二枚目【オル相】 蛇口からは流水が出続けている。
違和感を覚える音に相澤が洗面所を覗き込むと、オールマイトは長身を屈めて洗面台で何かを洗っているようだった。
「なにしてんですか?」
「ん?シャツを洗ってるのさ」
その発言にピンと来て、相澤はずかずかと洗面台に大股で近寄る。オールマイトの手の中で泡立っているシャツにかなりはっきり覚えがあった。しかしそれをひったくるには理性が邪魔をする。
勢いで飛び散るであろう洗剤と水、洗い物を取り上げられてぽかんとするオールマイト、床にぼたぼた液体を垂れ流す丸められた白いシャツを握り締める自分を想像して相澤は薄らと目を細め自らを律した。
「自分で、やりますが?」
相澤が一瞬で不機嫌になった理由にオールマイトは苦笑する。低い声も厳しい表情も本当はただの照れ隠しだというのを知っているから尚更可愛らしい。
「洗いたいのさ。私が汚したんだから」
「俊典さん。省略せず正確に。あなたが服を着たままセックスさせたので俺の体液で汚れた服、でしょう?」
「彼シャツっていいよねえ」
「話を聞け」
「そう、これは私のシャツだから」
「話聞いてんのか本当に」
生地を両手で持ち揉み洗いするオールマイトの手元に意識を向ける。シャツの裾の裏側に飛び散ったメインの汚れはおそらくもう目視できないところまで落ち切っていて、今は全体的に仕上げをしているように見えた。
相澤が黙り込んでしまったのをいいことに、オールマイトは鼻歌を蘇らせてすすぎ洗いを始める。蓋の閉まったドラム式洗濯機にもたれて、立ち去るでもなく一連の動きを相澤は眺めていた。
滲み出た先走りが最初生地に吸い込まれず、揺すられるたびに亀頭に塗り広げられもどかしい布地の刺激を思い出して、表情に出すまいと無言で敢えて顔を顰める。
その表情を横目で見かけたオールマイトは泡のついた指先を丸め、手の甲で口元を隠して肩を揺らした。
「なぁに、その顔」
「別に」
「気持ち良くなかった?」
「誰もンなこと言ってないでしょう」
ますます毛を逆立てた猫になる相澤の反応をこれ以上揶揄うのをやめて、オールマイトはぎゅうぎゅうと白いTシャツを捻りの強いツイストドーナツのように絞った。
滴る水がなくなったところでシャツを勢い良く振る。布地が伸び切る小気味良い音と共にシミひとつない真っ白なシャツが相澤の視界を遮る面積で広がった。
「デカ」
「そりゃ、私のだもの」
ひょいとシャツを真横にずらし顔を覗かせてオールマイトはハンガーを手に取る。足は浴室ではなく、サンルームに向かった。
「本当はこんな天気のいい日には、外に干したいんだけどねえ」
このマンションはベランダで洗濯物が干せない。
代わりに用意された真夏のサウナみたいなサンルームにシャツを一枚だけ干してオールマイトは戻って来る。
この部屋でなかったら、色の濃い真っ青な空とどこまでも堆く伸びる入道雲、物干し竿にぶら下がり風に揺れる太陽の光を受けた白いシャツはきっと夏の宣伝ポスターに相応しい季節の切り取り方になったろう。
「さて。ご飯にしようか」
パン、と手を叩いて気持ちの切り替えを意識させたオールマイトが用意した食事は、本当ならば一時間ほど前に食べるはずだった朝飯だ。
ぐうと鳴った腹を撫でる。洗われたものと全く同じシャツを着込んだ相澤は、今着ているこのシャツを汚さずに今日を乗り切れるのか保つのかぼんやりと考えた。