夜間、独白「スパローを継いでくれないか」
その言葉を、飲み込まない訳がなかった。
あの施設から出て、走っている最中に流れた聞きなれた着信音。久しぶりに見た白瀬 恭雅の文字。あいつも、無事に出れた。どこかで落ち合おうという連絡だと思っていた。昔の癖で、ラキやニトじゃなくて私にかけてしまったのだと思った。そんな、都合のいい夢を見てしまった。
でも、そんな期待を簡単に打ち砕いたのがあの電話だった。爆弾は解除できない、脱出口はあの場所しかなかった。淡々としたいつもの声で、覆せない確かな真実を告げてくる。
どうにもならないのだということを、悟ってしまう。抗うことは、できない。運命は覆らない。私の目の前にある運命はいつもそうだ。いつも私が何かを変えようとしても、変えれずその大きな波に飲まれていく。零れていく。
思い出せば、両親の離婚もそうだった。私の家は別に特別仲のいい両親ではなかったし、ずっと祖父母の家に預けられていた様な子どもだった。でも、幼い私なりに両親のことが大好きで、たまの休日に家族で出かけるのがあの時の私にとっては一番の楽しみだった。両親としては自分たちの子どもの頼みで、仕方なくだったのかもしれないけれど。
少しづつ大きくなって世間一般の家庭とのズレを知って、私の家が冷めてることを完全に理解するまでに時間はかからなかった。もしかしたら、幼いながら感じていた違和感がそれを助長させたのかもしれない。
両親から離婚すると切り出された時、これで私も自由になると思うと同時に感じた痛みがあった。それはきっと私の中にある、あたたかな家族の思い出がそうさせていた。幼い私が甘えたかった時間がそうさせた。
どちらと一緒に行きたいか、と尋ねられても決めきれなかったのもきっとそのせい。決めなければまだ一緒に居れるかもしれない。運命を変えれるかもしれないと、感じていたのかもしれない。
だけど、現実はそうはならず。私は独りになった。
独りで生きていくことになった。
私が掬い上げたかったものは、その手から零れて落ちた。
「ねぇ、恭雅。あの時はあんたに心配させたくなくて、カッコつけて継ぐなんて言ったけど……本当にできると思う?」
あの日貰ったティアベルをそっと、ポケットから取り出す。別にこれがあいつの代わりに答えてくれる訳じゃないのに。少しでも恭雅の面影に縋りたくて、彼から貰ったそれに語り掛ける。
「恭雅は、どうやってスパローを率いていたの?どうして、スパローって名前にしたの?もっと教えてよ」
「あんたが警察をやめた時さ、本当に独りになったんだよ」
「異動するまでの間、私性懲りもなく調べてて……」
夜の街が滲む。涙が落ちる音のような澄んだ音色が耳に響く。
「やっと……会えたのに。久しぶりに会って、飲んでさ……まだ足りないよ」
「ちゃんと相棒としてまだ傍にいてよ。置いていかないでよ」
「あの時みたいにまた、独りにしないでよ」
夜の街に溶ける小さな号哭。それは、誰にも届くことはない。
運命を変えることも、できない。掬いたいと願ったことは、零れ落ちる。
それはきっとこれまでも、これからも永遠に変わらない。
幸運の女神は、私を愛してはくれない。