家出息子たちの帰還.20───スレンでは亡骸を野晒しにするがただ放置するわけではない。悪霊になることがないように祈祷が捧げられ、生まれた時間や土地によって頭の向きが決まる。亡骸の周りには祭具を設置され、犬が亡骸に口をつけなければそれは生前、罪を犯した証だと言う。(中略)ダスカーではセイロス教に影響を受けていない地方と受けた地方では埋葬方法にかなり大きな違いがある。野晒しにして自然に任せるか墓を作り───
丁寧に情と理を持って諭すロドリグの言葉ですらディミトリには届かなかった。あっという間に準備は終わり、シルヴァンたちは死人のためにミルディン大橋を攻め落とそうとしている。いずれ帝国と雌雄を決する日はやってくるだろう。だが本当にそれは今なのだろうか。
与えられた責務に忠実ではあるもののフェリクスの機嫌は最高に悪い。死者のために動くディミトリもディミトリの行動を許容する父も許せないのだ。それでも王国派としてシルヴァンたちはディミトリに従わざるを得ない。彼の復讐心に大義名分を与えてしまったセイロス騎士団を排除したくとも戦力不足のいまそんなことは不可能だった。
五年前の約束を覚えていたものの中には帝国出身者もいる。ディミトリと親しかったシルヴァンやフェリクスですら現状に納得出来ないのだ。彼らからすれば理解不能だろう。
「先生とも話したが……エーギル領からであれば多少は楽に侵入できると思う。だが要地ではないからな」
シルヴァンと馬首を並べるフェルディナントは宰相であった父の失脚後、ひどく苦労したが思考に歪みはない。
「俺が言えた話じゃないが、見限らないでやって欲しい」
「……失言では?」
フェルディナントがそう言って苦笑したのでシルヴァンは手で口を押さえた。単純な不満とも取れるし一度エーデルガルトを見限ったのだから二回目はもっと簡単だろう、とも取れる。ただでさえ立場の弱い彼相手にして良い発言ではなかった。
「忘れてくれ。今この場で言うべきじゃあなかった」
シルヴァンたちの前にはガルグ=マク修道院と並んでフォドラ建築の粋、と称されるミルディン大橋がある。大軍の通過に耐えうる橋を守るため帝国軍は守りを固めていた。グロスタール家の軍旗は今のところ見当たらない。
クロードの陽動作戦が上手くいっている証だがシルヴァンはひどく不安だった。ゴーティエ家がそうしたように父は本来の責務を果たし、息子が未来に向けた責務を果たすならローレンツがいつ、ここに現れても不思議ではない。その時ディミトリに逆らえるものがこの軍にいるのだろうか。
ここ五年の間、意図的に演出されたグロスタール家とリーガン家の不和では死者も出ている。これらは全て帝国の侵攻さえなければ失われなかった命だ。戦禍を避けるため、帝国の介入を避けるため、人の身でありながら誰の命が失われ、誰の命が助かるのかに介入する。コーデリア領や王国の惨状を知っている領主たちはそんな風にこの五年間も過ごした。
だからこそローレンツもエルヴィンも矢面に立たねばならない。不幸にも失われてしまった命に対して誠実でなくては今後、平民たちに対してどんな顔をして命令を下せば良いのだろう。
「クロードと対峙するのは、奴と立場が対等な父上でなくてはなりません」
そうでなければ最終的に帝国が勝った場合、申し開きすらできない。帝国が負けた場合も嫡子である自分の死を理由にすれば速やかにリーガン家と手打ちが出来るだろう。支離滅裂な行動をしている王国相手でも父とクロードなら同盟の領地と領民を守り切るはずだ。
「武運を祈る。だが開戦と同時に到着している必要はない」
平民たちの命を預かる領主が嫡子にかける言葉としてはかなり際どい。だが父の言葉には個人的な愛が滲んでいた。───だからこそローレンツは父や領民のため、同盟のために命を賭けられることに喜びを感じる。
エドギアを出発したローレンツがミルディン北西の砦に到着した後も戦闘はまだ続いていた。王国軍は大橋を落とし、セイロス騎士団の要請通りアンヴァルに攻め込んだとしてもその途中にはメリセウス要塞がある。王政派諸侯は公国に対抗しつつ、ガルグ=マクを経由して帝国内に入り込んだ部隊へ物資を届けねばならない。
王国軍は先のことを何一つ考えていないにも関わらず、彼らの動きは統率が取れている。ローレンツはその答えを戦場に見た。今も行方が分からない大司教レアが後継者として名指ししたベレトがいる。
「あれは先生か……?なぜこんな無謀な戦いを……!」
何度も奇跡をおこしたベレトを相手に己の命を賭けたローレンツは賭けに負けたが、とりあえず命は落とさずに済んだ。
王都フェルディアには皆が想像するよりはるかにダスカー人が多い。滅亡させたいと願うものたちもいたが学生時代のディミトリとベレトがその企みを阻止した。生き延びた彼らは再起を図るとしてもまず暮らしていかねばならない。
ダスカー地方を支配する公国から使い捨ての労働力として王都に呼び寄せられたダスカー人の生活環境は劣悪で逃げ出すものはかなり多い。そんな彼らは自然と下水道に潜り込んだ。
ここなら寒さも凌げるし警邏のものたちも好んで探索しようとしない。瀕死のドゥドゥーを匿ってくれたのはそんな同胞だった。苦しい暮らしぶりの彼らは何故ドゥドゥーに手を匿うのだろう。
「祖霊がそうしろって」
微かな洋燈の灯に照らされて、ドゥドゥーの看病をしている少女は言った。
「巫者がいるのか?」
「実は私なの。ダスカーにいた頃から色んな声が聞こえてたのに無視してたら悪いことが沢山おきて……」
「お前のせいではない。それに兆しを与えられた頃はまだ幼かったのだろう?」
候補者が巫者になると言う運命に抗うと祖霊は怒り狂って罰を下す。家族や友人に害をなし、時には命を奪うことがある。彼女の不幸はダスカーの悲劇のせいだがそう捉えないことにしたのだろう。
「ありがとう。本当に私のせいじゃないと良いな……。それとドゥドゥーの譫言がうるさかったからもう一つお告げをもらったの。聞きたい?」
ドゥドゥーは頷いた。ディミトリに関して口外してはならぬことを無意識のうちに口走っていたのかもしれない。
「勿論だ」
「悪霊に奪われる前に砕け散った主人の魂を探せ」
どうとでも解釈出来るようなぼやけた言葉だ。それにドゥドゥーは巫者ではないから魂に触れて拾い集めることなど出来るはずもない。だがセイロス教の教えよりはるかに縋りやすかった。
ドゥドゥーはそんな不確かな言葉に導かれ───とうとうミルディン大橋に辿り着いてしまった。本来なら王都フェルディアを奪還するべきなのに、悪霊に取り憑かれたディミトリはエーデルガルトの首を捩じ切ろうとしている。