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    haiiro1714

    @haiiro1714

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    haiiro1714

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    おまたせしました。
    政婚ヌフの四話です。
    風邪回。推しCPの風邪看病はいつ読んでもいいものですね。

    ##政婚ヌフ

    4話「…以上が調査結果になります」
     クロリンデは書類の束をヌヴィレットに渡し、一礼する。
     ヌヴィレットは書類をパラパラと捲り、ため息をひとつ。
    「予想はしていたが、酷いことだ」
     小難しく書かれているが、要はネグレクトを主とした虐待。
     家人の機嫌の良し悪しで暴力を振るわれたり、暴言を吐かれることもあったようだ。先程のクロリンデの報告と相違はない。
     数日前の閨の様子を思い出す。令嬢にしては手が荒れ気味であったことを除けば、白く滑らかな肌には乱暴を働かれたような跡はなかった。
    「体に傷は見受けられなかった。近年は暴力を振るわれていないと見ていいだろう……」
     ヌヴィレットの言葉にクロリンデも頷く。
    「フリーナ様が結婚適齢期である以上、政略の道具にするには傷物だと価値が下がりますからね」
    「そうだろうな。――彼女のことは君に任せる」
    「畏まりました。こちら、フリーナ様の今月の支出になります」
     新しい書類が渡される。
    「ありがとう、確かに受け取った。」
     大公夫人のフリーナには身分にあった衣服や化粧が求められる。そのため、彼女には屋敷の運営費とは別に予算が組まれている。とはいえ、購入しているのはクロリンデや彼女の世話をする侍女たちで、彼女自身が好んで買っているものではない。
    「それと、来月からはもう少し予算を上げたほうがよろしいかと。」
     クロリンデの言葉に思わず書類から顔を上げた。
    「理由は?」
    「アンダーウェアの新調のためです。フリーナ様は成長期なので胸囲などの……」
    「ん”ん”っ……報告はそのくらいで良い。予算は上げておこう、好きに使うといい」
    「ありがとうございます」
    「それと近々王城で夜会がある。彼女に教師を手配してくれ。……教師は君の采配で構わない」
    「畏まりました。」




     
    「どうすればいいんだ…」
     昨夜から僅かに頭痛や目眩がある気はしていたが、まさか風邪を引くとは思いもしなかった。ぐらぐらと揺れる視界、ゾクゾクとした寒気。喉も何となくイガイガとする。ふと鏡を見れば、赤い頬をした自分と目が合う。
    (劇団長に体調管理だけは気をつけなさいってあれだけ言われてたのに……)
     にこにこと笑いながら怒る彼女が想像されて別の寒気がフリーナを襲う。――あらあら、ジェーン?私は何回も言ったはずよね?夜に外で練習するなら上着を羽織るか舞台衣装を着替えるかしなさいって。これで何回目かしら?あら?まあ!よく伸びるほっぺだこと!――とまあ、こんな具合である。その後、しばらく劇場を出禁にされたのは記憶に新しい。
     とはいえ、落ち込んでばかりもいられない。フリーナはぺしぺしと自身の頬を力の入らない手で叩く。今日から社交の授業も始まると聞いている。そもそも体調管理の至らなさが原因なのだから、と自身を叱咤してクローゼットからトランクケースを取り出して、中に入っている風邪薬の錠剤の入った瓶から規定量の錠剤を掌に乗せる。ベッド脇に置いてあるピッチャーからコップに水を注ぎ、錠剤と一緒に飲み込む。その後、ふらつく足でドレッサーに座ったらいつもの顔色を模したメイクを施していく。
     丁度メイクも終わったところで薬も効き始め、不快な感覚が遠のいたところでノックの音が響く。入室の許可を出し、彼女が挨拶に来るのを待ってからとびっきりの笑顔を張り付ける。
     「おはよう、クロリンデ。今日もよろしくね!」
     ――フリーナの一日が幕を開ける。




    「ヌヴィレット、働きすぎじゃない?」
     ヌヴィレットの執務室に入り込み、開口一番そう言ったのは空。
    「折角、フリーナと結婚したんだから新婚生活を楽しめばいいのに」
     蛍も言いながら、同意するように頷く。……彼らにはこの書類の山が見えないのだろうか?
    「……君達の心遣いは嬉しいが、業務は通常の範囲内であるし、彼女と私の間には政略以上の関係はない。寧ろ、金で買ったも同然の相手に親しくされたところで彼女の負担になるだけだろう」
     日中は仕事の都合もあり、ほとんど顔を合わせることはない。それどころか、食事を共にしたこともなければ、顔を合わせるのは月に二度の閨だけという世間一般的に見ても仲が良いとは言い難い関係だ。そんな状態でこちらが歩み寄ろうとした所で、彼女の精神に多大な負担をかけることは目に見えている。
    「ご理解頂けただろうか?」
     彼の言葉に二人は顔を見合わせる。思い浮かべるのは、劇場で友人達に囲まれて笑うフリーナの顔。彼女は案外、懐の深いところがあるし面倒見もいい。ヌヴィレットが歩み寄る努力をするのなら、受け入れるくらいの度量は持ち合わせている。
    「ねえ、お兄ちゃん。どう思う?」
    「俺はヌヴィレットが悪いと思う。……交流する機会を作った方が良いんじゃないかな?」
    「そうだね……よし!決めた!――ヌヴィレット!」
     蛍に名を呼ばれて、ヌヴィレットは緩慢な動作で書類から顔を上げた。
    「……何か?」
    「この国の王女として命令するね。……今日はもう家に帰ってフリーナと交流する時間を設けなさい」
     腰に手を当てて言う蛍。空もそんな妹に苦笑しながら続ける。
    「それは俺からも命令ってことで。……その書類だって急ぎじゃないんでしょ」
    「それはそうだが……」
     なおも言い淀むヌヴィレットを二人で協力して机から引き剥がす。メイドに言いつけて、帰りの馬車を用意させる。
    「じゃあ、いってらっしゃい。ちゃんとフリーナと話し合ってね」
    「フリーナと話す為の休みなんだから、仕事しないでね」
     蛍、空に見送られてヌヴィレットは王城を半ば強制的に後にした。
    「はあ……あの二人には困ったものだ」
     ヌヴィレットは足を組みながら馬車の中で独りごちた。二人は妙に彼女の肩を持つきらいがある。……友人とはそういうものなのだろうか?
     馬車が止まり、御者が扉を開ける。こんな昼間に家に帰ってきたことはなかったな、とふと思った。




     フリーナ様でしたらサロンでダンスの練習をしてらっしゃいますよ、と言う侍女の言葉に従いサロンへと向かう。教師はナヴィアさんだったか。
    「そうそう……なかなか筋がいいじゃない!」
     サロンの扉をそっと小さく開けば、クロリンデとナヴィアの後ろ姿が見えた。二人の背中越しに、部屋の真ん中で練習用のドレスを着て踊るフリーナがいる。
    「そ、そうかい!そう言って貰えると嬉しいよ」
     ヌヴィレットの前では見せたことのない笑みを浮かべて嬉しそうにしているフリーナ。恐らく、今日が初対面であろうナヴィアとは上手く打ち解けられているのだろう。
    「?」
     不意に、胸がツキリと痛んだ気がして首を傾げる。もう一度、笑う彼女を見るも先程のような痛みは感じられなかった。彼女が平穏無事に過ごせているのならそれでいいと踵を返そうとする。
     ――ちゃんとフリーナと話し合ってね。
     ――フリーナと話す為の休みなんだから。
    「……っ」
     その時、双子の王族の言葉を思い出して踏みとどまる。ヌヴィレットはどこまでも真面目であった。眉間にしわを寄せてたっぷり五分ほどの時間をかけて思案してから彼はサロンの扉を大きく開けた。



     ノックもなく不躾に開かれた扉に、室内にいた全員の視線が集中する。
     「ヌヴィレット様」
     「ヌヴィレットさん!」
     「ご主人様!」
     「……」
     冷静さを崩さないクロリンデ、驚きに目を見開いているナヴィアと二人の侍女、そして彼を見て僅かに全身を強張らせたフリーナ。それぞれの反応を意に介さず、ヌヴィレットはずんずんと部屋を突き進み、フリーナの前でピタリと制止した。
     「……」
     「……」
     暫しの沈黙が室内を包み込む。その場にいた全員がヌヴィレットとフリーナの動向に注目していた。
     「……ひゃ……っ!」
     頭を抱えて庇おうとするフリーナより早く、ヌヴィレットの手が彼女の頭を撫でたのだ。わしゃわしゃと何度も彼の手は往復を繰り返す。
     「ヌヴィレットさん。フリーナが怯えてるからそれぐらいにしてあげてね」
     ナヴィアの言葉にヌヴィレットは渋々といった体で手を降ろした。露骨にほっとするフリーナを見て、彼は釈然としない気持ちになった。
     「すまなかった。淑女の頭を不躾に撫でるものではなかったな」
     途端にしゅんと萎れるヌヴィレット。
     「こ、こちらこそ、その……びっくりしてごめんね……」
     申し訳なさそうに眉を下げて困ったような顔をするフリーナ。ヌヴィレットは思わず彼女に手を伸ばして――
     「もう、二人とも。私たちのこと忘れていちゃいちゃしないでくれる?」
     悪戯っぽく笑うナヴィア。
     「? ……僕と彼はそんな関係じゃないよ」
     「ナヴィア殿。私と彼女はそのような関係では……」
     顔色一つ変えずに否定する二人。
     「噓でしょ……?二人は夫婦なのよね……?」
     口に手を当て大袈裟な反応を示したナヴィアに問われたクロリンデは顔を横に振った。
     「お二人に甘い関係を求めるだけ時間の無駄だ。諦めた方がいい」
     彼女の言葉に考え込むナヴィア。ややあって、クロリンデにそっと耳打ちした。
     「もう、クロリンデ!仕えてる主の仲が悪くていいの!?」
     「世間的には問題がないからな。仮面夫婦など世間にはいくらでもいるだろう?」
     「それはそうだけど……!政略とは言え、これから先も毎日顔を合わせなきゃならないのよ?だったら仲がいい方がいいじゃない!」
     「それはそうだが……」
     眉間にしわを寄せたクロリンデ。彼女も現状維持のまま問題を放置しているのは良くないと分かっていたのだ。ナヴィアはそれを目敏く察知する。
     「はい、決まりね。これから二人には少しでも仲良くなってもらうわ」
     ひそひそ話を打ち切ったナヴィアはヌヴィレットとフリーナに向き直る。
     「ねえ、ヌヴィレットさん。今、フリーナはダンスの練習をしているの。良かったら男性パートを踊ってくれないかしら?」
     「何故、私が……?それこそクロリンデや君でもいいと思うが」
     ヌヴィレットの言葉にナヴィアは首を振る。
     「それじゃダメよ。私もクロリンデもヌヴィレットさんより背が低いでしょ?本番で踊る時に歩幅が合わなかったら、困るのは彼女なのよ」
     ナヴィアの言葉にヌヴィレットはフリーナに視線を移す。彼女もヌヴィレットを見上げていた。ぎゅっと目を閉じて考え込んだ後、ゆっくりと開く。種類違いの蒼玉が光を取り込んで美しく瞬いた。
     「……いいよ。やろう!」
     力強く頷く少女はどこまでも目映く思えてヌヴィレットは目を細めた。二人で所定の位置に着き、姿勢を整える。重ねた手から彼女が酷い緊張で体が強張っているのが分かった。
     「……失敗したからと言って君を詰るような者はここにはいない。」
     ヌヴィレットが囁く。今まで聞いたことのない優しい声にフリーナは僅かに身じろぐ。
     「……いいの?」
     ともすれば音楽にかき消されてしまいそうな声でフリーナはヌヴィレットに問うた。彼は苦笑しながら頷く。
     「ああ。……そもそも練習から完璧である必要はない。それでは練習の意味がないのだから」
     「そっかぁ……」
     嬉しそうに、安心したように年相応の笑みを浮かべるフリーナ。ヌヴィレットが初めて見せてくれた笑みに喜ぶのもつかの間、華奢な体がぐらりと傾いた。
     「あ、あれ……?」
     「フリーナ……!」
     ヌヴィレットはフリーナを受け止めるとそのまま床に座り込む。彼女は荒く息を吐き、その体は燃えるように熱い。突然の事態にヌヴィレットはおろか、クロリンデや侍女たちすらも何が起きたのか理解できずにその場で立ち尽くす。
     「フリーナ!大丈夫!?」
     最初に動いたのはナヴィアだった。フリーナに駆け寄ると彼女の額に手を押し当てる。
     「酷い熱ね……」
     ナヴィアの言葉で正気に戻ったクロリンデが医者を呼んでくる、と大急ぎで部屋を出て行った。ナヴィアはその背を見送ると、固まったままの侍女二人に声をかけた。
     「あなたはこの子の部屋に行って寝床を整えなさい。寝間着も用意しておいて。そっちのあなたはこのことを上司に伝えなさい。そうすれば、適任者を選んでくれるはずだわ」
     ナヴィアの指示を正確に理解した二人は一礼すると部屋を出ていく。これで二人は心配いらないだろう。不測の事態に対応できなかったとはいえ、彼女たちの仲間には、看病に詳しい者もいるはずだ。ナヴィアは最後に、少女を抱きかかえて呆然とするヌヴィレットに声をかけた。
     「ヌヴィレットさん。フリーナを部屋まで運んでもらえる?――出来ないようなら、あたしがやるわ」
     「すまない、ナヴィアさん……」
     ヌヴィレットはのろのろと立ち上がる。彼女はそんな腑抜けた彼の背を活を入れるように強く叩いた。
     「しっかりなさい!あなたがそんなんでどうするの!一番辛いのはフリーナなんだからね!」
     「あ、ああ……」
     部屋に向かいながらナヴィアはヌヴィレットを観察する。未だ理解が追い付いていないのかぼんやりとした顔をしてはいるが、少女を抱える手は壊れ物を扱うかのように繊細でありながら、絶対に落とさないような力強さが感じられる。ナヴィアはその様子に安堵した。
     (なんだ、案外大切にはしてるのね……)
     




     その後、フリーナは風邪と診断された。環境が変わったことで体調を崩す者はそれなりにいるらしい。体が弱っているから、ただの風邪でも注意が必要だと医者に言われた。暫くは安静にとのことだったため、身の回りの世話をする人間を増やすことにした。後ほど侍女長に伝えておけば適任を寄越してくれるだろう。
     本日の業務を終えて窓の外を眺める。帰ってきたときの陽光は既になく、霞んだ月が辺りをぼんやりと照らしていた。書類を片付け席を立ち、書斎を離れる。ヌヴィレットの足は自然とフリーナの部屋へと向いていた。
     丁度、部屋から看病をしている侍女と鉢合わせたため、二人きりにするように取り計らってもらう。侍女は廊下で待機していますので何かあったらお呼び下さいと頭を下げた。ヌヴィレットは侍女に礼を言うと、物音ひとつ立てずに入室し、ぴっちりと閉じられた天蓋をくぐって中に入った。フリーナはベッドの中央で静かに眠りについていた。――固く閉じられた目蓋から透明な雫をぽたぽたと流しながら。
     「何をそんなに泣いている……」
     涙を手で掬えば、強すぎる感情に引きずられるようにして夢の中に入り込む。



     ヌヴィレットが目を開けば、白と黒だけで構成された世界が広がる。ここはどうやら室内のようだ。
     「何度言ったら分かるんだ!?」
     ガシャンという破壊音と共に女性の悲鳴が木霊する。ヌヴィレットが振り返れば、お仕着せをきた女性が貴族の男に髪を掴まれ怒鳴られていた。
    「こいつは貴様のような替えの利く存在とは違う、金の卵を生むアヒルなんだぞ!!」
     そう言うと男は侍女を解放し吐き捨てるように言った。
     「さっさと医者を連れてこい」
     侍女は転がるようにして部屋を飛び出し、駆けていく。――その様子をフードを深く被った少年がうっすらと笑みを張り付けて見ていた。彼の傍らにはベッドが一つ。彼はそのベッドを覗き込むと愛おし気に微笑んだ。
     「まあまあ、ご当主殿。こうして、彼女の様子が見られただけでも十分ですよ」
     少年が熱に魘される幼いフリーナの頬を撫でる。狂気を孕んだ熱視線に彼女が怯えているのが見て取れた。
     「申し訳ございません、魔術師殿。あの女はきちんと調教して今後このようなことが起こらないようにいたしますので……!」
     貴族でありながら魔術師にぺこぺこと頭を下げる貴族男性にヌヴィレットは見覚えがあった。確か、書類上のフリーナの実父である先代の伯爵家当主。現在の当主の兄にあたり、傾きかけていた伯爵家を一代にして立て直した天才と言われた男だ。この様子を見るに彼女の実父であるという書類は偽造された物だと断定できる。
     「そうだね。彼女の健康を第一にしてくれ。でなければ……」
     少年はクスリと笑うと男性の首に手刀を押し当てた。
     「――その首が胴と別れるものと思え」
     可愛らしいボーイソプラノが低く地の果てから響くようなバスに変わり、男性は身を竦ませ冷や汗を流す。少年はその様子を見てにっこりと無邪気に笑った。
     「なーんてね!冗談だよ、冗談!ああ、それとアヒルって言い方はやめてくれないかな?彼女は君なんかよりずっと尊い存在なんだから」
     「も、申し訳ありませんっ!重々、心に刻み付けますのでどうかご容赦を!」
     男が蹲り頭を垂れる。少年はそんな彼を無感情に見下した後、踵を返して幼いフリーナに近づき額に口づける。
     「早く良くなってね。僕の可愛いお姫様」
     少年が甘ったるい声で囁いた。フリーナの喉は引き攣って乾いた音を発する。左右の色の違う双眸からは大粒の涙がこぼれた。
     「ああ、泣かないで」
     涙を掬い取り、口へと運ぶ少年。ヌヴィレットが手を伸ばす――ぱちんと夢が弾けた。




     (……戻って来たか。)
     ヌヴィレットは夢の終わりを感じてゆっくりと瞼を持ち上げる。不意に視線を感じて下を向けば、眠っていたはずのフリーナが垂れ目がちに彼を見上げていた。
     「目が覚め――」
     「……クロリンデ?」
     ヌヴィレットの言葉を遮り、フリーナは自身の専属の名を呼んだ。
     「ごめんね……驚いただろう?……次は上手くやるからさ……」
     自嘲気味に微笑んだ少女の痛々しい笑みに居た堪れなくなったヌヴィレットは彼女の視界を手で覆った。昼間よりも体温が高い気がする。熱が上がってきているのかもしれない。
     「謝罪は必要ない。君の体調を管理出来なかったのはこちらの落ち度だ」
     「体調管理が出来ていないのは自己の責任だよ……僕はずっとそうだったしキミもそうだろう……?」
     フリーナの言葉に垣間見た彼女の過去を思い出して怒りが湧くが、それを喉元で押し止める。この怒りをぶつける相手は彼女ではないということは理解している。唾液と共にグラグラと煮え立つ怒りを飲み込み、ヌヴィレットは努めて冷静に少女に問いかけた。
     「……何か欲しい物は?」
     ヌヴィレットの言葉にフリーナは即座に首を振る。彼は落胆した。――彼女はこの屋敷の誰にも心を開いてくれてはいない。クロリンデと自分を誤認している今なら多少本音を聞き出せるのではないかと淡い期待を抱いていたが現実は厳しかったようだ。彼女の体調も考慮に入れて、諦めて看病をしていた侍女を呼んで来ようとヌヴィレットはフリーナの顔半分を覆っていた手を持ち上げた。
     「ひとつだけ許してくれるなら……」
     遠ざかるヌヴィレットの手に小さな両手が引き留めるように遠慮がちに触れる。
     「――キミの手を貸してくれないか?」
     意外な願いにヌヴィレットは瞠目する。彼の動揺を感じ取ったフリーナは、やっぱりだめだよね、ごめん無理言って、と小さな手をゆっくりと離した。ヌヴィレットは遠ざかる両手を己の両手で包み込む。
     「駄目ということはない……君の提案が意外なものだったので少し驚いただけだ……」
     「ありがとう……ふふ、冷たい……」
     ヌヴィレットの手を首元で抱きかかえるとフリーナは口元を綻ばせ、猫のように頬ずりをした。ヌヴィレットは柔らかな頬の感触に思わず体を硬直させた。耳元に心臓があるかと思うほどに喧しい自身の鼓動に悩むヌヴィレットとは真逆にフリーナは健やかな寝息を立て眠りへと落ちていく。
     やがてフリーナが寝返りをうち、ヌヴィレットの両手もそれに伴い解放された。ヌヴィレットは静かに部屋を出て、待ち構えていた侍女と交代する。部屋の扉が閉まり、廊下はしんと静まり返る。
     ヌヴィレットは自身の手を頬へと押し当てた。
     「……熱いな」
     
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