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    「説明できない」34. 晨明・上
    赤クロ青ロレの話です。

     両親に悟られぬように出発しガルグ=マクへ向かう街道を進んできたローレンツは手綱を締め馬の歩みを止めると後ろを振り返った。ミルディンに向かう時は急ぐ必要など全くなかったのにとにかく急いでいた為こんなことはしていない。ここまで歩みを止めずよく走ってくれた馬を労うために腕を伸ばして鬣を撫でたので鎧の腕当がかちゃりと音を立てた。肘に付けてある薔薇の飾りは自分から見えないが気に入っている。

     今身につけている鎧は職人に修理させるふりをして館から持ち出した。暇さえあれば自ら手入れをしていたので両親の目から見ても持ち出されたのは不自然ではなかっただろう。鎧はローレンツが成人を迎えた祝いの品として両親があつらえてくれた物で作り終えるまで何度も職人の工房へ採寸に出向いた。身につけて移動するだけでローレンツ=ヘルマン=グロスタールだ、と名乗りながら歩いているも同然なので一応、鎧の上から頭巾付きの外套を羽織っているが腕当は見えてしまう。正体が分かってしまう前に少しでも進まねばならないと分かっていたがそれでも最後にどうしても見ておきたかった。

     馬の蹄が踏みしめる石畳の隙間から雑草が生えている。街道はグロスタール領の中心からガルグ=マクへ近づくにつれて荒れ始めていた。人や物が行き交わないのだろう。記憶に残る荒れ果てた修道院のことを考えるとローレンツの心は痛んだ。クロードが調べさせていたが彼の記憶とは異なりローレンツの記憶通り修道院近辺は盗賊の巣窟となっているらしい。

     ローレンツは再び馬首を翻して前を向き槍を持ち直した。この里程標を越えればグロスタール領の外に出ることになる。ここまでは槍の穂先を上にしていても問題なかったがいつ襲撃されても対応できるようにせねばならない。

     時を知らせるセイロス教会の鐘が鳴った。そろそろ日が暮れる。ローレンツは一日二日ならば領内を見回る為に館を空けることが多かった。だが既に一週間経過している。出奔した嫡子をどうすべきかもう方針は決まった筈だ。未だに連れ戻すための追手が来ないことから言っても父であるグロスタール伯が箝口令を敷いている可能性が高い。ローレンツは一応、両親に宛てた手紙を置いてきたが誰のためでもなく自分の意志でガルグ=マクに向かう、としか書かなかった。両親からすれば意味不明だろう。

     貴族としての本分を果たし父の言うことを真面目に聞いていたら戦死したので今度は別の道を探りたい、などと書くことは出来なかった。出奔しておきながらそんな主張をする資格はないのかもしれないが両親を驚かせたいわけでも悲しませたいわけでもない。ローレンツの複雑な心情をこの世で理解出来るのはクロードだけだ。彼が今後どうするつもりなのかガルグ=マクへ行って確かめねばならない。

     グロスタール領を抜け日が暮れてからローレンツは街道沿いの適当な宿屋に入った。馬を預け宿の者に手伝ってもらい籠手を外した。籠手さえ外れていればあとは自力で鎧は着脱できる。二階にある質素な部屋に鎧と槍を置いた。

     何か食べられないかと入った宿屋一階の食堂は五年前の今頃であればガルグ=マクに向かう商人や参拝客で賑わっていた筈だが閑散としていた。何か温かいものを、と頼んだがこの辺りは物資が乏しいのか食事は既になく香辛料を入れて温めた葡萄酒だけが出てきた。おそらく朝食も出ないだろう。仕方がないので出された葡萄酒をひっかけて再び部屋に引っ込んだ。

     日の出と同時に出立する予定なのですぐに毛布にくるまったが手足が長いのではみ出ている。空きっ腹に酒精を染み込ませたせいかローレンツは目を瞑ると同時に意識を手放した。

     夢の中のローレンツはガルグ=マクにいてベレトから呼び出されていいた。まだクロードも自分の死の記憶に苛まれていると知らなかった頃のことだったからベレトは黒髪でローレンツも髪は短い。独り身で生涯を終えたので今度こそ配偶者が欲しくて手当たり次第に女生徒に声をかけていたことを嗜められた時の夢だ。

    「見合いで探さないのは何故?」
    「父の手を煩わせたくないのだ」
    「本当に?」

     ベレトはローレンツにそう問うた。顎に手を当て小首を傾げる仕草は人間らしいのに表情は極端に乏しく殆ど読み取れない。ローレンツの小さな反抗心は読み取られてしまったのにベレトが何を考えているのかローレンツには分からない。その不公平さに苛立ちを感じ彼の問いに何か言い返そうとローレンツが口を開いた瞬間ベレトは再び話し始めた。

    「ローレンツが探しているものはきっと理詰めでは見つからない。もう一度よく考えてみることだ」

     それからしばらくして死の記憶や孤独に苛まれていたローレンツはクロードと説明できない仲になってしまった。何故あの時自らの身体を差し出してしまったのか未だにローレンツ自身にも分からない。ベレトの言う通り理詰めでは見つからなかったものをついに見つけたが前途多難だ。ベレトはきっとガルグ=マクに現れる。ローレンツが見つけたものについて彼と話したかった。
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