グロンダーズの際はファーガスの者を前線に出さなかったベレトだが次の戦場が殆どの者にとって土地勘のない帝都アンヴァルとなった為ドロテア、ペトラ、フェルディナントが出撃することとなった。
太陽のようなフェルディナントがいればベレトが嫌がる戦場の霧が晴れるのかもしれない。他の者はいざ知らずクロードとベレトはそろそろ戦後のことを考える必要がある。ベレトはクロードが統一国家の王になると思い込んでいるがクロードの目論見は逆だ。聖者セイロスの生まれ変わりと噂されるベレトを統一国家の王にしようと考えている。だがこの考えもエーデルガルトたちに勝たねば実現することがない。
帝都アンヴァルはフォドラ最大の都だ。城塞都市であり優秀な工兵がいれば街中の建物はすぐに軍の拠点へと転用できる。アンヴァル育ちのドロテア、人質になり最初の数年間をアンヴァルで過ごしたペトラ、それにアンヴァルの上屋敷と領地を行き来して育ったフェルディナントの三人アンヴァルの地図を覗き込んでいた。市街戦に勝利したらすぐに市内に陣営を築かねばならない。
彼らが言うには宮城の前がベレトやクロードが想定しているよりかなり危険なのだという。宮城前の広場に敵が展開した時に備えて宮城内に砲台があり広場全域が射程内となっている。歌劇場と教会どちらの前に設営すべきかで三人の意見は割れていた。どちらも一長一短で歌劇場の前は広いが構造が複雑な建物なので敵が潜みやすい。教会の前はかなり狭いが構造が単純なので安全確認がしやすい。
輜重隊がわざわざアンヴァル近郊まで運んできてくれた天幕の下で軍議を行うのもこれが最後と思えば皆、気合が入る。結局メリセウス要塞を拠点とすることが叶わずミルディン大橋からグロンダーズを経由してアンヴァルまで全てを持ち込んでいるのだが輜重隊自身も食糧や資材、武器を必要とする。ここまで積荷をすり潰さずに届けられているのは前線に出ていないファーガスの者たちが優れているからだ。ヒューベルトはどうやらベレトとクロードの倫理観を評価しているらしく斥候以外の兵を全てアンヴァルに引き揚げている。余剰兵力を全て集中させただけかもしれないが武装した兵との小競り合いは発生していないが食いつめた街道沿いの村人が盗賊に身を落とし襲ってくることはあった。そんな敵意に満ちた土地を通りながら正確に物資を届けることがどれほど難しいか特に言語化するわけでもないが皆わかっている。
「商売にしてはどうかな」
ベレトがぽつりと呟いた。
「何をですか?私にも分かるように説明していただけませんか?」
ペガサスに乗り上空から荷馬車の隊列が千切れないかどうか見張り続けていたイングリットは困惑している。
「ファーガスには売るものがないから金儲けが出来ないと言っていたがそれなら物を運ぶのを仕事にすればいい。セイロス教会に委託された騎士団が手紙を届けるだろう。あんな感じで物を運ぶんだ。商人だって楽だろう?」
クロードは全く新しい概念が生まれた瞬間を目撃し思わずため息をついた。ローレンツは未開のフォドラとでも思っているのだろう、と皮肉を言ったがどこにでも狂いを秘めた賢人は存在する。こんな戦争などさっさと終わらせてベレトの思いつきにずっと耳を傾けていたい。
「あのなぁ"きょうだい"!本題からずれすぎだ。市内を突破したらどこに陣地を設営するかって話をしてただろ?」
ベレトが素直に謝罪し教会にしよう、と言って軍議は終わった。
斥候を務めたシャミアから魔獣と砲台だらけであると聞いたフェルディナントは眉を顰め彼の隣で手綱を握るローレンツに話しかけている。彼らは今回同じ部隊でヒューベルトの部隊担当だ。
「私がヒューベルトの立場にであったならエーデルガルトに絶対こんなことはさせなかった」
「力付くで止めるしかないのは残念だな。どう注意しても平民たちに被害が出てしまう」
かつてのクロードはローレンツが指摘した通りフォドラの人々を女神に主体性を預け無意味な鎖国を続けているという理由で小馬鹿にしていた。だが彼らには独自の高い倫理観がある。クロードは女神の神秘性を無効化しフォドラの人々の蒙を開く為にガルグ=マクの中を探っていた。しかし女神を信じていないと主張するエーデルガルトたちが最も聞く耳を持たず話が通じない。信仰の有無と交流は関係ないのだ。クロードが飛竜の手綱を引き先に上昇していたフレンと高度を合わせると彼女は足下の二人を見て愉快そうに笑っている。
「うふふっ!フェルディナントさんって愉快な方なんですのね!ああ、面白いですわ!」
クロードが地上をちらりと眺めるとローレンツが左腕を伸ばし後ろから同じく伸ばしているフェルディナントの右腕を手に取っている。ローレンツは些か気恥ずかしそうだがフェルディナントは左手を空に向かって振っていた。
「あいつらは何をしてるんだ?」
「あらクロードさん幸運の仕草はご存知ではありませんの?」
フレンはクロードに見えるように顔の前で細い人差し指と中指を交差させた。ローレンツの方が背が高いので中指担当でフェルディナントが人差し指担当なのだろう。笑いを禁じえなかったクロードは彼らにも見えるように旋回し拳を天に突き上げた。
リシテアのダークスパイクTが死神騎士に効いたのはメリセウス要塞で実証済みだ。彼女を安全に死神騎士の付近まで守るのがクロードとフレンの目標だ。フレンはリシテア専用の回復役とも言える。避けきる自信があってのことだがクロードも自身に攻撃を集中させることによってリシテアの防御壁になろうとしている。
アンヴァルの中は魔獣も含めやたら羽根が付いた敵が多い。ファルコンナイト目掛けて矢を放つとクロードの背にリーガンの紋章が浮かんだ。どんなに胡散臭いと言おうとフォドラの人々はクロードの背に浮かぶ三日月を見ると口をつぐむ。正々堂々と問題を切り離し胡散臭いと告げてきたのはローレンツだけだ。
「あんたの独壇場じゃないですかクロード」
ぶっきらぼうな口調でクロードを褒めるリシテアが右手を構えクロードの背後に回り込んだ魔獣に向けて紫の闇を放つ。彼女の左手はテュルソスの杖を握っている。グロスタールの紋章を持つ者の魔力を高める英雄の遺産だ。最初リシテアは固辞したのだがローレンツの熱意に負け今回の戦場だけ、との条件付きで使うことになった。クロードとローレンツは別行動中だがテュルソスの杖がちらちら見えるとクロードは彼と共にいるような気持ちになる。
「おう、任せとけ!」
弓砲台の射程範囲内に入ったのでクロードもフレンも徒歩で死神騎士の元へ向かっていた。気絶した魔獣に向かって三人で連携して攻撃を加えていく。クロードが初めて魔獣と出くわしたのはフォドラだ。こんな理不尽なものが実在するなら皆、何かにすがりたくもなるだろう。そういう社会では女神も人の意識に紛れ込みやすいのかもしれない。
露払いに行ってくる、と言い残し砲台を無力化するためラファエルを伴って先行したベレトがクロードたちを迎えにきた。手に持っているのは何の変哲もない鉄の剣だが敵の血に塗れている。とっておき、である天帝の剣をこれだけの混戦においてまだ使っていないのだ。
「貴様を待っていた……」
その声を聞きベレトはリシテアを庇うかのように天帝の剣を構えた。その背に炎の紋章が浮かぶ。ラファエル、クロード、フレンの三人で残りの逃げ道を塞いた。応撃の使い手なのでベレトも合わせて四人全員で連携して攻撃せねばならない。合図は天帝の剣が空を切る音だった。皆が同時に武器を構えたせいか四方向全てに注意を払った死神騎士はリシテアのダークスパイクTを避けきれなかった。
倒れた死神騎士にベレトが駆け寄り絶命していることを確認すると仮面を剥いだ。どこか見覚えのある亜麻色の髪をした青年の顔が現れる。
「話を聞いてみたかったな」
ベレトがぽつりと呟いた。