沢山食べる君を見たいじゅうじゅうと脂を滴らせ、網の上で焼かれながら若い胃袋を誘惑に誘うソレを見つめながら、文次郎は「何だかなぁ」と胸の内で独り言ちた。
芳しい香りを放つ煙の向こう、艶々とした白米に焼き上がったソレをのせ、くわっと大口を開き食われる方も光栄だろうと思えるほどの食べっぷりを見せるのは不倶戴天の犬猿の仲、食満留三郎その人である。
文次郎の視線に気付いた留三郎が訝しげな顔をしたので、溜息をつきながら目を伏せ食べ頃になった肉を箸でつまみ上げた。
いや、やっぱり何なんだこの状況はと再度文次郎は頭を悩ませた。
事の発端は1週間程前、たまには外食でもするかと思いつくまま街に出た日に遡る。
外食と言っても何を食べるかは特に決めてなかったので、取り敢えず目について気になった店に入ろうと彷徨いていた所、同じ様に身軽な様子でいた留三郎と目が合ってしまった。そのまま予定調和の様に口喧嘩からの小競り合い…からの大食い勝負が始まる事となる。不運にも、偶々2人の側で大食いチャレンジを開催していたラーメンのチェーン店があった故に。
勿論、チャレンジメニューでは勝負にすらならず、更新したチャレンジタイムを尻目に追加の炒飯やら餃子やらで雌雄を決そうとし…「頼むからこれで勘弁してくれ」と手渡された伝票と同企業の焼肉店の商品券を渡されたところで2人は正気に返ったのである。売り上げ的には感謝されようが、今は飯時真最中。不満そうな待機客の群れに疲労困憊の店員達を見、羞恥で顔を真っ赤に染めて会計後揃って飛び出したのはまだ鮮やかな記憶である。
まあそんな訳で、あまり思い出したくない記憶と結び付く商品券を文次郎は親友たる仙蔵と早々に使ってしまったわけだが、留三郎の方はまだ財布で温めていたらしい。いきなり予定が無いかと聞かれ、無いと答えれば「食いに行くぞ、肉」とそのまま連れ出されたのがここまでの経緯である。
序盤から2人分にしては盛々と肉を注文するもんで、そんなにペースを飛ばすなとか、支払いを考えろと文句を付けたが返ってきたのは「負けるのが怖いのか?」等と普段なら当たり前の煽り文句ではなく、「支払いは俺がするから取り敢えず食えよ」と全くもって不気味この上ない返事であった。
釈然としないが肉に罪はない。半ば開き直って素直に芳ばしい肉を噛み締めた。
「なあ、なんで焼肉なんだ」
沈黙の中黙々と酒もなく肉を食べ続けていたが、このまま悶々とした気持ちを抱えるのも嫌なので文次郎は零すように尋ねる。言外に、何故仲の良い伊作でなく俺なのかと含ませて。
一瞬視線が絡み時が止まる。文次郎の言わんとした事を汲みったのだろうか。恐らくそうなのだろうのが、問われた留三郎は素気無く目を伏せ、その仕草と見合った調子で答えを吐いた。
「この店で一人じゃ食いづらいだろ焼肉。それにお前ならこの位食えるだろうし」
全くもって意味がわからなかった。確かに長い付き合いではあるし、ある意味では気の置けない仲ではある。が、かと言って和気あいあいと過ごす相手でもなし。全くもって文次郎には意味が分からなかった。留三郎は留三郎でもういいだろと言わん態度で引き続き肉を味合う作業に専念している。偶に理由のわからない言動をするが、いっそ野生動物でも相手にしているような気分だと文次郎は溜息をつきたくなった。そこで、野生動物と言えばと、文次郎はふと思い出したことを口にした。先日かけ流しでつけていたテレビで、偶々流れてきた動物特集の一場面の解説。深い考えではなかったが、ふと直感的に結びついたそれを。
なんだか…
「求愛給餌みてぇだな」
野生の生き物が、愛を請うために相手に餌を差し出す行為。零すように呟く文次郎。口にしてから、思わず口に出ていた事実に気付き目線を上げると、向かいの留三郎は目を見開いて此方を見返していた。そのままぱちぱちと2、3度瞬いた後、鋭い切れ長の目を胡乱げに伏せる。その態度たるや「寝言は寝てから言え」と、誰が見てもそう分かるものだった。
そうだよなぁ、あの留三郎だもんなあ。
口にした文次郎自身もそれだけは無いだろうとまたため息をついた。全くもって馬鹿げた発想だった。あの留三郎が己に求愛等と。ましてや、仮に暇つぶしに気を引きたいとしても行動が素直じゃない上に動機が幼稚すぎる。いい加減ちょっと自分は疲れているのかもしれないと、それきり文次郎も肉を楽しむことに集中しようと決めたのであった。
「…恋愛音痴なのに、こんな時は妙に勘を鋭くさせやがって。もんじの癖に」