紅葉狩り 出かけていた土方がお土産を添えて屯所に戻ってきた。一番隊はこれから討ち入りのため、玄関で準備していたのでタイミング悪く鉢合わせしてしまった。
一部の隊士はチラッと沖田をみて反応を心配しているようだった。土方との付き合いを隠してるわけではないが、広まってしまっているとこういうとき対応に困る。気を遣われていることに腹が立ちつつ、何も反応しないわけにもいかなくなって真顔で言った。
「あらら、立派な紅葉。色男は紅葉が似合っていいですねィ」
色男と呼ばれた土方は仏頂面のまま眉間の皺を更に深くした。
「良いわけあるか。身に覚えもねェってのに」
「へェ?」
「お前だってわかるだろ、いついつに助けられてずっと好きでしたとか言われるやつだよ。仕事だから覚えてねェって言ったら平手打ちだ。一般人だから殺気がなくて避け損ねるしよ」
早口でまくしたてる土方に対して、沖田は少しだけ気分が良くなった。彼は沖田に誤解をされたくなくて必死なのだ。誤解もなにも、沖田は土方の首を狙って――とは建前で、しょっちゅう土方の温もりを求めて彼の布団に潜り込んでいる。沖田の気が向いたタイミングで突撃しているにも関わらず、理由なく不在だったことはない。どちらかというとフラフラ出歩くのは沖田の方で、土方がそれを良く思っていないことも知っている。誤解する要素などないのに、焦るあまり気がついていないのだ。
気分がよくて更に少しだけ土方にチクリと追撃をする。
「素人の攻撃が避けにくいのはよくわかりまさァ。まあ俺は女に刺されたことしかねェですがね。父親の恨みってやつで。なにせ土方さんと違って汚れ仕事しかしてやせんし?」
「そ、うか……?」
土方が言葉に詰まったタイミングで、一番隊の隊士が割って入った。
「沖田隊長そろそろお時間が」
時計を見れば確かに、あと少しで攘夷浪士たちが会合を始める時間になるところだった。
「じゃあ土方さんそういうことで。今からまた恨みを買いに行ってきますんで」
ヒラヒラと手を振りながら、沖田は玄関をくぐって屯所を出て行った。
◇
今夜は行き先の店が小さいとの理由で少数精鋭、一番隊だけで執り行った討ち入りだった。おかげで味方同士で斬り合うこともなく、無事全員を討ち取りもしくは捕縛することができた。
ひと通り後処理の指示を出した沖田は、一足先に屯所へ戻ることになった。すっかり秋になった夜は一人で歩くと肌寒い。彼は早歩きで屯所の玄関をくぐった。急いでいたのでそこに土方が待ち構えていたことを、入るまで気が付けなかった。
「土方さん……? 電話で報告しやしたが特に怪我とかないでさァ」
滞りなく任務を終えたことは伝えたはずだが、何か問題でもあったのだろうか。疑問に思ったタイミングで土方は沖田の胸元を指差した。
「お前も付けて帰ってきてんぞ、紅葉」
「はっ? ……あぁまあ、そうですねィ」
土方の人差し指の先、隊服の白いスカーフにはべっとりと血が手のひらの形に付いている。討ち取った浪士が死に際につかんで遺していった跡だ。
「土方さんのと違って色気なんてねェですがね」
「一緒だろうよ」
土方は苦笑しながら沖田の頭を撫でた。
「一緒だろ、どっちもそんな綺麗なもんじゃねェよ」
愛憎と、憎悪。どっちもドロドロした、人間の醜い感情だ。
「……じゃあお互い汚ねぇ紅葉見ちゃったことだし、明日紅葉狩りでも行きやしょうよ。北の御所の紅葉がなかなかの見頃だって話ですぜ」
沖田の提案に土方はため息をついた。
「御所ってオメェ、誰が許可取ると思ってんだ」
「副長の座譲ってくれるなら俺がやりやすぜ」
「うるせぇ誰が代わるかよ!」
土方が勢いよく怒鳴りつけた瞬間、二人は顔を見合わせて笑った。
「……とりあえず風呂入ってこい。一緒に寝るぞ」
「はいよ」
肌寒い日だというのに、沖田はもう寒さをまるで感じていなかった。なぜなら二人で過ごす、秋の夜は長いのだから。