家出息子たちの帰還.17 ───死者はその時、身の回りで起きていること全てを理解している。亡骸が家に置いてあるうちは気を緩めることなく、常に死者を褒めねばならない。死者は実に気まぐれでたわいもない理由で癇癪を起こし、周りのものを道連れにする。供物を捧げ、子供や家畜を奪わないように死者を宥めねばならない。(中略)ダスカーでは死者の眼が物を見ることがないよう顔の上に亜麻布や皮を乗せる───
ディミトリは何故自分が今、呼吸しているのか分からない。《イキが、出来ているなら、それは生きている、ということ、です》まだこちらの言葉が辿々しかった頃のドゥドゥーの声が脳裏にこだまする。
伯父であるリュファスの亡骸は四肢が千切られていたのだという。本当に心外だった。真っ先に首をねじ切りたいのはエーデルガルトだというのに。
牢として使われている塔には熱源が全くない。寒い牢内にいるとそれなりに頭が冴えてくる。塔の最上階にいるディミトリはドゥドゥーを愚行に付き合わせてしまった件について猛省していた。彼もどこかに囚われている。
宮廷を支配するリュファスに逆らってまでディミトリに父の話をしてくれる近侍など、冷静になれば存在するはずがない。フェルディアに帰還したディミトリは基本的にドゥドゥー以外に心を開かずに過ごしていた。だが結婚した際に先王陛下に祝福していただいた、と嬉しそうに話していた彼には心を開いてしまった。《生きているものは信用するな》家族を人質に取られ、脅されていたのだろう。《全て敵だ、許すな》
近侍はディミトリの元へドゥドゥーを連れてきてくれた───だがその背後にはコルネリアの部下たちが控えていた。ドゥドゥーはディミトリを盾に取られていたら言う通りにするしか、いや、万に一つの可能性に賭けるしかない。《お前が信用したせいで死んだ!》
おそらくコルネリアの部下は近侍で油断させ、ドゥドゥーを人質にとってディミトリを確実に殺害するつもりだったのだろう。しかしドゥドゥーはディミトリの生存を確認すると大きめの荷物のように近侍を持ち上げ、そのまま魔道士に叩きつけた。 狭い螺旋状の階段でそんなことをすれば当然、事故は起きる。《あの近侍はお前が殺した!》受け身も取れずに近侍は頭を打って命を落とした。姿勢を崩した魔道士たちのうち一人はディミトリが窓から放り投げたような気がする。
その後ドゥドゥーに手を引かれるまま、ディミトリは王都に張り巡らされた下水道目掛けて塔の階段を駆け下りた。
「"陛下"、後から必ず追いつきますので」
《生きているものは信用するな》
円卓会議で議題に上がったのはやはりディミトリの件だった。西部諸侯たちはレスターにあやかろうとしたのかファーガス公国を名乗っている。クロードはかつて祖父が座っていた席に腰を下ろした。
「先達である諸侯にお尋ねしたいんだが……ファーガスでは本当に処されたものの首級を晒すんだよな?」
ゴネリル公を始め皆、黙って頷いた。パルミラにもそう言った慣習はある。世に知らしめ、抵抗しようと言う志を折るためなので特段野蛮だとは思わない。
「だから王族の場合は"急死"するのだ。イーハ公のように」
解説してくれたグロスタール伯エルヴィンはそんなものをローレンツに見せたくなかったのだろう。
「先ほどエドマンド辺境伯から提供していただいた一覧にもう一度目を通して欲しい」
エドマンド辺境伯が放った密偵は実際に晒された首級の一覧と公国が発表した死刑囚の一覧を作っていた。
「ディミトリの従者ドゥドゥーの名がない。もし手元に彼の亡骸があったら絶対に晒しているはずだ。ディミトリを誘き出すためにも」
珍しく諸侯たちの視線が柔らかい。クロード以外は皆、子育てを経験している。
「後に旗印をあげる可能性は否定しません」
「ヒルダからも話は聞いている。それなりに親しかったのだろう?」
「倅も盟主殿より彼らに親しみを抱いていたようだ」
親帝国派の筆頭であるグロスタール伯の言葉には異議申し立てをしたいが、そんなことをしたらクロードはローレンツに殴られてしまう。
「分かった。訂正させて欲しい。このことから分かるようにファーガス公国は統治権の行使が上手くいっていない。つまり公国は我々の交渉相手にならない」
彼らは上手くやる必要すらないのだ。帝国の代理店に過ぎない。帝国本土から言われるがままにただ土地を手に入れている。
「盟主殿が仰った通り同時に王国も我々の交渉相手にならない。ディミトリ殿下の行方が分からないからな」
エドマンド辺境伯がそう言葉を続けた。彼は現在フラルダリウス家にレスターで収穫された小麦を売って巨万の富を得ている。だがそれとこれは別だった。