「お前さん、寒くないのか?」
ざざ、と波が砂をさらう音が響く。うっすらと空を覆う雲は陽光を遮り、秋口のひやりとした空気をさらに冷たく錯覚させた。日没も近い砂浜には、自分と声をかけた先の一人以外、影すらない。
声をかけられた相手は、浜辺で濡らした足もそのままに、靴を手に提げながら近寄ってくる。
「そうですね、遠洋の海上と比べると、それほどでも。……海の季節は陸上よりも遅く巡ります。海に入ってしまった方が暖かいですよ」
海を背にした笑顔からは、確かに微塵も寒気を感じなかった。海風に流される長髪に、つい目を奪われる。
「つれないな。温めてくださいとでも言うなら、今夜は同じ布団でどうかと誘えたもんだが」
少々大げさに肩をすくめて、助手席のドアを開ける。はじめは遠慮ばかりしていた古論だが、いつの間にか俺がドア開けてやることも、タオルを渡してやることも礼一つで自然に受け取るようになっていた。
「古論も日に日にかわいげがなくなっていくな。昔はすぐに顔を赤くしていただろう」
「おや、190近い大男にかわいげを求めるものではないでしょう」
仕事となれば別かもしれませんが、と笑って助手席から外へ足の砂を落とす横顔は、足先だけとはいえ海に触れることができて随分満足しているらしい。
日が沈むにつれ厳しくなる潮風が少しでも当たらないよう、ルーフに肘をついて覆いかぶさる。
「それで?寒さに強い古論は、このまま真っ直ぐお家に帰るのかい?」
「そうですね……雨彦が寒いというのなら、一つの寝床を温めるのも悪くはありませんね」
顔に伸びてきた手を黙って眺めていると、ぐっと鼻を摘ままれる。
「ふふ、鼻が赤くなっていますよ。寒かったのでしょう。いつも付き合っていただいてばかりで、ありがとうございます」
「……敵わんな。年を取ると寒さにも暑さにも弱くなる」
古論の指先は暖かく、なるほど、こちらが暖をとらせてもらう側だと思い知らされた。
真面目な古論が誰かに悪戯など想像もつかなかったが、少しずつ一緒に過ごす時間が増える度に、戯れのようなふれあいも増えてきた。
「先ほどの発言とは矛盾しますが、私は雨彦のことを、かわいいと思うことが増えてきています」
「……お前さんよりも年上で、身丈もデカい男相手にか?」
低い唸るような声が出た。随分渋い顔をしていたのだろう、今度は古論の指が眉間を伸ばすように動いた。
「ええ。素直に寂しいとも寒いとも言わないところ、とてもかわいらしく感じます」
海に入っていたときよりもいい顔をしていたから、こちらが折れることにした。