バケモノ「あれ? おかしいな足りない……」
倉庫にて押収した品物を点検していた山崎は仕方がないなと、もう一度最初から数えることにした。コロコロとした物体が大量に入った瓶をダンボールの中へ転がし、ひとつずつ数えながら瓶へ戻していく。本来であればそれは山崎の仕事ではない。しかし管理していた人物が討ち入りで怪我をしてしまいしばらく放置した結果、気が付いたら隊の備品も押収品も入り混じる大変な事態になっていた。こうなってしまうと他の誰も手がつけられないため押収物に明るい監察の山崎および、宇宙毒物劇物に詳しい沖田で整理するように命じられてしまった。といっても沖田は「現場監督」を自称して最初に薬品類をざっと見渡して危険な物にラベリングだけを済ませ、あとは何かあったら起こせといい置いて部屋の隅で惰眠を貪り始めていた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。地味な仕事ではあるが物が物なので慎重に数えた。手袋を付けた手でコロンコロンと瓶に戻して全て数えたがやはり数が合わない。
「沖田隊長、起きてください」
早急に確認しないといけないことだと判断して、とりあえず「現場監督」の沖田を起こした。そんなに深くは眠っていなかった沖田はすぐにアイマスクをずらして起き上がった。
「なんでィ……そうだザキ。蚊取り線香切れてたから買っといて」
山崎が説明する前に、沖田は山崎の手元の瓶をみてそう言った。
蚊の天人が来て以来、真選組では夏場屯所の至る所で蚊取り線香を炊くようになった。結果として消費量が増え、買っても買っても追いついていない。
「ああ、それなら今日買ってきたばかりだったんで、まだ玄関の横の……」
山崎は嫌なことに気が付いてしまい、言葉を不自然に切った。確かに昨日の夜蚊取り線香が切れてしまい、今日買ってきたところだ。しかし沖田はなぜ今、それを思い出したのか。何をみて思い出したのか。
「沖田隊長、まさかとは思いますがこれ使ったりしてませんか?」
山崎がこれといって持ち上げたのは、先程から数が合わない押収品だ。コロコロとした物体はハートの形をしたお香である。そしてこれは蚊取り線香の空箱の隣に無造作に置いてあったのだ。蚊取り線香を取りに来て切れてることに気がつき、代替え品として持っていってしまってもおかしくはない。問題なのがこれは愛染香とよばれる秘薬であり、嗅ぐだけで興奮状態に落ち入り最初に見た人を好きになってしまうお香であることだ。吉原で起きた事件に真選組の局長である近藤も巻き込まれ、なかなかの醜態を晒したと聞く。その関係もあって押収品からひと瓶サンプルとして取り寄せ、うっかり置き去りになっていたのだ。
「貰った貰った。俺は一日くらいなくてもいいって言ったんだけど、土方さんが怖がりでねィ。あの天人がまた深夜に来たらどうするんだって」
その言葉を聞くに、土方と沖田二人で使ってしまったことがうかがえる。山崎は頭を抱えながら聞きたくないことを聞かなくてはいけなくなった。
「これ愛染香なんですけど、お二人で使っちゃったってことですよね?」
「あーこれがあの愛染香か。みっつ持って行って土方さんの部屋で焚いてたけど、匂いが甘ったるいとかで使ったのはひとつだな」
沖田の対応は悲壮感がまるでなく淡々としていた。
「……その場に誰がいました?」
「俺と土方さん。他には誰もいねぇよ」
沖田の発言が真実だとすると二人がそういう関係になってしまったということのはずだが、沖田の反応を見ると何も起きなかったようだ。沖田自身も不思議なのか、愛染香をつまんでうーんと首を傾げている。
「これが本物だっていうなら、土方さんのことが嫌いすぎて効果が出なかったんじゃねェの? 向こうも多分同じでさァ」
松平から直々に受け取ったので偽物という線は薄い。その際に山崎は愛染香の事件に巻き込まれた近藤にどんな効果だったかをヒアリングしたが、それはもう凄まじいものだったという。普段あれだけ執着しているお妙に迫られても嬉しくなかったというのだからよっぽどだろう。その愛染香が効かなかったのだというのであれば、沖田の言葉は真逆が正解だ。
「アンタたち一体どんだけ……」
――心中でどんだけの激情を隠しているというのだ。
沖田の言う通り、二人には本当に愛染香は効かなかったのだろう。なぜなら効果以上の気持ちを既に内に秘めていたから。
「バケモノかよ……」
山崎は思わずそう呟いた。幸い沖田には聞こえていなかったようだ。
どんな人をも狂わしてしまう気持ちを日頃から抑え込み、何食わぬ顔で隣に並び立ち「嫌い」「死ね」と負の感情だけを口に乗せる。
それだけの気持ちがあるのであれば、惚れ薬に当てられたときくらいいっそ素直に一線越えてしまえれば楽だろうに、そうはならないのが土方と沖田の関係なのだろう。
「残り、一応戻して置いてくださいね」
「ん、後で土方さんの部屋から回収しとく」
愛染香の瓶の蓋を閉めながら山崎はふと気がつく。
「……辛くなったら言ってください。愛染香とは逆の、愛断香ってのが」
思いつきでそれを口にしたが、全てを言い切らないうちに沖田は倉庫の戸を開けていた。
「いらねぇよそんなもん、俺も土方さんも。何年一緒にいると思ってんでィ」
身を焦がすような情動は、いつも二人と共にある。楽になりたいなどという気持ちすら忘れてしまうほどに。
愛の形は人それぞれとは言うけどこれほど歪んだ愛はそうないだろう。山崎はそう思わずにはいられなかった。