祝いの指先どうにもこうにも朝から相棒は上機嫌だ。
別に「今日はご機嫌さんか?」と聞いたわけではない。今日も今日とて相変わらずの寡黙ぶりであるし、表情に出てるわけでもなし。
ただ、こちらを見る目が妙にやわらかな感じがするのだ。そして何故か今日はよく触られている気がする。そう、現に今だって。
「……楽しいか?」
なるべく心を無にしながら殤不患が問えば、浪巫謠はこくんと肯いた。そしてまたひとたび殤の頭を撫でる。
今、殤は浪に膝枕をされていた。浪の決して柔らかくない足に頭を預け、ずっと頭を撫でられているのだ。浪の指の一部と称しても過言ではない義甲まで外して、殤の髪を梳いては、指に絡めて遊んでいる。
発端は実に単純だ。見晴らしの良い丘の上、少し休憩にするかということで木の根を枕に寝転ぼうとしたら、一足先に座った浪が自身の腿をぽんぽんと叩いて待ち構えていたという次第だ。
勿論、断ろうとした。おいおい何の冗談だと苦笑して流すつもりだった。だが期待に満ちた未踏の泉めいた瞳にじっと、やや上目遣い気味に見つめられて、負けた。瞬殺だった。
浪の指が、今度は解きほぐすようにして殤の頭皮を揉んでくる。その力加減は心地良く、少し眠気を誘う。だがこのまま眠ってしまうのは、どうにも勿体無いような気がする。
「……なあ、それは楽しいのか?」
眠気を追い払うべくまた訊ねれば、浪が唇の両端を持ち上げた。
「ああ、楽しい」
そして明確な返事をくれる。その顔が、声が、あまりにも嬉しそうで幸せそうなので、殤は全ての疑問を放棄することにした。
「ならまあ、いいか」
少し肩と腹に入れていた力を抜いて、浪の足に頭を完全に預ける。浪の膝枕と手のひらと指を堪能する準備を整えて、殤は目を閉じた。
たまには、何事も無い日も有りだ。
(今日は、あなたが生まれた日だから)
(祝い方なんて知らないから)
(それでもなんだかとても、触りたかったのだ)
終