Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    111strokes111

    @111strokes111

    https://forms.gle/PNTT24wWkQi37D25A
    何かありましたら。

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 310

    111strokes111

    ☆quiet follow

    クロロレ。ェュ前提なのでご注意下さい。
    紅花ルート。

    有情たちの夜.19「その後・中」 七年近く失踪していた代償は大きかった。無事、パルミラの大王である父への目通りが叶い、王宮での身分は復活したが、昔と同じく心の置き場がない。血筋の良いシャハドが大して軍功を積んでいなかったことだけが救いだが、先方もそう考えていることだろう。野垂れ死していなかったのは残念だが、華々しい戦果を上げていないのなら許容範囲のはずだ。
     均衡を崩したくて大勝負に出たのに王宮内での状況は全く変わっていない。生還を喜ぶ母にせがまれてパルミラと違って熾烈な変化を遂げたフォドラの話をしたが、どうしても祖父、そしてジュディッドの死が影を落とす。不死隊をも打ち破ったエーデルガルトとベレスにどうすれば勝てたのか。苦い記憶は日々、心を蝕むが、それでも───みっともなくベレスとエーデルガルトの慈悲に縋らなかったら母をどれほど悲しませていただろうか。

     父にせがんで紹介してもらった密偵の話に耳を傾けるクロードの姿を後代の者たちが不屈、と評するか未練がましい、と評するかは今後の成果にかかっていた。丸い屋根が連なる王宮はそこで夜を過ごす者の数だけ野望を抱えている。
    「残念ながらゴネリル家が国境警備の任を解かれることはありませんでした。北方も将はゴーティエ辺境伯のまま変わらないようです」
     ファーガスからスレンを経由して王都へ戻ってきた密偵はため息混じりにそう報告した。彼女は口を閉じていると首飾りの向こうによくいる行商人の妻にしか見えない。きっと親のどちらかが戦争捕虜なのだろう。真面目な密偵はゴネリル家が失脚し、帝国本土から派遣された不慣れな将が首飾りの守将に据えられることを望んでいた。
     どうやらクロードはデアドラで自分の戦いに付き合ってくれたヒルダやゴネリル家の立場を守ることができたらしい。それが一番の心残りだった。しかしカリード王子として王宮にいる限りあの時クロード=フォン=リーガンとして何を狙っていたのか、は隠し通す必要がある。
    「スレンはこの機会を逃さないだろうな」
     蝋燭の灯りに丸く照らされながら密偵に語った言葉はクロードの本心を悟らせないためのものだ。だがカリード王子の曇りなき本心でもある。ゴーティエ家がタルティーンで嫡子であるシルヴァン、そして破裂の槍を失ったと知ればスレン族は勢いづくだろう。
     ディミトリは命を落とし、彼の皿は粉々に砕けた。だがクロードはあらかじめ皿を真っ二つに割った自分の方がまだましだっただろう、と自慢して回る気にはなれない。心がいまだに割り切れないからだ。
    「自由に動かせる手勢がないのが残念ですね」
    「いや、何も手がないわけじゃあないさ」
     戦士たちはフォドラを臆病者の国、と蔑むが商人たちは違う。もっと正確にいうなら豪商たちの隙をかいくぐって儲けてやろうと企む野心的な若い商人たち、だ。王宮への、まだ見ぬ市場へのとば口を探す若い商人たちなら王子、というだけでカリード王子の言葉にも耳を傾けてくれる。彼らの扱う商品はきっとフォドラ復興の役に立つ。
     全てはあの沖合の島が今どうなっているのか、にかかっていた。だがその件に関しては不思議と不安はない。デアドラにおける敗北の記憶が新しい今、クロード、いや、カリード王子の手元に残っているのはパルミラの大王である父の血を引くという事実だけなので慎重に───だが大胆に噂を流す必要がある。
     時は来た。同じ話が大王である父の耳に入っているのなら、もう大人しくする必要はない。
    「私は王命により再びフォドラに向かいます。個人的に何かお役に立てることがありましたら……」
    「いや、王命と自分の安全のことだけ考えてくれ。また王都で会おう」
     クロードは語尾に被せるようにして、強引に密偵との話を切り上げた。調べずとも、何も言わずにフォドラを去った自分の後始末をしている者の名を知っている。心が望み、理詰めでそうなるように仕向けた。とにかく、何はなくとも取り急ぎ、まずは王宮出入りの宝石商に声をかけねばならない。彼の髪を飾るのに相応しいものを作るのだ。手持ちの現金、信用の全てを注ぎ込む必要がある。



     謝肉祭の開催を宣言するのはリーガン領の領主として最も楽しい仕事だ、とクロードは笑っていた。ローレンツは未だに爵位は継いでおらず、他領の領主の嫡子に過ぎない。だがデアドラに住む民たちが今年はローレンツが宣言すべきだと言ってくれた。
     敵対していたグロスタール家の者として厳しい視線に晒された時もある。提案が聞き入れられず歯がゆい思いもしたが、ようやく努力が報われたのかもしれない。
     名高い祭事を楽しむためフェルディナントが従者もなしにデアドラまで足を運んでくれた。自ら手にしている大きな行李の中にはどうやら衣装が入っているらしい。何事も全力で取り組む彼は既に目元を隠す仮面を首に引っ掛けている。
    「忙しい中、出迎えてもらえるとは思わなかった。ヒューベルトの出迎えは私がしよう」
    「ヒューベルトくんは確かファーガスから船で来る予定だったな」
    「予定通りなら明日には着く」
     多少、遅れても謝肉祭は二週間続くので問題はない。正直言って、前回の再会は深い友情は感じたものの非常に不本意だった。ヒューベルトも仕事であったことは分かっているが、クロードの不在を突きつけられるとどうしてもローレンツの心はざわめく。
    「フェルディナントくん、今夜は当家の上屋敷でくつろいでくれたまえ」
     そういうとローレンツは大親友が持参した行李を手に取った。ヒューベルトが到着すればフェルディナントは彼と共に過ごす手筈になっている。
    「もう何度も訪れているのにこの景色には毎回、感動してしまうな」
     水路と歩道しか存在しないデアドラの市街地に馬や飛竜、そして天馬は入れない。街の入り口に馬場があり、訪問者たちは皆そこで下馬する。どんな身分の者でも歩行が可能ならそこから船着場までは歩かねばならない。だが馬場を出た瞬間、目の前には船着場が、渡し船の行き交う水路が広がる。
     グロスタール家に仕えている漕ぎ手がローレンツたちに向かって手を振った。あちらだ、と言ってフェルディナントの行李を手に船着場を歩んでいくと、すれ違う者たちが親しげにローレンツに声をかけてくる。フェルディナントが従者を連れていたらきっと追い払ってしまっただろう。
    「民たちは皆、君に尻尾がないと知っているのだな」
    「フェルディナントくんが言う通り、垣根を取り払った結果だよ」
    「何だかクロードに似てきたな」
    「うぅ……今後は言動を改めねばな……」
     漕ぎ手に荷物を渡し、ローレンツは渡し船に乗り込むフェルディナントの手を取った。胼胝だらけの手から、政務に励んでいるが鍛錬も怠っていない彼の暮らしぶりが伝わってくる。
     漕ぎ手が主人と客人の安全を気にして、幌を下ろそうとしたのでローレンツは仕草だけでそっと制止した。フェルディナントに街の景色を楽しんでほしい。
    「クロードはこの美しい街をローレンツに託せたのだな。本当に幸せな男だ」
    「人を見る目はあったようで安心したよ」
     親友の率直な言葉が、未だに割り切れない部分を多く残しているローレンツの心に染み込んでいく。あの髪飾りに込められた感情を、ローレンツは受け取っても良いのだろうか。

     帝国によるフォドラ統一が成った後、帝国の臣民たちの間では程よく異国情緒があり、ファーガスと違って安全なレスター地方に旅をすることが流行っている。無事、謝肉祭の初日を迎えたデアドラの市街地はごった返していて誰がどんな格好をして誰と共にいても皆全く気にしない。
     だが、すれ違うもの全ての目に留まる見事な髪飾りを付けた黒衣の貴婦人がいた。あの大きさなら紅玉ではなく紅い硝子玉だろう、と理性は判断するが輝きがまるで違う。デアドラは治安が良いが用心しているのか、紫の髪をした貴婦人は侍者と共にいた。
     侍者の姿について街の人々の意見は分かれている。あるものたちは背の高い橙色の髪をした裁判官だった、と言い別のものたちは少し小柄で左耳に耳飾りをつけた修道士だった、と言っている。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator