kissから始まるプライマリー【オル相】 高い飯の礼くらいの気持ちだった。
正直オールマイトが俺を好きだと力説する光景は冗談にしか思えなくて、でもあまりにもオールマイトは真剣で必死になって熱弁を奮う。状況を把握したものの、生理的嫌悪感はなかったし俺は俺で自分の内面が目の前の男をどう判断しているのかもいまいちわからなくて、美味い飯を食った手前脊髄反射で断るにのは申し訳ないという気持ちがあって。
だからお試しで付き合ってみましょうか、と言った。
でも特に何が変わるわけでもないと思っていた。
恋愛にうつつを抜かしている暇はない。
俺にも、彼にも。
だから現実を見ればそんな恋情からさっさと覚めるだろうと思っていたのに。
「相澤くん、お昼食べよ!」
それからオールマイトは毎日俺に弁当を作ってくる。
勿論デートをするような時間はどこにもなかった。一週間が既に経とうとしているのに、交際していると思わせる要素はこの昼の弁当だけだ。
チャイムからチャイムまでの一時間にも満たない時間。しかも、食事後にたわいない会話すらせずこれまでの習慣である俺の仮眠を優先させる。オールマイトは黙って本を読みながら、眠る俺の対面でほんの少し静かな時を過ごす。
「……楽しいですか?」
「うん」
五日目、さすがに理解ができなくてそう尋ねたらオールマイトは穏やかに微笑んでそう答えた。そんな風に言われたら俺は次に何を言えばいいかわからなくなった。
「私の作ったお弁当を君が食べてくれる、それは信頼されているってことだろう?君が私のそばで仮眠をとる、それは気を許してくれてるってことだろう?前より君を近くに感じられる、私はそれだけで満足さ」
オールマイトが語る言葉は俺が思い描く交際よりかなりぬるいものだった。
土曜の午後、職員室では意気揚々とミッドナイトが飲み会のメンツを集めている。白羽の矢が立たないことを願っていたがそれが無理だということも重々処置していて、イレイザァ?と猫撫で声の女傑がパソコンに向かう俺を後ろから熱烈にハグして来た時、向かいに座っていたオールマイトが目を見開いたのが俺の視界に飛び込んで来た。
俺はあくまでディスプレイに映るエクセルの表から目を離さず、背中に当たる柔らかい肉にも反応せず、淡々と対応する。なのにオールマイトはミッドナイトが俺に乳を押し付けて耳元に息を吹きかけていることに明らかに動揺していて、思わず俺はオールマイトに視線を遣った。
「学校では節度ある行為でお願いしますよ」
「面白くない男ね。今夜パトロールじゃないでしょ。飲みに行くわよ」
「パトロールじゃないから睡眠時間の確保に勤しみたいんですが」
「み、ミッドナイトくん」
「あらオールマイト。あなたも参加してくださる?」
少し強張った顔が緊張だということに気づいたのは、オールマイトは嘘を吐かないから。
「今夜、相澤くんは私と食事に行くことになっているんだ。店も予約済みだから、彼を飲み会に誘うのは今度にしてくれないかな?」
初耳だった。
ミッドナイトは俺を後ろから抱きしめたまま、本当?と視線でだけ問いかけて来る。
「本当ですよ。夜景の綺麗なレストランで、なんちゃらかんちゃらのステーキほにゃらら風が美味い店なんです」
俺はミッドナイトが巻きつけて来た腕を生地を破かないように気を付けて持ち上げて外した。
「ええ、何それ美味しそう!」
「今日は無理だけれど、今度みんなで行こうか」
「ヤダ、行きます。いつがいいかしら」
俺の机の上の卓上カレンダーを引ったくってこの日はアレでこっちはソレで、とミッドナイトがオールマイトのディナーの誘いに本気でスケジューリングを始めた横で俺とオールマイトは視線を交わし合って内心息を吐いた。
「助かりました」
オールマイトが給湯室にコーヒーを淹れに行ったタイミングでさりげなく後を追い、ミッドナイトが来ないのを確認して礼を言う。
「いや。私こそ勝手に君の予定を捏造してしまってすまない。行きたかったんじゃないのかい?飲み会」
「まあ、楽しくないとは言いませんが」
俺の回答を聞いてオールマイトは顔を曇らせた。
「……やっぱり今から」
「行きませんよ。助かりましたって言ったでしょう」
インスタントコーヒーの瓶の蓋を開け、傾けてマグカップに適当に入れようとする俺をオールマイトが慌てて止め、自分の手にしていたドリップパックを素早く俺のマグカップにセットした。棚からストックを出しもうひとつのパックをオールマイトは自分のマグに慣れた手つきでセットする。赴任した当初は力加減も上手く行かず破きまくって給湯室をコーヒーの粉だらけにした思い出が不意に蘇った。
ポットから二人分のマグカップに交互に湯を注ぐ間、沈黙が部屋を包んでいる。粉に湯が染みる音すら大きく聞こえた。
「……その。さっきのことだけど。君がいいなら、今夜食事に行かないかい。もう、約束も、終わるし」
俺の顔を見ず早口で告げるオールマイトの耳が赤い。
この人もそんな風になるのかという他人事みたいな感想と、あの夜からもう六日経つのだという事実。明日には一週間めを迎える。曖昧にぼかした期限が来ることの早さに俺は体感時間の早さに息を吐いた。
「良いですよ。あの店ですか?」
「気に入った?」
「別にどこでもいいです。牛丼屋でもファミレスでも」
「行ったことないな」
「行きますか?」
「……でも、そういうところって食事をしたらすぐに出なくちゃいけないんだろう?」
その発言でオールマイトが何を望んでいたのか察しはつく。ファミレスはタイミングによっては長居しても構わないが、会話が不特定多数に漏れ聞こえるのは好ましくはない。そうなるとオールマイトが知っている店にするのが手っ取り早い。
「じゃあ店は任せます。俺はなんでも食います」
「うん。学校から真っ直ぐ行く?」
「店の名前と住所送ってください。ギリギリまで仕事しますんで」
「わかった。私はキリがいいところで終えて先に向かっているよ」
オールマイトはコーヒーを淹れ終えたマグカップを持ってふふ、と声を潜めて笑う。
「……なんだか、職場恋愛してるみたいだね」
俺はマグカップを受け取り返答に困る。
「ただの打ち合わせでしょう」
「そうだった、そうだった」
額面通りに受け取ってもらえない言葉が妙にこそばゆい。上機嫌に席に戻るオールマイトの後ろ姿を眺めて俺はなんとも言えない足元の不安定な感じに眉を寄せるだけだった。
今夜の店は前回とは違って和風だった。
馬鹿でかい門構えに馬鹿でかい暖簾、白い玉砂利の敷き詰められた母屋までの道に和服の店員、そして長い長い廊下を進んだ先の、ライトアップされた池の見える馬鹿でかい和室にぽつんと置かれたテーブルと何の違和感もなく座椅子に腰掛け俺を出迎えたオールマイト。
「……やり過ぎです」
「何が?」
開口一番俺が苦言を呈したことにオールマイトは血相を変え慌て始めたので、座っていてくれと手をかざして促す。
「誰がこんな高そうな店にしろと」
「ドレスコードはないよ?」
「そういう問題じゃねえんですが」
席に着くとお飲み物はと尋ねられ、この装いでビールというのもおかしいかと思い適当な日本酒を冷やで、と答えた。オールマイトの前には既にグラスに入ったおそらく烏龍茶が置かれている。
ほどなく運ばれて来た酒器を手酌で彩りの綺麗なお猪口に注ごうとしたら、オールマイトがテーブルの向こうから手を伸ばして来たので大人しく酌を受けた。
「……昼間ね」
コース料理が出て来ては下げられていく。片っ端から胃袋に収める俺を見ながらオールマイトは寂しげな顔をする。
「ミッドナイトくんが君に抱き付いたのを見た時、羨ましいなあって思ってしまって」
「……あの顔、そういう意味だったんですか」
「そんなに変な顔してた?」
「変というか。見たことのない顔してましたね」
「そうかあ」
オールマイトは今更、指先に頬に当てぐにぐにと揉みほぐす。過去の表情が消せるわけもないが、あれはオールマイトにとってはしてはいけない方の部類に入るものだったのだろう。
「私はできないのにな、って思っちゃって」
「……」
お試しの付き合いだから接触はなし。俺は確かにそう言った。オールマイトもそれを良しとした。この一週間、オールマイトが俺に触れたいと思っているなんて気配は微塵もなかったから、その告白に面食らっているのは俺の方だ。
「……オールマイトさん、俺に触りたいとか思ってんですか」
「そりゃあ……私だって聖人君子じゃないんだよ」
「へえ。意外です。あるんですね性欲」
ゴホッとオールマイトがむせる。おしぼりで口を覆って俺を凝視する目が今日イチ動揺していた。
「せ……っ」
「そういう意味じゃないんですか?」
オールマイトが俺をいやらしい目で見ているかもしれないという事実にすら俺は何も感じなかった。俺のどこで?と首を傾げるしかない。
「そ、そういう、意味……じゃない、とは……でも……」
もごもご、もにょもにょと語尾が意味のある語彙では無くなってオールマイトは俯いてしまった。
やり過ぎたか?と思わなくもないが、別に揶揄っているつもりもない。感想を述べただけなのにオールマイトがやたらと反応してくるから、少し面白くなっただけだ。
結局のところ俺は答えを出せずにいる。
こんな試用期間で一体俺は彼の、彼は俺の何を把握できたというのだろう。
「相澤くんは、さ」
「はい」
「やっぱり、交際相手って……経験豊富な方がいい?」
質問の意図がわからない。
「ないよりはある方が良いんじゃないですか」
ゼロから教えるのもなんとも思わないが、経験則が阿吽の呼吸を生み出せるならそちらの方が楽ではある。深く考えず適当に答えた俺の言葉にオールマイトは愕然としていた。
「そ、そう、だ、よね」
「これ何の話ですか?セックス?」
「セッ」
ああ、俺は酔っていた。
日本酒はやばいってことを忘れて、目の前の酒器が何合なのかも把握せず、空になればなるだけ新しく持って来られる綺麗な入れ物と美味い酒に自分の限界を見誤った。だから、そんなデリカシーのないことが平気で聞けたんだ。
「オールマイトさん、童貞なんですか?」
直接的な単語を出したことにオールマイトが酷く狼狽する。焦って周囲を窺う仕草まで見せるが、閉じた襖の外にすら店員はいない。俺がわかる気配なのにそれすら感じられない程に動揺しているのだろうか。
オールマイトともあろうものが?
見る間にオールマイトの顔が真っ赤になる。背筋を伸ばし奥歯を食い縛って俯いた顔が泣きそうな愛想笑いを浮かべたのを見て、俺は完璧にやり過ぎたことを悟って血の気が引いた。
「へ、変だよね。この歳で、そうなんて」
「すみません。あなたのこれまでを否定するつもりはなくて」
「……いや。私が君の交際相手として決定的に魅力が足りない、ってことは、良くわかったから」
「そういうつもりじゃ」
「一週間ありがとうね。素敵な夢が見れた」
「オールマイトさん」
「……明日からは普通に接してくれると嬉しいよ」
「人の話を聞けよ!」
強引に夜を終わらせようとするオールマイトの態度に腹を立て俺は外に聞こえない程度に声を荒げた。オールマイトは瞬きをして拍子抜けしたように自然に座り直す。
「……酔っていたとは言え失礼なことを言いました。謝罪します」
酔いの覚めた頭をテーブルにつくほどに下げる。
磨かれた天板に馬鹿なことを言った男の悔やんでも悔やみきれない顔が映っていた。
「性行為経験の有無は優劣に関係ありません。俺は正直、どっちでも良いです。好きになったら相手の過去にだけなんて拘ってられないでしょう」
「……そう、かな」
だから。
じゃあ。
明日から、この関係にどんな名前をつけるかなんて俺にはまだ決められない。
傷付けた謝罪の代わりに差し出したいと思ったわけじゃない。その気持ちが一ミリもなかったかと言われると否定はできないけれど、これはどちらかと言えば純粋な興味で。
「場所、変えましょうか」
「……どこに?」
「早急な結論は時と場合によっては間違った選択にもなります。この案件に関してはもっとお互いを知ってから出すべきだと思いませんか」
俺がオールマイトを誑かして連れ込んだ二軒目は若者が溢れるクラブハウスだった。
爆音で頭痛がしそうな程の音楽が溢れる暗がりの中、待っていてくださいと耳打ちして壁際にオールマイトを立たせ、俺はバーカウンターに酒を買いに行く。ノンアルのビールとスミノフの蓋を開けて貰い戻る頃には既にオールマイトは女二人に囲まれてナンパされていた。慌てる様の珍しさより心の中にムッとした感情が生まれて、俺はするりと女達の内側に入り込む。
俺の威嚇する目付きに女達はそういうことかぁ、と残念でもないくせに残念そうな声を上げてさっさと離れて行った。俺が差し出したノンアルのビール瓶のラベルを確認してからオールマイトはちびりとそれを口に含む。
「こういうところ、良く来るの?」
聞こえないと表情で伝える。オールマイトはおずおずと身を屈め、俺の耳の横に手を当てて質問を繰り返した。
同じような仕草をして答えを返す。
「潜入捜査で。あとはたまにマイクが仕事してるんで」
光より闇の強い部屋の隅で緑色の非常口のランプが煌々と輝いている。
オールマイトは全く知らない世界でひとりぼっちになってしまったような面持ちでずるずると壁に背を預け俺と目線が合う高さまで膝を折った。
フロアでは人が音楽に合わせて踊り狂い、酒と音楽を浴びてハイになっている姿が見える。人目につかない端の方では男女が絡み合っていて、俺たちの隣でもカップルが熱烈なキスを始めたのをオールマイトが凝視していたのでそっと袖を引いた。
「オールマイトさん。見ないフリしてやるのが人情ですよ」
「そ、そうだね」
俺達の囁きは音楽が消してくれるから隣のカップルにすら届きはしない。届いたところで聞こえていないだろうが。
距離を取っていれば会話すらままならないこの空間で、オールマイトの左側と俺の右側がぴたりと触れ合う。
会話が途切れても沈黙があり得ないこの箱の中では隣のオールマイトの心音も冷たい酒が流れ落ちる俺の喉が鳴る音も、何もかもが飲み込まれて消える。
瓶を持つ手を左に持ち替えた。
ぶらりと触れ合う肩の間に手を垂らす。両手でノンアルビール瓶を包むように持っていたオールマイトが正面を見据えたまま同じように腕を下ろした。手の甲が偶然触れて、でもそれを離すつもりもなくて。
俺は何がしたいんだろうか。
これは餌だ。釣りだ。俺は俺という餌を仕掛けて、オールマイトが喰い付くのを待っている。
何のために?
オールマイトは俺を好きだと言った。
なら、こんなまだるっこしい悪戯の必要はない。応える気があるのなら素直に向き合えば良い。わかっているのに回り道をする、確信が得られるまで勝負に出ない自分の性格なのだろうな、と思う。
俺自身の感情の行先を。
自分を餌にしている時点でもう何もかも決しているだろうに、俺は一体何に怯えているのだろうか。
明らかに自分のフィールドではないクラブに連れ込まれ、寄る辺ない心細さを隠さないオールマイトの表情を見て俺は何がしたいんだ。
夏が近くてがんがんクーラーの効いた空間で部屋の隅で動かない体の末端は冷えていくだけなのに、触れている僅かな部分だけが温かい。
「……キスはしたことあるんですか」
オールマイトを壁に押し付けるよう、俺は体を反転させ瓶を持ったままの右手をオールマイトの肩に乗せて耳元で囁く。
至近距離で俺を値踏みする視線に、借りて来た猫のようなおとなしさはない。俺はオールマイトのフィールドの内側にいるらしい、という態度の差にぞくりと首の後ろに震えが来た。
「挨拶程度かな」
「……してみますか?」
「相澤くん。私はね、君とのことを火遊びにするつもりはないんだよ」
「俺もあなたを一度味見して捨てるつもりは全くありませんよ」
「あじみ」
理解不能の単語だとオールマイトは俺を見た。
迷う前に唇を押し付ける。
ヒュゥ、と隣のカップルの男の方が口笛を吹いた。
オールマイトが折っていた膝を伸ばす。急ににょきっと背が伸びたものだから、俺達のキスを見ていた数人が目を疑って一人飛び抜けた頭のオールマイトをぽかんと見上げた。
まだ探り合いの延長で重ねられていた垂れ下がった腕の先をぎゅっと握られ、オールマイトは俺を引っ張って一目散に歩き出した。
こんな暗闇と光の明滅の中でも迷わず出口に辿り着けるのはさすがナンバーワンと言うべきか。素早い移動に引っ張られ体のあちこちを人にぶつけながらも、オールマイトは決して俺の手を離そうとはしなかった。
クラブを出てエレベーターで一階へと降りる。手は店を出た時に解けたけれど、ここで別行動を取れるほど空気が読めないわけじゃない。
「……お試しだから触れ合わないって、君が言ったのに」
「そりゃすみません。したくなったんで」
オールマイトは持って来たノンアルの瓶を一気に煽ってビルの横の自販機のゴミ箱に捨てた。俺もほとんど残っていなかった酒で乾いた口を気持ち潤して瓶を捨てる。がこん、がちゃんと箱の中で賑やかな音がした。
耳の奥はまだ重低音が響いている気がして、体もまだ音に揺すぶられているようだ。オールマイトはじっと手のひらを見つめている。
「帰ろうか。君は、きっと酔ってる」
「帰すんですか?」
「帰すよ。願わくばシラフの時にもう一回同じことを言ってくれ」
「……じゃあ、あなたの家に行って。明日の朝俺が同じことするか賭けません?」
オールマイトはくしゃっと顔を歪ませた。
「それは、私に分が悪い」
「何故?」
「君は今夜、雰囲気に流されてるだろう。私の秘密を知って申し訳無さで付き合ってくれている。違うかな」
「全くないとは言いませんが……」
知らんぷりでタクシーの列の先頭まで歩いて、ドアを開け客待ちしている後部座席に体ごとタックルして俺はオールマイトを車に突っ込んだ。
「うわっ?!」
そのまま奥に押し込み俺も乗り込んだところで不審な目付きをしながらも運転手はドアを閉めた。俺がそのまま運転手に告げた行き先の目印にオールマイトは何でうち知ってるの、と小声で囁く。
「前に話してたのを後ろで聞いてたので」
タクシーに乗るほどでもないが酔いどれで歩くには少し遠い距離を走ってタクシーは停まった。ポケットからオールマイトが財布を出す前に俺は運転手に札を差し出しさっさと降りる。
真夜中のマンションの前は通りかかる人もなく、走り去ったタクシーのエンジン音が遠ざかればどこかで鳴く虫の音だけが聞こえていた。
「……少し先の話をしてもいいですか」
「うん」
「俺の誕生日、十一月なんですが」
「秋の生まれなんだね」
「はい。その時にあなたの童貞、くれませんか」
「……相澤くん?」
「同性とヤったことないんでいきなりは入らないと思いますから、準備期間を設けたいと思います」
「君本当に飲み過ぎだよ?」
「今の俺が酔ってるって言うなら別に構いませんよ。でも明日の俺が同じことを言ったら信じるんでしょう?」
「それは……」
「だから、明日からの関係は明日の俺達に任せて、今夜は今夜だけの楽しみ方をしましょう」
オールマイトは溜息を吐きつつも俺を見捨てるようなことはせず手を引いてマンションへと入って行く。
生憎食わせてやる据え膳がまだ用意できないから、今夜は取り敢えず互いのことをもっと良く知るためにキスをしましょうか、と言った。
「今の君は私の心臓に悪い。おやすみのキスはするから早く寝てくれ」
オールマイトの譲歩に俺は軽く笑い、安心したと同時に襲って来る眠気に明日の俺の気苦労を思う。
頑張れ。