牡丹の余興(az史花)それはある宴会の日で、各自が散開したあとの事だった。
「東坡肉から珍しい酒を貰ったんだ」一人では多いから一緒に飲まないか、と牡丹が誘ってきたのだ。
二人はあまり話したことが無かった。
「良いだろう」
少し考えたが、太史は応じることにした。
顔馴染み以外には素っ気ない彼だが、この日はもう少し誰かと話しても構わない気持ちがあった。
他愛ない話をした。酒瓶の残りは半分以下になっていた。
春の恩恵を感じるには夜風はまだ肌寒い。
宴会は終わっていたが、遠くから笑い声と拍手が聞こえた。
誰かが演奏している。会話が途切れて、自然と二人の意識は外へと向いた。
「いい曲だね」
牡丹は立ち上がって、何歩か歩いたのちしばらく動きを止めた。
後ろ姿で表情は見えなかった。とてもゆっくりと袖を掲げて大事そうに手で何か仕草をして、それから踊り始めた。
牡丹が廻れば彼の纏う布は翻り緩慢に弧を描く。薄い生地の帯は夜に溶け込みながら軽やかに宙を泳ぐ。いつの間にか花びらが舞い落ちていて、それは彼の手から溢れていた。
昏い水の中で花が咲き出したかのようだった。
薄布の帯が重力を思い出し床へ降りる時まで、牡丹は体の一切に気を抜かなかった。けれどこの時を楽しんでいるのが伝わってきた。彼にとっては他愛ない余興だったのかもしれない。
「随分と長居してしまったね」
一礼をしたあと、何気ないことのように牡丹は言った。
いつの間にか周りに散った花びらは消えていた。
この夜に飲んでいた酒の味を太史は思い出せない。