し、狂児はソファーから立ち上がった。
    狂児の歌声をいつものように適当に聞きながら、聡実は狂児の刺青のことを考えていた。
    鶴。狂児とそのイメージがなんだか結びつかなかったのを覚えている。
    聡実のなかでは刺青は龍とか、虎とかそういうものだと思っていた。
    それから狂児の背中を見るたびに、あの背広の下には鶴がいるんだと想像していた。
    あれからたったの三年。三年も経った。どっちとも言える。
    狂児、あの時のこと覚えてんのかな。覚えてへんやろな、あんなどうでもええ会話。
    聡実は青い葉っぱを人差し指と親指でつまんだ。
    「名前て」
    タマもジョンも全然しっくりこない。強いてつけるなら。
    「……狂児、かな」
    聡実は嘴の下をくすぐるように蕾をなでた。
    「なんで自分咲けへんのやろね」
    蕾が揺れた。

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