ぐるりと囲む敵は太刀が三振り。
見くびられたものだと苦笑交じりに、髭切は無造作に一歩を踏み出す。本丸の庭をそぞろ歩くように。
向かう先は正面の敵太刀。ぞろりと鋭い歯を見せてにやにやと嗤っている。随分と余裕そうだ。大いに結構。だがその尖った歯先が髭切の癇に障った。故に髭切は、太刀の佩緒を外す。そしてゆるりと刀を抜くや対敵の口へと叩きこんだ。切っ先ではなく、鞘尻を。鞘を伝って、硬いものが束で折れる感触がした。
その一撃は刃に非ずとも正面の敵太刀に痛打を与えた。かなりの激痛だろう、声にならない悲鳴を上げながら鞘を抜こうとしては、その振動によって生じる新たな痛みに悶絶している。
可哀想だなあと己が仕出かしたことを棚に上げながら、踵と刃を返す。己が得物の向かう先は、太刀を大きく振り上げる右側の敵。
「胴体、がら空きだね。そこを斬ってほしいのかい?」
そう訊ねながら、返事も聞かずに逆袈裟に斬りあげる。腕力任せの乱暴極まる一太刀は、肋骨に留まらず背骨まで断ち落とす。何が起きたかもわからないのか、きょとんとしたまま右方の敵は半ば分断された体を仰臥させた。
お次は左方。刃と殺意より先に流し目を送りながら、肩越しに微笑む。無傷の敵は、仲間に襲いかかった獅子の牙に恐れをなしたか、構えた刃の切っ先を震わせながら立ち竦んでいた。
「……斬らなくていいのかい? 僕が先に斬っちゃうよ?」
問いかけながら、左方の敵へと振り返る。大きく一歩、踏み込む。まだ敵は動かない。遠慮しなくてよいということか、有難い。二歩三歩、そのまま進む。正眼に構える敵太刀の、得物を握る両手ごと乱雑に斬り落とす。悲鳴は上げなくていい、耳障りだと刃先で語りかけながら隙だらけの首を刎ね上げる。
天高く、首が飛ぶ。それを見上げることなく、口から鞘を生やした正面の敵に改めて向き直る。血振りし、口に刺さったままの鞘に向かって勢いよく納刀する。
ほぼ刺突と変わらない納刀は、絶命の一手であった。喉の骨が粉砕される感触と、御霊が剥がれ落ちる感触、その二つが伝わってくる。それを味わうことなく、髭切は納刀した得物を敵太刀の口から抜いた。
「預かってくれててありがとうね」
最早聞いていないと分かってはいるが、一応の礼儀として感謝を述べる。背後で何かが落ちる音がした。恐らく、先ほど跳ねた首であろう。
佩緒を留め直しつつ辺りを見渡せば、戦はもう終わりかけていた。勿論、こちらの勝利という形でだ。いくばくかもしないうちに、弟が自分を探す声が響く頃合いだ。
「……君たちにその歯はいらないよ」
誰にともなくそうひとりごちながら、髭切は弟をこちらから迎えに行くべく歩き出す。
今はただ一刻も早く、兄弟揃いの鋭い犬歯の形を感じ取りたい。
終