一万年と二千年前から潮江文次郎には奇妙な友人がいる。
名を食満留三郎。自分含め、揃いも揃いに時代遅れの古臭い名をした友人たちの中でもとりわけ変わったやつである。
この男、後輩の面倒みもよく、今時珍しい中小エスカレーター式の学校で小学校の後輩が泣きついてきた時には甲斐甲斐しく世話を焼いてやってるし、家が隣同士で生まれた時から付き合いのある共通の友人、伊作にも優しい姿を見て恋に落ちる同世代の女子は決して少なくなかった。が、引く手数多である筈なのにこの男、成人式すら終わり30を目前にした今でも恋人1人出来た試しがなかった。
半分は「そりゃそうなるだろうな」と思うが、もう半分は全くもって分からない理由故だった。
留三郎はこの俺が言うのもなんだが気立てはよく、男から見ても付き合いやすいいい奴である…いい奴なのだが何かと互いの癇に触る事多々あり。口を開けば口喧嘩、寄れば触れば小突き合いと自他ともに自覚するほど犬猿の仲なのである。不思議に思われるだろうが、普通に会話したり食事したり、幼馴染連中と宿題をやったりは日常茶飯事の事なのである。なのだが、互いに気付けば諍いに発展しともすれば殴り合いの喧嘩まで発展する。
大概この時の剣幕を見た女子は、この留三郎の変わりっぷりというか、大人気のなさに半分位身を引いていくのである。どっこいそれでも…という猛者というか、奇特な女子も居るには居るのだが、なんと当の留三郎自身が全ての告白を断っていると言う。これが、残る半分の奇妙な理由である。自分自身もかつて一度その場に遭遇したことがあるのだが、突然肩を引き寄せられたかと思うと
「俺にはコイツラが居るからさ」
…と暗に"恋愛よりも友達付き合いの方に興味あります"と匂わせられ、残った猛者達も敢え無く撃沈していくのである。何なんだそれは、断るのはいいが人を出汁にするなど渋い顔をしたのを未だ覚えている。その癖恋愛話というか、少々下世話な話で盛り上がる時に「あー、デートしてえ!」とだらしない態度で叫ぶのだから全くもって意味がわからない。
あと意味がわからない事がもう一つ。
幼馴染6人でいる時には絶対しない、俺と居る時にだけする謎の癖がある。普段は寄れば触れば諍いが付き纏うと言うのに、偶にふと此方を見て笑う時があるのだ。それも小馬鹿にするようなとか、馬鹿やってるのをしょうがないなと言わんばかりの笑顔ではない。まるで赤ん坊や、小動物を慈しむかのような、穏やかな何とも言葉にし難い顔を俺に向けるのである。その度に「何だよ…」と問いかけるものの、「んー?」だの、「うん」だの、まるで返事でない返事をするので、本当に意味不明である。
そんなある時、ポツリと聞いてみたのだ。何故お前は彼女を作らないのかと。すると、留三郎は何故か更に笑みを深くさせこう宣ったのだ。
「俺が惚れてるのはお前と言ったら、お前は信じるか?」
食満留三郎は潮江文次郎の友人で、犬猿の好敵手で…そして何だかよくわからない生き物なのである。
食満留三郎には秘密がある。留三郎には、所謂"前世の記憶"というものがある。それも一度や二度でなく何回もの生と死の記憶があった。
勿論、留三郎自身にも心当たりはあった。始まりの記憶、紛れもない始めての人生の時留三郎は忍者だった。忍術学園で同輩と共に学び、巣立って忍者としての一生を経たのだ。留三郎は事もあろうか、あり得ざる恋をした。いや、恋と言う方がまだ可愛らしい表現だと思える程の捻れた執心を、留三郎は抱いたのだ。あろうことか、学園生活の初めから終わるまで、6年間犬猿の仲と周囲に言わしめた、生涯の好敵手「潮江文次郎」その人に。
己のその気持ちに気付いた時には時既に遅く、もう明日には別々の場所で各々の人生を生きるという、まさにその瞬間だった。6年も兄弟のように過ごした善法寺伊作と同室で居られる最後の夜、伊作が何気なく放った「もうこれからは、僕たちは知らない人生を歩むんだね」という言葉に、留三郎の脳裏に過ったのは伊作でもなく、後輩たちでも無く、好敵手の潮江文次郎だった。潮江も、伊作や他の4人と同じくこれからは自分の知らない人生を歩む。自分の知らない場所で、自分の知らない女と結婚し、自分の知らない顔の子どもを授かる。仮に生涯独り身であるとしても、自分の知らない部下を抱えて、自分の知らない顔に老けて行くのだろう。そう思い至った時、留三郎は胸の奥底を掻き回されるような筆舌にし難い嫌な感覚に襲われた。
しくじって眉根を下げる顔も、調子に乗って俺を馬鹿にする顔も、鍛錬やら委員会でぎんぎん鳴きながら溌剌としたあの笑顔も。それら全てを留三郎は見ていると言うのに、これからの文次郎の人生は俺の手の届かない所に行ってしまうのだ!
そう気付いてしまった瞬間、留三郎は己の恋心を自覚したのだった。
故に学園を去る最後の時、留三郎は文次郎を1人呼び出して己の思いを伝えたのだ。
「潮江文次郎、お前の人生を俺にくれないか」
恥も外聞も捨て、茹だるような真っ赤な顔で率直に自分の願いを文次郎に伝えたのだ。だが一方の文次郎、一世一代の告白を鼻で笑うと左右の目を歪に歪ませこう言い放ったのだ!
「その手には乗らんぞ留三郎、この程度の虚言に俺が引っかかるかよ。もし本心としてもお前になんざごめんだね」
小馬鹿にした顔で言い切ると、文次郎はじゃあなとただ一言、そのまま背を向けて去っていった。
その後は風の噂でその名を聞けど、生涯再びまみえることはなかったのだった。
だからこそ留三郎は神仏、或いは地獄の鬼に誓ったのだ。絶対、何回でも生まれなおして文次郎を振り向かせてやるのだと!
その後のことは言わずもがな。何度も生まれては死にを繰り返し、その度に文次郎を探しては出会えないまま何度も人生を繰り返してきたのである。
そして遂に、やっとの事その想い人と同じ時代に生まれ落ちることができたのである。当然、留三郎はこのチャンスを逃すつもりはなかった。
生まれなおしても文次郎は文次郎のままだった。何故か他の6年も居て、揃いも揃ってあの時のままだったが記憶を持っているのは自分だけだった。それを少し寂しく思いつつも、かつてのようにもう一度あの時と同じ様に友情を培ってきたのだ。そうして縁を繋ぎつつ、留三郎は虎視眈々と、着実に仕留めにかかっているのである。当然この機会を逃してなるものか!
「おい、留三郎。その微笑ましげな顔をやめろ。」
「んー?んん。」
訝しげに此方を見る文次郎を何とも言えぬ応えであしらう。だって、喧嘩しつつも此方を突き放せないのはお見通しなのだから。気味悪がりつつも、そうやってまんざらでない顔をするのがいけないのだ。
あとこの手に落ちるまで、もう少し。