意気地無しと臆病者（それはつまり似たもの同士）【オル相】　蜘蛛の足のようだ、と思った。
　細いどころか高いソーセージもかくやという太い指が、先程から見えないピアノの鍵盤を奏でるかのように左に右に不規則に動いている。
（いや、蜘蛛じゃねえな）
　何故そう思ったのかを横に置き空想を訂正する。
　おそらくオールマイトはそれが相澤に見えているとは思っていないに違いない。ゴーグルは視界を狭める制約があり、そして相澤の視線を悟らせない役割がある。
　だから、ビルの屋上で挨拶だけを交わした後、しゃがみ込んでいる相澤に高さを合わせるように腰を下ろして宙に向けて足をぷらりとさせたオールマイトの左手が、相澤に近づき、離れ、また躊躇いがちに勇気を持ってあと一歩で触れるまで近寄り、そして物憂げな溜息と共にまた遠ざかる。
　何をやっているのかと尋ねる気にもならない。
「……待機時間過ぎたんで行きます」
「えっ」
　立ち上がる相澤に向けて縋るような手が伸びる。しかしそれは決して触れることはない。夜の闇の中に何も掴めない指を視線で真っ直ぐ伝えば、情け無く眉尻を下げたオールマイトは天を向く前髪すら萎れそうな顔をしていた。
「……何か」
「ううん。お疲れ様」
　名残惜しがる左手を反対の手が包み込んで胸に引き寄せる。オールマイトは上手に笑って立ち去ろうとする相澤を見守る態度を見せた。
「あなたは？行かなくていいんですか」
「君を見送ったら私も行こう」
「そうですか。では失礼します。お疲れ様でした」
「うん」
　バイバイ、とひらひら指を前後に動かし振られる、バスケットボールですら簡単に掴めそうな大きな手を見上げる。相澤はゴーグルを上げた。
　不意に現れた素顔にオールマイトが僅かに目を輝かせた、その事実が相澤の胸をざわつかせるから、反射的に不機嫌に尖らせた唇にオールマイトが過敏に反応する。
「どうかしたかい」
「……いえ」
　相澤は表情を取り繕うとオールマイトに会釈をしそのまま向かいのビルに飛び移った。
（あの人を意気地無しと揶揄するなら、自分から手を伸ばせない俺も同類だろ）
　元いた場所を振り返る。
　そこにもう平和の象徴はいない。
　ざわついた胸に吹き込む冷たい風。
　次に逢える約束も保証もないくせに、始まらないはずの気持ちが走り出している。
　細めた目を風から守るため相澤は再びゴーグルを装着した。