「一織、今からドラマ見るの? オレが出てるやつ?」
夕飯も風呂も済ませ、寝るには少し早いかという時刻。
陸がリビングに入ると、ソファで一織がテレビのリモコンを操作していた。
一織の前のローテーブルにはホットミルクが1つ。陸の分はダイニングテーブルに置いてあった。
「ええ。企画書は読んだので、ある程度の内容は知っていますが……」
「一織はオレの演技が見たいんだよね。」
陸が笑みを浮かべて尋ねると、一織は誤魔化すように答えた。
「……まあ。今後のためにも。」
「ふーん。オレも見よーっと。」
陸はそう言って、自分のホットミルクを持ってどかりとソファに座る。
「あなたは二階堂さんみたいに隠れたりしないんですね?」
照れ臭さから一人自室でドラマを見ていた最年長とは違う態度を見せる陸に、一織は首を傾げた。
「うーん。どうせ一織に後から感想言われるなら、一緒に見た方が生の反応見られるかなって。」
陸の答えに一織は苦い顔をした。
「私が見られるんですか……」
「だめ? オレ、一織と一緒にテレビ見たいなぁ。」
陸の上目遣いに一織はぐっと喉を鳴らす。最近一織の弱点を知ったこの男は、よくこの技を使ってくる。無論、一織の方は慣れることもなく全戦全敗だ。
「し、知りませんよ。あなたの自由でしょう。」
「へへ、やった。」
一織は番組表を確認し、チャンネルを合わせるとリモコンを目の前のローテーブルに置いた。そして、その手で流れるように髪を耳にかけた。
それを見て、何かを思い出したように陸が声を挙げた。
「あ。」
「どうしたんです、変な声出して。」
一織が訝しげな顔をして見せる。
「……ね、一織ってさ、オレが出る番組見るときいっつも髪耳にかけてない?」
陸は一織の耳を指さして尋ねた。
「え……、そうなんですか?」
一織は目をぱちくりとさせた。
「気づいてなかったの?」
一織の反応に陸も同じように驚いた。
「はい。完全に無意識でした……」
一織は気まずそうにホットミルクに口を付ける。
「……それってさ。オレの声を聴くため、だったりする?」
陸は恐る恐る尋ねる。
返事は返ってこなかった。
陸が一織の表情を窺うと、彼はホットミルクに口を付けたまま顔を真っ赤にしていた。
ホットミルクは減っていない。
陸の口角が上がった。
「へぇ~。」
「な、なんですか気持ち悪い。」
陸がニヤニヤとしているので一織は嫌そうな顔を見せた。
「だって一織、オレの声をちゃんと聴くために耳に髪かけてんだよ。」
陸のニヤニヤは止まらない。
「だから何なんですか……」
「いや……?」
ふいに、陸は一織の耳元に口を寄せた。
「一織。」
「ひっ」
一織は肩をびくりと震わせた。
耳元で、ひときわ低い声で名前を呼ぶその声。
「オレの声、ちゃんと聞こえてる?」
陸は一織の耳元から口を離すことなく、そのまま囁く。
「やめ……」
一織が耳を抑えようにも、気づけばその腕は陸に掴まれていた。
「一織、オレの声をちゃーんと聞くために耳出してんの?」
「ち、ちが……」
背中がぞくりとする。だって、こんなはずでは。
陸はそのまま途切れることなく一織の耳もとで続ける。
「はは、一織……」
だめ、だめ。だって、私はドラマを見ようとしただけで。それなのにこの人が。
「かーわい。」
「……もう!」
一織は耐え切れなくなって、その場で勢いよく立ち上がった。
「おわっ」
同時に一織の腕を掴んでいた陸の手も勢いよく振り払われた。
「も、もう、七瀬さんの前で七瀬さんの番組は見ません!」
一織は真っ赤な顔で、涙目になったその顔でキッと睨みつけた。
一織はホットミルクを手に取りそのままわざとらしく足音を立てて自室へ向かって行く。
「えー、これどうするのー?」
陸はもうすぐドラマが始まるテレビを指さして声をかける。
「録画してあるのでおかまいなく!」
一織はそう言って自室の扉をバタンと閉めた。
その際こちらを見ることはなかったが、髪をかけて見えていたその両耳は赤く染まっていた。
「耳出すのをやめるんじゃないんだ……」
陸が小さく呟くと聞こえていたようで、一織の自室から「うるさいですバカ!」と扉越しに怒号が聞こえてきた。