クロロレワンドロワンライ第100回「結婚」 民に信を問うた後にクロードはローレンツと結婚することになった。人前式でも構わなかったが東方教会の大司教から祝福を受けることにしたのは彼らに箔をつけるためだ。
二人の関係を強固にすることが情勢を安定させることに繋がる。この奇策を思いついたのが自分ではないことがクロードには少し悔しいがローレンツと手分けして親しい者たちに内密の話として告げることになった。
控えめにいえば暮らし向きが変わるので二人とも目が回るほど忙しい。久しぶりの逢瀬も最初の二時間は政務について語り合った。喉の乾きを覚えて黙り込む。
「お茶の時間にしようか。少し待って欲しい」
デアドラの本宅も別宅という名の拠点もローレンツは全て把握している。薬草を煮出すためのかまどが設られた薬局の中で彼は湯を沸かし始めた。やかんの蓋がかたかたと揺れ始めるのを待つ間もローレンツはあれこれと支度している。その姿を見ているとマリアンヌの言葉───馬も飛竜も数年前からお二人の匂いが混ざっていると言っていた───がクロードの脳裏に蘇った。マリアンヌはその手の冗談は言えない。ローレンツにどう告げたものかずっと迷っている。
ローレンツは政務について話し合いながらもずっとリシテアの言葉をどう伝えればよいものか迷っていた。グロスタール家の家督を継いだ自分がパルミラの王族を夫として迎えることはかなりの波紋を呼ぶ。それは分かっていてもクロードが散々ちょっかいを出した王国や帝国からの介入や侵攻を避けるにはこれしかない、そう言って説得するつもりだった。
やかんの蓋はすぐにかたかたと音を立て始め、注ぎ口からは蒸気が噴き出している。火から下ろし、茶器を少しお湯で温めてからいつも通りの手順で紅茶を淹れてしまえばもう、先延ばしにはできない。
砂時計を使って茶葉をきちんと蒸らしているのは王が飲むに相応しい味にするためだ。茶器は平民が使うような安物だが構わない。ローレンツが慣れた手つきで紅茶を注ぐとクロードは目を細めてその様子を眺めた。緑色の瞳は短かった学生時代と変わらず気力に満ちている。ローレンツはそんな彼を動揺させたくなかった。
「ローレンツ」
「クロード」
遠慮したせいか二人は同時に互いの名を呼んだ。妙な譲り合いが続き、耐えかねたのはクロードの方だった。珍しく顔を赤くしている。
「あのな、エドマンド辺境伯に用事があったんでついでにマリアンヌへ俺たちの結婚のことを伝えたんだが……」
クロードはまだ言い淀んでいる。彼も同じようなことを言われたのかもしれない。
「僕もコーデリア領に用事があったのでリシテアさんとレオニーさんに結婚の話をした」
「なんて言われた?」
───あんたたち両人は否定し続けてましたが五年前からつきあってましたよね?───リシテアの淡々とした口調とコーデリア領で巡警たちの武術師範を勤めているため彼女と共にいたレオニーの生温かい目がローレンツは忘れられない。アリルにいた時のように汗が背をつたっていった。
「なんの驚きもない、と……」
「俺も似たようなこと言われたよ……」
クロードは両手で顔を覆っている。物覚えの良い彼が一言一句正確に再現してくれないということは同じくらいどぎついことを言われたのだ。でもローレンツは聞かねばならないし何を言われたのか正確に伝えねばならない。クロードとはこれから健やかなる時も病める時も共に歩むのだから。