「 うわ〜、ゴイスー眺めいいねぇ」
専用送迎バスで到着した、風光明媚を絵に描いたような温泉旅館に、ゲンは思わず声を上げる。
周りは山に囲まれており、この時期は紅葉が見事だ。
「 ご招待ありがとね、龍水ちゃん♬」
「 はっはー!たまには慰安旅行も必要だからな!貸し切りにしてある!」
相変わらずスケールの大きいことだ。
和風建築にあまり縁のないクロムは、物珍しげにあちこち見て回っている。
「 あんまりあちこち行き過ぎて、迷子にならないよう気を付けなよ、クロム」
年長者らしく、羽京がそう注意を喚起した。
千空はと言うと、温泉の泉質や効能、種類などをつぶさに確認していた。
「 そう言えば、最近宿に新しい足湯を増設してな!貴様らもどうだ!?」
「 足湯かあ、疲れが取れそうでいいね」
そんなふうにわいわいしながら、5人で宿に入った。
足湯は何種類かあるようで、一般の泉質のものと、小さいメダカくらいの魚に皮膚の老廃物を食べてもらう、……所謂大衆向け温泉リゾートで、ドクターフィッシュと呼ばれるものが入ってすぐのところにあった。
「 えっこれ俺、これから魚に食われんの?」
「 あ"ぁ。皮膚の古い角質を食べるだけで、人肉を食べる魚じゃねぇから、そこは心配すんな。……お、結構がっつり来んな」
千空とクロムのやりとりをほほえましく見守っていると、どうした、貴様も試してみろと誘われて、おっかなびっくり湯に足を浸した。水温はぬるま湯くらい。
確かに、足が疲れた時にはいいかもしれない。
そう思っていると、知らないうちに足の周りに魚が集まっていて。
皮膚の表面の角質が剥がされ、神経が鋭敏になっていく。
「 ……っ」
同時に、ぞくぞくと身体を駆け上がってくる感覚があって。……思わず漏れそうになった声を、どうにか呑み込んだ。
これは、一刻も早く湯から上がらないと尊厳を失ってしまう。
けれど、足が痺れたようになっていて、身動きが取れない。息が上がりそうになるのをどうにか整えていると、羽京が声をかけてきた。
「 どうしたの、ゲン?こう言うところで君がずっと黙ってるなんて珍しい 」
いつもなら、千空たちと蘊蓄を交わしあったり、もっと社交的に振る舞っているはずなのに、こんな隅の方でじっとしていることに違和感を感じたらしい。
集中が途切れるとバイヤーなことになってしまうため、話しかけないでほしい旨を視線で伝えると、状況を察したらしく。
「 ……ご、ごめん 」
それ、ひょっとして自分じゃ上がれない?
周りに聞こえないように耳打ちすると、ゲンは羞恥に頬を染めながら頷いた。
「 龍水、長く浸かりすぎて、ゲンがちょっとのぼせたみたいだから、先に部屋に連れて行っていいかな?」
そう断ると、龍水は頷いてルームキーを渡してくれる。鍵を受け取ると、羽京はちょっとごめんよ、と断って、お姫様抱っこのような形でゲンを湯から引き上げた。
「 歩ける?肩貸したほうがいい?……それとも千空呼ぶ?」
一度側のベンチにゲンを下ろしてから、そう問いかける。……流石にこんな醜態のために千空の手を煩わせるのは躊躇われた。
歩けるから大丈夫、と返そうとしたところで、
「 フラフラじゃねーか、どうした?」
測ったようなタイミングで、千空がやってくる。羽京は渡りに船とばかりに、
「 足湯、長湯しすぎてのぼせちゃったみたいでさ、龍水から鍵もらってるから、千空、部屋まで一緒に行ってあげてくれない?」
流れるようにそう説明すると、カードキーを千空に預けた。
鍵を受け取って、ゲンの前まで行くと、表情を覗き込む。
「 ……テメーでもこんなことあるんだな」
旅先で、ちょっとはしゃぎすぎてしまった。
そんなふうに思ったのか、千空はふっとわらって、ひんやりした手で頭を撫でてきた。
「 案外、可愛いとこあんじゃねーか、ゲン先生も」
それが、真相に気付いていての言葉なのか、それとも先程の羽京の言葉を受けてのものなのか。
それはわからないが、言葉には揶揄する響きは含まれていなくて。
それ以上の追求もなくて。
……ああ、千空ちゃんは優しいなあ。
それだけのことがなんだか嬉しかった。