【忠暦】ハロウィンの話 約束の時間を五分ほど過ぎた頃に部屋のインターホンが鳴らされた。応える前から二人分の少女の声がドアポストから滑り込んできて、曇りなく私の名前を呼ぶ。
「ただしー!」
「おかしちょーだーい!」
靴を履き、玄関の棚に置いていた二つの小包を背中に隠しながらドアを開ける。まず一人目の少女が見えて、瓜二つのもう一人も前のめりに顔を出してきた。揃いのマントととんがり帽子はおそらく手製のもので、二人の体格に合わせて小振りにまとまっている。それぞれの腕にはカボチャの形をしたカゴが抱えられていた。
「七日、千日。忠に何て言うんだっけ?」
彼女達の後ろに立っていたのは、仮装無しのラフな格好をした暦だった。彼は二人の肩を優しく叩いて小声で何かをささやいている。私はゆっくりとしゃがみこみ、小さな魔女達と目線を合わせた。
“とりっこあとりーと!”
たどたどしくも高らかに響いた声に、私は小さく頷く。背中から取り出した小包を一つずつカボチャの中に入れてやると、二人は零れそうなほど大きい瞳を眩しく輝かせてその場で跳ねた。
「やったー!」
「ほら、二人とも忠にお礼は?」
「ありがとー!」
とんがり帽子はピンか何かで留まっているらしく、彼女達がどんなに頭を振ってもズレていない。魔法でくっつけていると彼女たちが言うならそうなのかもしれないが。
立ち上がると暦と目があった。優しい、親愛に満ちた色をしている。
「ありがとな忠。テレビで見ちゃって、どうしても外国みたいなハロウィンやるって聞かなくて」
「いや。ささやかなもので申し訳ないが、喜んでくれてよかった」
双子は私達の足元で包みを開き、ラムネが入ってただとかパンのヒーローのチョコだったとかを報告しあい、黄色く可愛らしい声を上げている。
「暦」
「ん?」
「君は言わないのか」
何を、と言いかけたであろう口は、途中で気恥ずかしそうに笑いをもらした。
「いーよ。そんな歳じゃねぇし」
「日本では歳は関係ないだろう」
「そーだけど……まさかお菓子用意してくれてんの?」
「知りたければ合言葉を」
暦はしばらく口を曲げたり頬をかいたりしていたが、とうとう観念した様子で口を開いた。
「トリックオアトリート……」
妹たちよりも滑舌が良いはずの言葉は、ひどく弱々しく発音された。赤い髪が頬や耳にも同じ色を落としている。私は双子たちがお菓子に夢中なことを確認して、暦の腕を掴んで体を引き寄せた。
菓子はない。そして確信的に、これが代わりになるとも思っていない。
丸く開いた目の近くにキスを落とすと、唇の下で皮膚がふわりと熱くなるのを感じた。
「ば、ばかっ」
小声で私を非難して、暦は目元を押さえながら妹たちが見ていなかったか確認している。ちょうど片方――おそらく七日さんのほう――が顔を上げて、
「たべてもいい?」
と純粋な声で聞いた。暦は動揺を笑顔で隠しているが頬の赤さは変わらない。
「あ、あ〜、帰ってからな! 歩きながらはだめだ」
「たべたいよ〜」
「じゃあ車でな。とーさん待ってるから行こう」
じゃ、と慌てる様子が滲む声で暦は言い、双子を両手に繋いで、『お菓子をくれたおともだち』への礼をもう一度促した。私も再度しゃがみこんで、二人のお辞儀に合わせて会釈を返す。
「暦」
立ち上がりながら、去っていく恋人に声をかける。律儀に振り返るその性格が愛おしい。
「いたずら、待っている」
「……とーさんに二人をあずけてくる」
ぶっきらぼうにも聞こえるトーンで言うのは、慣れないことをするときの癖らしい。何も今日がいいとは言っていないのだが、素直に受け取るのもたまには許されるだろう。私は頷いて、三人がエレベーターに向かって行くのを見送る。
双子がこちらを振り返り、小さな手を大きく振った。私も手を振り返す。
暦が兄の顔を取り戻そうとしかめっ面をしているのを見て、私は口元がわずかに弛むのを感じた。
END