もうやめた ずっとずっと追いかけているつもりだった。
ナマイキでムカつく後輩が来た。白々しく「先輩」なんて呼ぶけどそんなのアイツの本心じゃない。当時唯一の門下生だった俺は「神童」なんて言われてた。アイツが居着いて、近藤さんの信頼を得るまでは。
先に始めたのは俺だったのに、試合をすると負けるのは俺だった。年の差、体格差、実践経験。大人はみんなそんなことを並べ立て「総悟の方が型が綺麗だ」なんて気休めを言う。そんなことを言わせてしまう自分が不甲斐なくて今まで以上に必死で剣を振った。
絶対に負けていた勝率が五割になり、八割になり、九割になったころのこと。廃刀令で剣も道場も失った後のこと。江戸に出て剣が持てるかもしれないという希望が振ってきたときのことだった。
「正直……総悟を連れて行っていいものか悩んでるんだ」
そう近藤さんに言われて頭が真っ白になった。歳だけならともかく、病弱な姉がいて死ぬかもしれない場所に同行を許していいのかどうか。
「俺も一旗あげて、姉上に仕送りしやす!」
そう答えた俺に、近藤さんは頷かなかった。
「向こう行ってさ、俺たちが落ち着いてからくるとかどう?」
悔しくて、でもなんと答えたらいいのか分からず俯いた俺に代わって反論したのは、意外な人物だった。
「近藤さん、総悟がいかないんじゃ俺はアンタが上京するのを認められねェよ」
「土方、さん?」
土方さんの言っている意味がよくわからない。俺は近藤さんと一緒に土方さんの方を見た。
「総悟は俺たちの中で一番強い。置いていくのは大将が下す作戦として適切か?」
土方さんのたったひと言で空気が変わった。近藤さんは何回か瞬きをして、それから力強く頷いた。
「そうだな、俺が間違ってたよ。総悟がいなくて成り立つほど楽な道じゃないな」
「俺たちの道を先陣きって斬りひらいて欲しい。これは総悟にしか頼めないことだ」
「……はい、任せてくだせェ近藤さん」
近藤さんにお礼を言って、家に帰ろうとしたら土方さんが追いかけてきた。
「土方さん?」
「勝手に決めちまったが大丈夫だったか?」
さっきまで力強く言っていたのに、土方さんは急に不安になったようだ。せっかくなので姉上のことはもちろん、もう一つの気がかりを口にしてみた。
「俺にできやすかねィ」
「そこは問題ねェ。今までずっとやってたじゃねェか」
どういう意味かわからなかった俺に、土方さんは道場間でやっていた団体戦と同じだと言った。先鋒として俺が流れを作って、次鋒の終兄さんにいつも繋いでいた。
「大将は大将の役割があるし、総悟には総悟の役目があった。一番最初に試合にでて、総悟の綺麗な太刀筋で圧倒してくれたおかげで、俺たちは舐められることもなかったし優位に試合が運べたんだ。それと同じだ」
冷静で、プレッシャーに強くて、絶対に負けられない。経験が物を言う副将はいつだって土方さんだったのでそれはそれで腹が立つけど。
「じゃあもうやめやす」
「……なにを?」
「秘密でさァ」
そのあと俺は走って家に帰り、姉上に全て報告をした。
こうして俺はいくつかのものに別れを告げた。
故郷である武州、姉上との時間、そしてあの人たちの背中を追いかけていた日々。
これから先もずっとずっと追いかけていくつもりだった。でも他でもないあの人と、アンタがそう信じてくれているのなら。
「誰にも負けやせん。もちろん土方さんにも」
これからは俺が先に行って、アンタたちが俺の背中を追うんだ。