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    yo_lu26

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    展示①【メルト・ザ・ハート2】ジェイフロイベ
    2023年4月14日(金) 22:10 ~ 4月15日(土) 22:00
    観○少女パロシリーズの新作①「ラッキードールは貧乏青年の夢をみる」のフロイド視点のお話です。ふわふわ甘々です。単品でも読めますが、過去作を読んでからだとさらに味わい深いと思います。

    #ジェイフロ
    jeiflo

    微睡み人形は待ち侘びた人の色を知るずっと待っている。眠りながら待っている。夢の中で微睡みながら、迎えられるときの甘美な幸福を胸に抱いて。
     眠っている間、オレの目の前にあるのはどこまでも乳白色の世界だった。夢なのかどうかも判然としない。ここにはなんにもなくて、全てがある。近すぎてなんにも見えないのか、遠すぎてなんにも見えないのか、全てがあやふやな世界。世界がはじまっていないのだ。まだ出会うべき人と出会っていないから。今のオレは、もっているものなんてなにひとつなかった。なんにも見えない。なんにも知らない。声さえ持たない。だけど、ただ誰かを待ち焦がれていた。オレたちは皆、そうやって王子様を待っている。
     時々、誰かがオレにあたたかいミルクをくれた。オレは気分によっては、そのミルクを飲んだり飲まなかったりした。ある日はカップが冷たくて気に入らなかった。ある日はミルクの温度が熱すぎて嫌だった。カップの舌触りが気に入らなくて、一口で飲むのをやめてしまうこともあった。昨日はおかわりまでしたのに、今日は一滴も飲みたくなくて嫌だ、なんてこともざらにあった。オレを育てた誰かも、ここでミルクをくれる誰かも、オレの気まぐれには苦労していたようだった。特別な「誰か」に迎えにきてもらうために、オレに必要な「躾」は彼らからひととおり教わっていて、教えられたことは乗り気ならなんでもできたけれど、そうでないときは力が入らなくて、ぐんにゃりと椅子に伸びてサボってしまうこともあった。
    「本当に貴方は気分屋ですねえ」
     そんな声がたびたび聞こえてきたけれど、だってそういう気分なのだから仕方がない。その声の持ち主が言うには、オレは百年に一度の奇跡の存在なのだそうだ。
    「なかなか、貴方と波長の合うお客様が来ませんね。貴方がとても希少であまりにも特別だからでしょうか。もしかすると、誰かが迎えに来てくれるまで長いことかかるかもしれません」
     奇跡だの希少だのという言葉の意味もよく分からないし、興味もなかったけれど、オレが待っている「誰か」というのは誰でもいいわけじゃないのは確かだった。乳白色のオレの世界に、時々かすかに色が飛び込んでくることがある。そんなときオレはふっと自然に目を覚ます。目を覚ました先にいるのは色々な人間だった。大人や老人や子供。誰もが、期待したような目でこちらをみていた。優しい声で名前を呼ばれたり、手を握られたり、頭を撫でられたり、砂糖菓子を差し出されたりした。勢い余って抱き上げられて車に乗せられそうになったこともあった。でも、オレが目覚めるのは本当にわずかな時間だけで、またすぐに眠ってしまう。眠っているときには色だと思ったものが、目を開けて相手を目の前にすると淡く溶けるように消え去ってしまって、もう何色なのか分からなくなるからだ。そのたびに、オレが待ってたのはこの人じゃなかった、とがっかりした。そんなことを何回も繰り返していたから、もう今はなんとも思わなくなった。目の前にいる誰かの色が見えなくなっても、ああ、また違ったんだ、と思って興味を失ったように目を閉じるだけ。この店にきた最初の頃に比べて、色が見えることもぐっと少なくなっていた。来ないなら、来るまで待つだけだ。待ち焦がれる気持ちだけがどんどん強くなっていって、待ちくたびれてしまったけれど、オレはそれでも「誰か」を待ち続けていた。
     そんなある日、今までで一番鮮やかな色がオレの世界に飛び込んできた。それは綺麗な海のブルーで、ときどき明るいイエローと暗いグリーンが混ざったりしていた。ぱちぱちきらきらと音がするほど賑やかで美しい色が、ショーウィンドウにいるオレの前に近づいて立ち止まった。思わず肩がぴくりと震えた。この人だ! 待ち焦がれていた「誰か」がやっときた。オレははやくその人の顔が見たかった。でも、もう長いこと開いていなかった瞼が重くて重くて全然開かない。体もとても重たい。どうしてだろう。目を開けようと頑張っているうちに、あの人が店の前から遠ざかっていく気配がした。どうやら待ち侘びたあの人は、店の中には入ってきてくれないらしい。ああ、通り過ぎていってしまう。待って、行かないで。目を覚まして追いかけたいのに、どうしてもできない。くぅっとお腹の音が鳴る。そうだ、今日はまだミルクを飲んでいないんだった。というか、昨日も一昨日も、ここのところずっとオレは気分じゃなくてミルクを飲んでいない。だから、空腹で力が出ないらしい。なんてことだ。今日は、絶対ミルクを飲もう。飲んだらあの人に会いにいこう。オレはミルクを三杯おかわりすると、夜になるのを待って、そっと店を抜け出した。オレの服の袖と腰についているひらひらのレースやフリルは、動くのに邪魔だから外して店に置いてきた。夜道にはターコイズブルーの軌跡が流星みたいに尾を引いて、あの人の場所へと続いている。この場にいないのに、青い炎みたいに色が空気に焼きついて、まだこんなにも鮮やかにきらきらと残っている。この色があの人の色なのだとオレにはすぐ分かった。この青を辿っていけば、あの人のところに行ける。会って、そしてこう言うんだ。
    「迎えにきてくれないから、オレから会いにきたよ。色がきらきらに見えたから、ここにいるって分かったの。オレ、会いたくて会いたくて、ずっと待ってたんだ。だから、どうかオレを選んで」
     彼と一緒にあたたかいミルクを飲む幸福を思い浮かべて、オレはひとりで夜道を走りながら、こらえきれずにくしゃりと笑った。

     あの人は扉を開けて、オレがいることにびっくりしていたけれど手を繋いでくれた。どうやらオレの言葉は聞こえていないらしい。でも、構わなかった。一緒にいられればなんでもよかった。
     店に連れてこられて、あの人はミルクをくれる人と話している。オレはあの人の膝に座って、うっとりときらきらの色に囲まれていた。もう乳白色しかない世界には戻りたくなかった。だって、こんなにも鮮やかな色を知ってしまった。
     生まれてはじめて、人の名前に興味が湧いた。育ててくれた人の名前も、ミルクをくれる人の名前も知らないし、知ろうとも思わなかったのに、あの人の名前を知りたかった。何かを話しているあの人の服をぎゅっと掴んで、話しかけてみる。
    「ねぇ、名前教えて。名前呼びたい」
     彼は少し困ったような顔をした。ミルクをくれる人が、通訳してくれる。どうやら、この人はオレの言いたいことがなんとなく分かるらしい。
    「……僕は、ジェイドと言います」
     あの人が名前を教えてくれた。覗き込むように目を合わせてくれる。その優しい瞳にふわりと嬉しくなった。ジェイド、ジェイド。心の中で繰り返す。覚えた。もう忘れない。
    「ジェイド」
     そう呼んだら嬉しそうな顔をしてくれた。そのときは嬉しそうな顔をしてくれたけれど、ジェイドはミルクをくれる人と話しているうちに、ちょっと困った顔になって立ちあがろうとした。斜めになる膝からお尻が滑っていく。オレが落ちないようにジェイドが抱きかかえてちゃんと立たせてくれた。膝から下ろされて、彼が立ち上がったことに嫌な雰囲気を感じてオレは急に不安になった。ジェイド、なんで立ったの? どこかに行っちゃうの? オレを連れていってくれないのかな。二人の話している話は、オレには難しくてきちんとは理解できなかった。眠っている間、オレには音は聞こえない。目覚めている時間もとても短かったから、まだ言葉を聞き取るのに時間がかかる。名前とか、簡単で短い言葉は分かるのだけれど、早口で長く話されると、ところどころ聞き取れなかったり、意味がわからなかったりした。ミルクをくれる人が焦ったように何かをまくしたてている。ジェイドも同じくらい早口で何かを言い返す。ジェイドの服の裾を掴んで、ぴとっとくっついた。離れたくない。一緒にいたい。そう、思いを込めて頬を擦り寄せる。そうしたら、ジェイドが頭を撫でてくれた。でも、すぐにその手は離れていってしまう。見上げたジェイドは、もうオレの目をみてくれなかった。ジェイドと話していた、いつもミルクをくれる人の顔が痛ましいものをみるように曇った。オレはジェイドの服を離さなかった。いやだ。やっと見つけたんだ。オレは絶対にジェイドと離れない。ミルクをくれる人が、長々と何かを話しながらカップに湯気の立つお茶を新しく注いだ。ジェイドはたじろいだように、視線を彷徨わせていた。それでも、ゆっくりと口を開くと柔らかい声で呼んでくれた。
    「フロイド」
     途端に、嬉しさで身体中がいっぱいになってしまった。名前を呼ばれるのが、これほど幸福だと思ったのは初めてだった。あまりにも嬉しくて、顔がずっと笑ったまま元に戻らない。ジェイドはオレを選んでくれるだろうか。連れて帰ってもらいたくて必死だったから、オレはジェイドに色々なことができることを見せようとした。再び椅子に腰掛けたジェイドの膝の上に座り直し、カップを掴んで、ジェイドの口元に近づける。びっくりしたような顔をしたジェイドが、かぷっとカップに口をつけたのをみて、慎重にカップを傾けた。無事にジェイドの喉がごくん、と動いてお茶を飲ませることができた。どう? オレ、ちゃんとできたでしょ。ジェイドの顔を笑顔で見上げる。ジェイドはまるで夢を見てるみたいにぼうっとしていたけれど、さっきみたいに困った顔はしていなかった。よかった。ジェイドにちゃんとお茶を飲んでもらうことができて、お腹のなかがぽかぽかする。お菓子も、ジェイドに食べてほしかったから、口元に持っていった。ジェイドは戸惑ったように、口を開ける。半分ほどお菓子が口の中に隠れた時に、ぐうっとジェイドのお腹が鳴った。お腹が空いているらしい。大変だ。その音を聞いたオレはジェイドにたくさんお菓子を食べさせなくてはいけない気持ちになった。せっせと、次から次にジェイドの口元に砂糖菓子を運ぶ。ジェイドの口の中に面白いようにお菓子が消えていく。最後のひとつにオレが手を伸ばそうとしたとき、ジェイドがやんわりとオレの手を掴んでとめた。代わりに、ジェイドがお菓子をつまんでオレの口元にもってくる。
    「あーん、してください」
     ジェイドが、あ、と口を開けてみせる。食べさせてくれる、ということらしい。もちろんオレは大喜びで口をぱかっと開けた。口の中に入ってくるお菓子と、ジェイドの指。オレの舌にジェイドの指が、ちょん、と触れた。砂糖菓子の砂糖がついたその指は甘くて、オレのとっても好きな味だったから、無意識にちゅっと吸い付いて、軽く舐めてから口を離した。ジェイドはびっくりしたように目を見開いて固まっていた。少し喉が渇いてきた、と思っていたら、ジェイドがお茶のカップを口元に近づけてくれた。さっきのお返しなのかもしれない。これまでミルクと砂糖菓子以外をオレは口にしたことはなかったけれど、ジェイドがくれるものならなんだってもらいたかった。だから、そっとカップに口をつけて、こくりと一口飲んでみた。「お茶」は不思議な味がした。好きか嫌いかは、まだよくわからない。でも、ジェイドがずっと幸せそうな顔をしていたから嫌じゃなかった。ジェイドはもっとオレに飲ませたかったみたいだけど、ミルクをくれる人に止められて、自分で飲むことにしたらしい。時間が経つのを惜しむように、舐めるように、ゆっくりと時間をかけてお茶を飲んでいる。オレはジェイドの膝の上で、じっと彼を見つめていた。ミルクをくれる人と何かを話し込んで、何かを書かれた紙を挟んでやりとりをして、再び、ジェイドは何かを決めたように椅子から立ち上がる。
     ジェイドは、オレを選んでくれるだろうか。一緒にいたい。オレを連れてって。オレを選んで。懇願の眼差しを向けると、今度はジェイドはちゃんとオレをみて笑ってくれた。それは、とろけそうなほど優しい笑い方だった。手をしっかり繋がれて、オレはひどく安心した。ああ、オレはジェイドに選んでもらえたんだ。
     ジェイドと一緒に店をでる。外は暗くて、とても静かだったけれど、ジェイドの色は真っ暗の中でもきらきらぱちぱちと眩しくて、熱のない火花みたいだ。どうしてジェイドはこんなに綺麗なんだろうと不思議だった。ジェイドの色をみていると、胸が苦しくなるほどだ。今日は、色々な「初めて」を経験したから少し疲れてしまった。しばらく歩いている内に、うとうとしだしたオレをジェイドが抱っこして運んでくれた。彼の背中越しに、彼の歩いてきた道が見える。彼が歩いた後には火花が散ったあとのうつくしい光のかけらが、金平糖みたいにころころと散らばって、ときどきぱちんと跳ねていた。それはジェイドには見えていないみたいだったけれど、あんまり素敵だったから、オレは眠るのがもったいなくてジェイドに抱かれたまま、眠い目をこすりつつ、彼の後ろの景色をずっとうっとりと眺めていた。
    「きっと貴方を幸せにしますからね」
     ジェイドがオレを抱きしめて、嬉しい言葉をくれた。ジェイドの声は幸福そのもの、という色を含んでいた。聞こえないと分かっているけれど、オレも同じ気持ちを返した。

     もう、オレ、幸せだよ。だってジェイドと一緒にいられるから。
     
     

    ***


     ジェイドとの生活がはじまった。オレの世界もはじまった。でも、今まで知らなかった世界、というのはオレにとって驚きと戸惑いの連続だった。
     まず、ジェイドが出してきてくれるミルクは今まで飲んでいたミルクと随分違った。美味しいとかまずいとかではなくて「なんだか飲みたくない」と感じる味だった。案の定オレはお腹を壊してしまった。何度飲んでも飲み慣れない味。これが店で出されたら、オレは絶対に口をつけることさえしなかっただろう。ジェイドが出してくれるから、飲んだけれど。お腹を壊しても、次の日も飲んだけれど。お腹が痛くなる、ということを初めて経験した。痛いのはあんまり好きじゃない、と思った。だんだんミルクを飲む量が減っていった。オレが毎回お腹を壊すので、あるときからいつも店で飲んでいたミルクが出てくるようになった。飲み慣れた味に、ほっとした。これしか飲んだことがなかったから、気が付かなかったけれど、このミルクはどうやら特別美味しいようだ。
     ジェイドは毎日お風呂を用意してくれる。オレはお風呂は嫌いじゃない。一人でも喜んで入るけれど、なぜか湯あがりには肌が痒くなったり、赤くなったり、ポツポツとできものができてしまう。入るとさっぱりするが、お風呂からあがると体の不快感が増すので、オレは混乱した。ジェイドの家で着る服は、どれも少しごわごわしていて、オレはぴりぴりと肌に刺さるように掠れるその感触になかなか慣れなかった。柔らかく、ふわふわさらさらで、しっとりした着心地の服しか着たことがなかったから、色々な服があることに驚いた。服で擦れると、皮膚の柔らかい部分が赤くなってしまう。全身がじんわり、痛痒いような心地がして、オレはたまにたまらなくなって、ジェイドのお腹に抱きついて、ぴぃぴぃ泣きついてしまうことがあった。もちろん、ジェイドにはオレの声は聞こえないけれど。そんなとき、ジェイドは心配そうにオレの肌を撫でてくれた。労わるように、丁寧に何度も。そうしてもらうと、不快な感じがすうっと消えていって、よく眠れるのだった。 
     ミルクをいれるカップだけは、オレはどうしても譲れなかった。毎日使うものだから、気に入ったものを使いたかった。ジェイドの食器棚にはマグカップとコップしかなくて、オレはティーカップがよかった。何度かジェイドの家でマグカップを使ったけれど、結論としてオレはマグカップが嫌いになった。まず、重い。滑るし、何度か落としそうになってしまった。そして、熱くてカップがうまく持てない。それに、ジェイドはレンジでミルクをきちんとあたためてくれるのだけれど、レンジの性能が悪いのか、熱いところと冷たいところとムラがあって、それが気持ち悪くて飲めないこともあった。そもそもマグカップの形も気に入らない。ずんぐりむっくりして、いかにも飾りっ気がない。もっとおしゃれで、華やかで素敵なやつがよかった。ミルクをくれる人は、あれでなかなかセンスが良かったから、毎日日替わりで色々な器でミルクを持ってきてくれたし、なんだかんだでオレの好みも分かっていた。それでも、器のつるつるや細かいざらざらが気に入らないときもあった。ジェイドの家ではオレは、なるべく細かい嫌なことは我慢するようにしていたから、器の舌触りが嫌だ、なんて贅沢を言うつもりはなかった。でも、マグカップだけは我慢できなかった。オレがマグカップを嫌がるようになったので、ジェイドがオレとカップを買うためにお出かけしてくれた。ジェイドと外に出られるのも嬉しいし、オレのためのカップを買ってもらえるのも嬉しい。オレはるんるんだった。通りすがりのショーウィンドウに並んだカップの中にとびきり美しいカップを見つけた。その店はどっしりとした店構えで、薄い水色に白で店の名前が書いてあるけれど、オレには読めない。ソーサー付きのそのカップには、大きな青と白の花が描かれていた。美しい翡翠色のカップに優美な細い銀の持ち手がついている。底には金色が控えめにのぞいていた。ジェイドみたいだ。そのカップの色はジェイドが放つ色によく似ていた。そう思ったら、どうしてもそのカップが欲しくなってしまった。一生懸命指さして、ジェイドにあれが欲しいと伝える。値段を見て、ジェイドはぎょっとしたような顔をしたが、あとで注文しましょうと言ってくれた。オレは喜んだけれど、その後家に届いたカップは、店で見たものよりも色がくすんでいるように感じた。あのまっさらなきらきら感がない。使用感が滲み出ている。それでも、あのカップには違いないし、ジェイドがオレのために買ってくれたものだから、オレは渋々納得した。
     ジェイドのことが大好きだ。でも、ちょっと色々大変だった。ジェイドはオレのために、あらゆるものを整えてくれた。ミルクだって、美味しいものを飲ませてくれた。カップもオレが欲しいといったものだ。レンジじゃなくて、ミルクを鍋で温めてくれるようになったから温度のムラもなくなった。オレの欲しがったカップはレンジが使えないのだと、ジェイドが言っていた。服だって、ごわごわの服じゃなくて、ある程度しっかりした縫製の柔らかい布地のものを着させてくれるようになった。つるつるふわふわで、着心地がいい。ジェイドが休みの日には、一日に何度も着替えさせてくれる。オレは本当はちょっと面倒くさかったけれど、着替えるとジェイドが嬉しそうに表情を綻ばせたり、写真を撮ったりするから、ジェイドがしたいんならいいか、と大人しく着替えさせられていた。お風呂も毎日入浴剤入りの新しいお湯が張られていて、もう肌が赤くなることもない。ボディソープからスキンケア用品まで、肌に触れるものは全てオーガニックでオレの肌に合っていた。ジェイドは、確実にオレが暮らしやすいようにしてくれている。でも、それらのどれも、なんかちょっと違った。いまいちオレの好みではなかったり、匂いがきつすぎたりした。何よりも、最近ジェイドの色が前ほどきらきらしていない。もちろん、綺麗で魅力的な色のままなのだけれど、儚くて、なんだかしょんぼりしている。そして、だんだん家にいることが少なくなった。仕事に行っている時間が増えた。日が落ちて月が昇って、窓から月が見えなくなって真っ暗になっても、まだ帰ってこない。オレはひとりぼっちに慣れていなかった。我慢をすることにも慣れていなかった。それでも、ジェイドと一緒にいられる。その一点だけは、我慢を差し引いてもなお、オレにとってあまりあるほどの幸福だった。けれど、オレが慣れない我慢をしているにも関わらず、ジェイドはどんどん元気がなくなっていった。なんだかいつもお腹が空いているみたいだった。表情にも余裕がない。オレは、どうしてジェイドが元気がなくなっていくのか分からなかった。ジェイドはご飯も、ちょっとしか食べていない。もっとたくさん食べればいいのに。少ししか寝ないから、寝不足気味なのか目の下に黒い隈ができている。少しずつ、ジェイドが笑わなくなっていった。いつも手元の機械を覗き込んでは、並んだ数字を見て深く悩んでいるみたいな顔をしている。ジェイドが元気がないから、オレも元気がなくなる。なるべく、ジェイドを疲れさせないように、静かにしているようになった。オレが静かだから、夜遅くまで働いているジェイドは帰ってくるとすぐに眠ってしまう。ジェイドがあまり、こちらを見てくれなくなった。そのことに寂しさを覚える。実をいうと、今日はまだミルクを一回ももらっていなかった。でも、もう随分遅い時間になってしまっているし、ジェイドを起こすのはかわいそうだ。自分でも温められるのだけれど、気分じゃなかった。もうミルクを飲むことは諦めて、ジェイドのそばに体を寄せて眠った。朝、がばっとはね起きたジェイドは、オレに必死で謝ってくれた。すぐにミルクを準備しますから、と昨日から着たままの服を着替えもしないままで、ばたばたとキッチンに向かう。オレは嬉しくて、寂しかった。おやすみのキスもしていないし、おはようのハグもしていない。前は朝晩、オレに化粧水や保湿クリームを塗ってくれていたけれど、今はそれもないから、いつもオレの肌も唇もかさついている。ジェイドにはもう、オレを構う余裕がない。
     その日は、朝からぼんやりしていて調子がよくなかった。オレはもともと気分屋だとよく言われていたし、実際自分でもそう思う。でも、ジェイドの家に来てからはだいぶ落ち着いていたし、調子が悪い日があっても、本当にときどきだった。こんなに体がうまく動かなくなるくらい調子が落ちるのは久しぶりだ。椅子にぐんにゃりと伸びているオレに、ジェイドが大急ぎで温めたミルクを持ってきてくれる。机に置かれたミルクのカップを手に取る。今日はやけにカップが熱く感じる。持ち手がうまく掴めない。あ、と思った時にはもう遅かった。つるり、とカップから指が滑って硬い音が床に響くとともに、カップが真っ二つに割れてしまった。オレは、泣きそうになりながら、ごめんなさい、と謝ったけれど、ジェイドには聞こえない。ジェイドはオレに怪我がないかどうかだけを素早く確かめると、何も言わずにカップを片付けてくれた。ジェイドみたいだ、と思っていたカップが割れてしまって、オレは自分で思った以上にショックを受けていた。ジェイドが、オレが気に入っているカップだから、と陶器用の接着剤でカップを継ぎ接ぎして直してくれた。けれど、ヒビが入って接着剤があちこちに滲んでいるカップがまるで今のジェイドみたいに見えて、どうにも痛々しくて、とてもじゃないけれどそのカップでミルクを飲む気分にはなれなかった。結局、そのミルクはジェイドが飲んだ。ミルクを飲み干したジェイドはなんだかいつも以上に疲れきった顔をしていた。オレがカップを割ってしまったからだろうか。胸がずぅんと重たくなった。そのあと、マグカップにいれてもらったミルクも、マグカップが苦手なオレはまた壊してしまいそうで、手をつけなかった。オレがミルクを飲まなくなって、丸二日が経った。お腹から、きゅうくるくると音が鳴る。いつもの砂糖菓子が入っている缶の中を覗いたジェイドが、悲しそうなため息を吐いた。砂糖菓子ももう無いらしい。
    「すみません、フロイド。今、うちには新しいカップを買ってあげられる余裕がないんです」
     ジェイドが苦しそうに言った。違うよ、ジェイド。オレは新しいカップが欲しいんじゃない。ミルクが欲しいんでもない。お腹が空いてるのも、もうどうでもいいから。ジェイドに笑ってほしい。ジェイドに元気になってほしい。ああ、話せたらどんなにいいだろう。ジェイドの、きらきらの火花みたいな色がまたみたいだけなのに。
     ジェイドが、うつむくオレのかさついて骨ばるようになった手を両手でそっと握ってきた。オレの髪も、最近艶を失ってパサパサしてきている。自分で分かる。オレは「枯れ」はじめてきている。オレたち観用少女は、うまく愛情を受け取れないとじわじわと枯れていく。長いこと店にいたから、枯れて戻ってきた少女をオレは何度も見たことがあった。いつか、自分もあの少女達のように店に返されてしまうのだろうか。ぼんやりしていたら、ぎゅっと握られた手に力が込められた。ジェイドの手が熱い。ジェイドに手を握ってもらうのは久しぶりだった。思いがけない力強さに驚いて顔を上げる。
    「フロイド、僕たちは少し話し合いが必要みたいです」
     オレは正座で、ジェイドの言葉の続きを待った。意外にも、見つめたジェイドの目には力強い光があった。自分に真っ直ぐに向けられている視線から、目が離せなくなる。
    「僕は稼ぎが少ないです。フロイドのために、色々なことをしてあげたいし、できるならこの世で最上のものを与えてあげたい。でも、現状その全てを叶えることは難しいです。だから、今までと生活スタイルを変えなくてはいけません。これからずっと一緒にいるために、どうか僕と同じ生活をしてくれませんか」
     ジェイドとおんなじ生活をする。言われている意味は実はまだあまりよく分からなかったけれど、ジェイドはオレを絶対に諦めたりしないんだってことだけが分かった。それが、何よりも嬉しかった。
    「たくましくなってください。フロイド」
     その言葉には愛情がたっぷり込められていた。ジェイドがすごく真剣だから、オレもつられて真面目な顔になって、こくっと頷いた。たくましくなる、というのはよく分からないけれど、ジェイドが望むなら喜んでそうする。

     その日から、オレの生活は一変した。まず、ジェイドはオレのために新しいミルクをいれるためのカップを買ってきてくれた。ジェイドが、これは僕が貴方のために選んだ、貴方への贈り物ですよ、と青いリボンを取手に結んでくれる。前のカップはオレが好きなものを選んだ。今度のカップはジェイドがオレのために選んでくれた。リボンも結んでくれた。だから、ちょっと特別だ。それは白くて何の飾りもないシンプルなマグカップだった。でも、オレはそのカップを見てびっくりした。白いマグカップだったのに、ジェイドのきらきらぱちぱちの青色がカップにも移ってカップがきらきらしていたからだ。あんまり綺麗だったから、しばらくカップをぐるぐる回して見惚れた。前のティーカップもジェイドみたいな色だったから気に入って選んだ。でも、このカップは本物のジェイドの色がじんわり滲んでいる。最高だった。マグカップは使いにくくて嫌いだったけれど、ジェイドは家にある大人用のものよりも少し小ぶりのものを買ってきてくれたので、オレにもちゃんと持ちやすかった。温めたミルクを、ジェイドが緊張した面持ちでマグカップに注いでくれる。オレはお腹が空いていたからワクワクしていた。たっぷりのミルクをオレは一息で飲み干した。オレに行儀作法を教えてくれた人が見たら顔を青くするような豪快な飲み方だったけれど、今はとにかくいっぱい飲みたかった。今まで足らなかった分を埋めるように、いっぱい。喜んだジェイドが二杯目を注いでくれる。二杯目を飲み終えて、ぷはっと一息ついて、ミルクだらけになっているであろう口の周りをぺろりと舐める。あの夜、ひとりで思い描いた、彼と一緒にあたたかいミルクを飲む幸福が今まさに現実のものとなっていた。オレは嬉しくて嬉しくて大満足だった。
    「ああ、フロイド……!」
     ジェイドが感極まったような声をあげる。ジェイドが、カップに結んでいたリボンを解いてオレの小指に結んでくれた。青いリボンにもジェイドの色が移って、ちかちかと跳ねるように青を光らせていた。オレは嬉しくて大喜びした。跡がついてしまうからと、しばらくすると解かれてしまうけれど、それからもことあるごとに、オレはジェイドにリボンを巻いてくれるようにねだった。
     食器も変わったし、ミルクも変わった。昨日まで飲んでいたミルクとほとんど同じ味だけれど、微かに違和感がある。オレには一発で分かった。薄められたり、一滴でも違うものが入ったなら、それは別物なのだ。正直、嫌だった。一口飲んで、ぺっと吐きだしてしまったこともある。お腹も壊した。でも、ジェイドはまたそのミルクを出してくる。たくましくなるって、こういうことか、と遅ればせながらオレはようやく理解した。顔をしわしわにしながら一口飲み込む。すると、ジェイドが熱烈にむちゃくちゃに褒めてくれた。オレがこの混ぜ物のミルクを飲むことはジェイドにとってそんなに嬉しいことなのだろうか。戸惑いつつも、ふわふわと撫でられて、一口飲むごとに「すごいです、フロイド!」「よく飲めましたね」「えらいです」と絶賛され、おでこにキスされ、手を握られて微笑まれるので、オレはそれはもう嬉しくなってしまって、なんだか違和感のある味のミルクも飲もうと思えてきて頑張った。飲み続けていくうちにお腹も丈夫になったらしく、あれほど嫌だったのに今では何の抵抗もなく、美味しい美味しいと安いミルクも飲めるようになった。
     服もまたごわごわの服に変わった。着替えの回数も減ってお風呂の後、夜寝る時に着替えるだけになった。もともと面倒だったので、それは別に構わなかった。お風呂はジェイドと一緒に入るようになった。オレは一人でも入れるようにもともと躾られていたし前は一人で入っていたけれど、今は二人で狭いバスルームに体を詰め込むようにして入浴している。狭いな、とは思うけれど、ジェイドとずっと一緒なのは嬉しいことだった。湯船にお湯が張られることは少なくなり、代わりにシャワーを使うようになった。スイドーダイのセツヤクのためです、とジェイドは言っていた。まだ知らない言葉が多いので、少しずつジェイドに教わっている。服のごわごわと、安いソープのせいで肌が荒れても、風呂から上がるとジェイドが丁寧に保湿クリームを塗ってくれるので、以前のように全身が痛痒くてジェイドにしがみついてしまう、というようなことはなくなった。だんだん、肌も強くなっていって、前ほどかぶれたり、赤くなることも少なくなってきた。
     ジェイドは、前みたいに深夜まで働かなくなって早い時間に帰ってくるようになった。一番ジェイドの顔色が酷かったときは、お休みの日もほとんどなかったけれど、今は一週間に一回は休みの日を作っている。ちゃんと、おはようのハグもおやすみのキスもしてくれる。ミルクも忘れずに朝、晩と二回温めてくれる。昼間だけは自分で温めて飲んでいるけれど、指に青いリボンを巻いているから寂しくない。ジェイドにたっぷり愛情を注がれて、まめに声をかけてもらって、優しく触れてもらううちに、オレの枯れかけていた手がふっくらとしてきて、髪も艶々に戻っていった。ジェイドもまた、目に見えて元気になった。ごはんも前よりは多く食べられているし、肌艶もよい。なんでもないことでも、嬉しそうによく笑ってくれるようになった。

    「ただいま」
     ジェイドが帰ってきた。オレはすぐに跳ねるようにして玄関まで迎えに行く。玄関まで十歩も歩かない距離なのだが、その距離でも気が逸るほどにジェイドが帰ってくるのが毎日嬉しくて、待ち遠しい。
    「おかえり」
     聞こえないと分かっていても、つい話しかけてしまう。いつか、ジェイドにもオレの声が聞こえる日がくるんだろうか。
     ジェイドはよく、オレがいた店にオレと一緒に遊びに行く。オレにミルクをくれる人の名前はアズールと言って、この店の店主らしい。今まで、興味もなくて名前も知らなかったけれど、ジェイドが名前を呼んでいたからやっと覚えた。アズールの話によると「基本的に当店にいるプランツは話したりはいたしませんね」ということらしい。オレはがっかりした。オレ、一生懸命、話してるつもりなのに。アズールにも聞こえてないんだ。
    「話す観用少女もいる、という話は聞いたことはありますが、正規の状態では基本的にありえません。話すプランツがいるならば、それは変質しているドールでしょうね」
     なるほど、全く望みがないわけでもないらしい。それなら、いつかジェイドにもオレの声が聞こえることもあるかもしれない。フロイドは気長に待つことにした。
     その日の夕食時、ジェイドがキッチンでミルクを温めてくれていた。オレは、ジェイドの足に抱きついてミルクが温まるのをまっている。顔にコンロ周りの熱気がふわふわと集まってきて前髪がふわりと持ち上がる。狭い台所は足が痺れるくらいに寒くて、二人並ぶとほとんど身動きもとれなかったけれど、ぎゅうっとジェイドにくっついているところと、ミルクに近い顔だけが温かかった。このじんわり熱い空気を顔に当てて、じっとミルクがふつふつこぽこぽ温められていくのを待つのは、オレの好きな時間だった。ミルクはふきこぼれてしまうから、沸騰直前に火を止めないといけない。ジェイドがそう言っていた。何度か、吹きこぼれてミルクがあわあわの塊になってしまったのを見たことがある。だから、オレも一緒にミルクが沸騰してしまわないように見張ることにしたのだ。ジェイドは前に、どんなに疲れていても、フロイドのためにミルクを温めている時間がとても幸せなのだと言っていた。オレも、待ってる時間が幸せだよ。話しかけてみるけれど、答えはない。分かってるけど、いつもちょっとだけ寂しい。ジェイドの毛玉だらけのニットに、ぴったりと顔を寄せて、くぅくぅお腹を鳴らしてみせるとジェイドがふふっと柔らかく笑った。おかしそうに体を揺らすその振動が、抱きついているオレにも伝わってくる。ジェイドは、今みたいにお腹を鳴らしたりとか、オレが人間っぽい仕草をすると喜ぶ。ジェイドはオレにジェイドとおんなじになってほしいんだろうか。ジェイドが望むなら、オレはなんにだってなってやりたい。オレも、大好きなジェイドとおんなじがいい。まずは、ジェイドと同じものを食べてみようか。そうしたら、オレはきっともっと大きくなれる。
     ホットミルクとジェイドが持ち帰ってきたコロッケが食卓に並ぶ。オレは、ジェイドの裾を引っ張った。机の上のコロッケを指差して、ぱくぱく口を動かして、あ、と口を開けてみせる。それはジェイドから、あーん、をしてもらうときの口の形だ。コロッケを食べさせてほしい、と身振りで伝えてみた。ジェイドは困ったような顔をした。
    「だめですよ、フロイド。貴方にはこれは食べられないんです」
     すげなく断られてしまう。でも、きっと食べられる、と思う。それはジェイドが作ったコロッケだって、オレには分かっていた。だって、ジェイドの色がうっすらと透けて見える。ジェイドが心を込めて作っている証拠だ。コロッケの皿が持ち上げられ、オレから遠ざけられてしまう。それでも、オレは諦めなかった。箸を持つジェイドの腕にひしっと抱きついて、お願い、お願い、という、きゅるんきゅるんのおねだりの視線を熱烈に送る。ジェイドはオレのこういう態度に弱い。断ろうと粘るけれど、断りきれないことが多いのだ。だから、オレもあんまりおねだりをしないように気をつけてはいる。でも、今はどうしても食べさせて欲しかった。人間と同じものを食べたら、自分も話せるようになるかもしれない。もっと、ジェイドに近づけるかもしれない。
    「仕方ありませんね。ひとくちだけですよ。……食べたいものを食べられない辛さは、僕もよく分かっていますから」
     案の定、ジェイドはため息を吐いて折れてくれた。ほんの一口分を小さく小さく箸で切り分けると、オレの口元に運んでくれる。オレが口に含んだのをみると、すぐにティッシュを一枚用意していた。吐き出すと思われているのだろうか。そんな勿体無いこと、絶対にしないのに。もくもくと頬を膨らませて咀嚼すると、ごくっと飲み込んだ。普通に美味しかった。ジェイドが作ったものだから、なおさら。オレ、砂糖菓子とミルク以外も結構イケるのかも。新たな発見に、にこにこっと笑って、ジェイドの箸を持つ手に頬擦りする。食べさせてくれてありがとう、の気持ちだったけれど、ジェイドには、流石に今日はこれ以上は食べさせられませんよ、と嗜められてしまった。そのあとは大人しくいつも通りミルクを飲んだ。
     その日以降、オレはジェイドと同じものを食べるようになった。繰り返し何度もおねだりして、一口だけ、少しだけ、とジェイドから餌付けされるようにちょびっとずつ、色々なものを食べさせてもらう。オレはどんどんミルク以外の食べ物の味を覚えていった。

    「お久しぶりです、お客様。おや、なんだかフロイドが大きくなっていませんか?」
     久方ぶりに店に行ったら、アズールが変な顔をしてそんなことを言った。
    「まさか、ミルク以外のものを与えていないでしょうね。フロイドは貴重な少年のドールなんですよ。取り扱いはくれぐれも慎重にしてくださいね。この位の変化なら、メンテナンスに出せばまだ元に戻りますが……。よろしければ本日メンテナンスに出していかれますか」
     たしかに、ミルク以外のものを口にするようになってから、オレは少し大きくなった。でも、それはオレが望んだ結果だ。オレがねだったから、ジェイドは食べ物を食べさせてくれているだけだ。ジェイドを咎めるみたいなアズールの様子にむっとする。メンテナンスなんて余計なお世話だ。そう思ってアズールの方を見ないでいたけれど、はたと、とある可能性に思い当たる。ジェイドはもしかしたらオレが小さいままの方がいいのかもしれない。いつもジェイドに甘やかされているし、大きくなっても彼の態度が変化しなかったから、今まで考えたことがなかったけれど、急に不安になる。もともと観用少女として迎え入れられたのだ。ジェイドは少年のままでいてほしいのかも。オレはジェイドの望んだ通りになりたいから、ジェイドが今のオレのことをメンテナンスに出したいなら、もちろんそれに従うし、もう食べ物もねだらないようにする。話せなくてもいいから、ずっと、ミルクと砂糖菓子だけ食べて、ちゃんと少年でいるから、だから、これからも一緒にいて。そわそわうろうろしながら、話の成り行きを見守っていたら、ジェイドもメンテナンスを断ってくれた。
     アズールとのやりとりで何か得たものがあったのか、それからのジェイドは吹っ切れたようにオレにミルク以外のものを与えることに躊躇がなくなった。今ではもう、ミルクはおやつ程度にしか飲んでいない。もともとミルクだけで十分だったので、オレはジェイドほど多くは食べなかった。というか、ジェイドはかなり沢山食べる方だ。あまり他の人と食事をする機会がないけれど、たまに外で食べると、ジェイドは周りと比べても気持ちがいいくらいによく食べる。本当はもっと食べたいのに、それでも我慢しているらしかった。いつか、ジェイドがいつでもお腹いっぱい食べられる日々を過ごせたらいいのに。

    「ジェイド」
    「はい、なんでしょう、ふろ……い、ど」
     初めてジェイドが返事をしてくれた日のことをオレは一生忘れないだろう。返ってくるはずのない返事が返ってきたので、オレは息を呑んだ。ジェイドがはっとしたようにオレを見つめてくる。瞳が少し潤んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
    「あなた、今、僕の名前を?」
    「うん」
    「話せるようになったんですか」
    「ずっとオレ、しゃべってたよ。ジェイドに聞こえてなかっただけで」
    「そう……そうです、か。フロイド、あなた、こんな声をしていたんですね」
    「うん。やっとオレの声、聞こえるようになったね」
     よかった。まぐれじゃなかった。ちゃんとジェイドに伝わっている。ジェイドがぎゅうっと抱きしめてくれた。
    「あはっ、ジェイドと話せて、うれしー!」
     無邪気に声をあげると、さらにきつくきつく抱きしめられた。オレもいっぱいぎゅうってした。ジェイドは勘がいいし、オレのことをよく見てくれているので、これまでも大抵オレが何を言いたいのか理解してくれていた。それでも、ちゃんとこうして言葉で話せるというのは格別に嬉しい。思っていることをジェイドに伝えられる。密かにずっと望んできたことが叶ったのだ。

     ジェイドが今日も家計簿アプリを難しい顔で見つめている。前は、ジェイドはオレにはなんにも心配させたくないから、と一人で悩んでいたから、オレはジェイドがなんで元気がないのか分からなかったけれど、ちゃんと今のジェイドは説明してくれるようになった。生きていくためにはお金っていうのが、とても大切らしい。そして、今のジェイドにはお金が足りないらしい。オレはまだ自分で買い物をしたことがないけれど、ジェイドの買い物についていって業務スーパーによく行くようになった。確かにそこではお金を渡して、色々なものを買っていた。食べ物が買えないとジェイドは困るだろう。オレは少しずつ、お金とか仕事のことについてもジェイドから教えてもらっている。ジェイドはなんでも知っていてすごい。
     オレは、ジェイドの後ろから抱きついて、肩に顎を乗せながら画面を覗き込む。最近、家計簿の意味がわかるようになってきた。なるほど、ここ数日はジェイドはかなり厳しい食生活を覚悟しなくてはならないらしい。
    「オレ、なんなら水でもいいよ?」
     遠慮でもなんでもなく、オレは本当に水でもよかった。ジェイドにしっかり愛されているから、他のものはなんにもいらないくらい、満たされているのだ。
    「大丈夫です。今日はスーパーが特売日で牛乳も安く買えるので」
     それでも、ジェイドはなるべくオレに負担をかけないようにしてくれようとしているのが、こんな些細なやりとりでも伝わってきて嬉しくなってしまう。 
     食卓には、いつものバイト先の店からもらってきた揚げ物が並ぶ。毎日同じようなメニューで、ジェイドは飽きないのかなと思うけれど、オレは全然構わなかった。オレは食べ物を食べながら、同時にジェイドの愛を食べているからだ。ジェイドが作ったもの、ジェイドが選んだもの、全てにジェイドの色が滲む。オレはそのジェイドの色ごと口に頬張る。だから、何を食べても満足だった。
    「ジェイドの作るコロッケ、美味しいからオレ好き!」
     そう言ってにっこりと笑うと、ジェイドがもうオレのことが愛おしくてたまらない、という表情をした。次の瞬間、急に顔を抱えるように抱き寄せられる。何度抱きしめられても嬉しくて、オレは抱えられたままジェイドの胸元にぺたりと頬をおしつけて、照れて耳まで赤くなってしまった横顔を隠した。


    ***


    「はい。と、言うわけでぇ。ここまでが、オレからみたジェイドとの出会いでした」
     話し終えたフロイドのことを直視することができず、ジェイドは思わず顔を覆って悶絶していた。なんてことだ。僕のフロイドが愛おしすぎる。そんなふうに僕のことが見えていたなんて。そんなふうに思ってくれていたなんて。ジェイドは深く深呼吸をした。動悸がうるさい。初めて会った時よりも、ずいぶん目線が近くなったフロイドが、そんなジェイドをみて綺麗に笑いながら、隠されている彼の瞳を覗き込むようにして顔を近づけた。ジェイドが指の隙間からそっと、至近距離にあるフロイドと目を合わせる。まだ、この手を外せそうにない。なかなか頬の赤みが引いていかないからだ。あんな話を聞いて、そう簡単に落ち着けるものか。照明の光量を控えめに落としたベッドルームでも、フロイドの肌が輝くように白いのがよく見えた。
    「なあに。ジェイド、照れちゃって」
     フロイドが嬉しそうに、ジェイドの耳をかぷかぷ噛んでくる。その通り、ジェイドはおおいに照れていた。
     オレから見たら、ジェイドもとっても綺麗なんだよ。
     追い討ちをかけるように、じゃれるように耳元でそう囁いて、ジェイドの顔を隠す手をどけると、フロイドは最愛の人の瞼に、額に、頬に、唇に次々とかわいいくちづけを落としていく。そして、そのままフロイドは、ジェイドが放つ綺麗な海のような青の中に全身を浸し、そのまま身も心も沈んでいった。
     
     これはとあるラッキードールが色を知り、世界がはじまり、最愛に手をとってもらうまでの幸福な思い出のお話。
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    Replies from the creator

    yo_lu26

    PROGRESSスペース読み原稿
    「三千字のアウトプットに三万字の思考が必要って本当ですか?」
    「成人向けが恥ずかしくて書けないのですが、どうしたらいいですか?」
    上記をテーマにしたスペースを開催しました。読み原稿です。メモ書きなので分かりにくいところもあるかもしれませんが、ご参考までに。
    20240203のスペースの内容の文字起こし原稿全文

    ★アイスブレイク
    自己紹介。
    本日のスペースがどんなスペースになったらいいかについてまず話します。私の目標は、夜さんってこんなこと考えながら文章作ってるんだなーってことの思考整理を公開でやることにより、私が文字書くときの思考回路をシェアして、なんとなく皆さんに聴いてて面白いなーって思ってもらえる時間になることです。
     これ聞いたら書いたことない人も書けるようになる、とか、私の思考トレースしたら私の書いてる話と似た話ができるとかそういうことではないです。文法的に正しいテクニカルな話はできないのでしません。感覚的な話が多くなると思います。
    前半の1時間は作品について一文ずつ丁寧に話して、最後の30分でエロを書く時のメンタルの話をしたいと思います。他の1時間は休憩とかバッファとか雑談なので、トータル2時間半を予定しています。長引いたらサドンデスタイム!
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    ※しゃべります
    ジェイドが疲れてる。
     副寮長の仕事とアズールから降りてくる仕事、モストロラウンジの給仕と事務処理、それに加えて何やらクラスでも仕事を頼まれたらしく、話し合いや業者への連絡などが立て込んでいた。
     普通に考えて疲れていないわけがない。
     もちろんほぼ同じスケジュールのアズールも疲れているのだが、ジェイドとフロイドの2人がかりで仕事を奪い寝かしつけているのでまだ睡眠が確保されている。
     まぁそれもあって更にジェイドの睡眠や食事休憩が削られているわけだが。
    (うーーーーん。最後の手段に出るか)
     アズールに対してもあの手この手を使って休憩を取らせていたフロイドだったが、むしろアズールよりも片割れの方がこういう時は面倒くさいのを知っている。
     一緒に寝ようよと誘えば乗るが、寝るの意味が違ってしまい抱き潰されて気を失った後で仕事を片付けているのを知っている。
     ならば抱かれている間の時間を食事と睡眠に当てて欲しい物なのだが、それも癒しなのだと言われてしまうと 全く構われないのも嫌なのがあって強く拒否できない。
     が、結果として寝る時間を奪っているので、そろそろ閨事に持ち込まれない様に気をつけな 6656

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