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    見てくれのよさと尊大さを足して二で割れば当時のクロード=フォン=リーガンが出来上がる。当時の彼はそれくらい幼かった

    クロロレワンドロワンライ第35回「キンセンカ」 寮生活も二度目となれば慣れたものだ。入学式の前にローレンツは既に荷物が運び込まれているという部屋へ直行し荷解きをした。初めての寮生活に戸惑っている学生がいたら手伝ってやろうと廊下に出るとさっそく隣室から何かが崩れる音がした。

    「何か手伝えることはあるか?」

     扉を開けると崩れた棚の中身を前に棚板を持って茫然としている主の姿が目に入った。滑らかな褐色の肌に癖のある焦茶の髪、そして遠目に見た時も強く印象に残った緑の瞳。一方的に顔と名前を知っているだけのクロード=フォン=リーガンだ。

    「適当に棚板を留めたせいでこのザマだ。驚かせて申し訳ない。クロード=フォン=リーガンだ」

     板を持ち変え褐色の右手を差し出してくる。そっと握ると手のひらに胼胝があると分かった。人好きのする笑顔を浮かべているがそれも後数秒だろう。

    「次からは水平かどうか確かめるように。ローレンツ=ヘルマン=グロスタールだ」

     オズワルドから教わったのかグロスタールの名を聞くとクロードの眉が少し動いた。もはや取り繕う意味がない。

    「君が将来の盟主に相応しい人物かどうか監視させてもらう」
    「そうかい。男に見つめられても嬉しくないがまあ良いさ。入学式に遅刻したくないから手伝ってくれ」

     ローレンツはクロードから棚板を受け取ると水平になるように嵌め込んでから振り向いた。薬学に興味があるのか謎の小瓶や薬草の束それに調剤用の薬研やすり鉢、薬を煎じるための小さな土瓶が机の上に並べられている。

    「出来たぞ。この棚に並べるのか?」
    「考えてなかったな……まあ、いいか。お礼にこれやるよ」

     クロードは本当に考えなしに荷物を広げていた。道具、本、よく分からない物、文房具が乱雑に寝台の上や床に置いてある。寝台の上に置いてあった小さな蓋物を手に取ってローレンツに渡してきた。促されるまま開けると半透明の軟膏が入っていて香りつけに使ったのか甘いキンセンカの香りが辺りに漂う。俺もだけどさ、と言ってクロードは顔の横で手を広げた。改めて見てみれば手のひらは弓使いらしく胼胝だらけだ。

    「ローレンツも槍のせいで手のひらが胼胝だらけだよな、気が向いたら手入れに使ってみてくれ」

     敵対する家のぽっと出の遠縁の者から厚意を受け取る度胸があるのかローレンツは試されている。先程の握手でローレンツがクロードの得意な武器を確かめたように彼もローレンツが槍が得意なことを察した。
     自分から渡しておいてクロードは蓋物をローレンツから取り上げた。使い方は簡単だ、と言って褐色の指に軟膏を掬い上げ白い親指の付け根から人差し指の付け根に塗りつけていく。毒ではない証拠としてクロードは自分の指で掬い上げてみせたのだ。標高が高いガルグ=マクはまだそこまで気温が高くないというのに汗が背中を伝っていく。時刻を告げる鐘の音が鳴らなかったらローレンツはクロードを突き飛ばしていたかもしれない。

    「ところで君、肝心の礼服はどこに入れてあるのだ?」
    「あ……どこに入れたかな……」

     どうやら目の前に並べられたお気に入りの道具に気を取られて本当に失念していたらしい。

    「頑張って探したまえ」
    「いや!ある!あるったら!」

     先程の挑発的な態度は雲散霧消し行李の中身を引っ掻き回している。絶対に忘れられないということで奥深くにしまったのかもしれない。焦る姿は年相応の少年のようだが彼はその身にリーガンの紋章を宿しているし十五年近くそのことを諸侯たちに隠し通した者に育てられている。いつ先程のように牙を剥いてくるか分からない。

    「では失礼する」
    「俺の荷物を検める良い機会のはずだろう?」
    「男に見つめられても嬉しくないと言ったのは君だろう?」

     式典開始までもう間もないことを知らせる鐘の音が鳴り響く中ローレンツは自室に戻った。
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