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    「説明できない」42.幕間
    赤クロ青ロレの話です。

     ベレトに自領を見せる機会が訪れるなどとローレンツは考えたことすらなかった。ミルディン大橋から北上するとすぐにグロスタール領に入る。ようやく春が来た領内には菜の花が咲き乱れていた。来年には同じ場所で燕麦など別の作物が育てられていることだろう。

    「まるで黄色い敷物のようだ」

     箱馬車の窓から流れ行く景色を見てベレトが呟いた。園芸好きな彼らしい賛辞で聞いているだけでローレンツの心が温かいもので満たされる。

    「先生、あれは休耕中の畑だ。休ませている間に菜の花を植えていてね。素朴で美しいし土が豊かになるんだ」

     ベルグリーズ領ほどの規模ではないがグロスタール領も穀倉地帯を抱えている。ローレンツは実り豊かな自領と一族をまもるため一度はその命を捧げた。今度は人生を捧げねばならないと思っている。

     グロスタールを南北に貫きデアドラに向かう街道は最も重要な街道だ。石畳はこまめに整備され盗賊が出没しないよう数里おきに騎士たちの駐屯所も作ってある。道沿いの景色には法則があり集落と施設と畑が繰り返し繰り返し現れた。マリアンヌは代わり映えしない景色に眠気を誘われ瞼が下がっている。その隣に座るベレトも身体を休められる時はどこであれ遠慮なく休むという傭兵時代の癖が抜けず菜の花の話を聞いた後、腕を組んで眠り始めてしまった。クロードも眠ってしまうかと思ったがじっと窓から見える景色を眺めている。ローレンツは中腰になって頭上の棚から二枚毛布を取り出し二人の膝にかけてやった。

    「あ、教会だ。また居ると思うか?」
    「居るだろうね。身体を伸ばすのにちょうど良いと思いたまえ」
    「いや休憩出来るのはありがたいが……」

     愚痴をこぼそうとしたクロードのことをローレンツはじっと見つめた。

    「どんな乗り物でもたまに降りて身体を伸ばさないと腰を痛めるぞ」
    「ダフネル領に入ったら本当に休憩しかしないからな」
    「それは好きにしたまえ」

     街道沿いをグロスタール家の紋章を付けた四頭立ての箱馬車で走っているので休憩を取るたびに地元の郷士や司祭が挨拶だ差し入れだとローレンツたちのところへ顔を出す。特に司祭がクロードにとっては問題だった。だがクロードの困惑など知る由もない馭者は道端に待ち構えていた司祭に呼び止められたから、という理由でローレンツの予想通り馬車の速度を落としていく。

    「マリアンヌをおこしたいんだ。起きてくれ"きょうだい"」

     正式に婚約したならば話は別だが俗人であるローレンツやクロードが名家に連なる者であるマリアンヌの肩を揺らすわけにいかない。だが女神の代理人であるベレトならば彼女に軽く触れても名誉は傷付かない。クロードに揺り起こされたベレトはマリアンヌの肩にそっと触れ居眠りしている彼女を起こした。

     二段ほどの踏み台は元よりついているがそれでも馬車の扉と地面はかなり離れている。男だけなら気にせず飛び降りるがマリアンヌがいるので皆、馭者が持ってきた補助の踏み台を使う。まずは女性から、と言うわけでマリアンヌが表に出た。踏み台を用意して扉を開けてくれた御者に小さな声で礼を言いその手に掴まる彼女の姿に戦場で躊躇せずに毒見をした時の面影はない。

     昔から噂が広まるのは雷鳴より早いと言われているのでこの教会の司祭もローレンツが乗る馬車に大司教レアから直々に後事を託されたベレト、レスター諸侯同盟の盟主であるクロード、エドマンド辺境伯の養女であるマリアンヌが同乗していると既に知っていた。滅多に顔を見ることもない大物たちを迎え司祭は緊張しきっていて何度もつっかえながら茶菓を勧めようとしていたが上手くいかない。だが元から顔を知っているローレンツから司祭どの、と呼ばれた途端に安心したのか舌の動きが滑らかになった。

    「ああ若様!ご無事でしたか!女神に無事をお祈りしていた甲斐がありました!」
    「この通り無事に自領に戻って来られたよ。君の教会で感謝の祈りを捧げても良いだろうか?」

     この展開は今日だけで三度目だ。ベレトは元々表情に乏しいのでクロードが茶番と断じるこのやりとりに何を思うのか顔を見るだけでは分からない。マリアンヌは元より信心深く教会には可能な限り顔を出したがる為なんとも思っていない可能性が高い。どうやらローレンツの振る舞いに白けているのはクロードだけのようだ。ローレンツはクロードの微かな表情の変化に気づいていないふりをして司祭に微笑んでいる。

     権力者が実際にどんな顔をしているのか知っていると言うのは大きな武器となる。ローレンツは領民たちに気前よく情報と体験を与えていた。そして会ってみれば実に気さくで、という噂が敵対していたグロスタール領で流れることはクロードにとって悪くはないことなので薄い微笑みを顔に浮かべ黙ってローレンツと司祭の会話を聞いておくしかない。

     礼拝堂での祈祷が終わり小さな教会の応接間に通された四人は素朴な焼き菓子ともう何杯目なのか覚えていない紅茶に口をつけた。
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