【盟約】豊前がいない。
そう気付いた桑名江は当番表を見に行き、彼の非番を確認した。
用事は些細なものだった。だけれども、今はそんなことよりも豊前の居場所がわからない不安の方が大きくて、本丸内をぐるりと探す。
豊前を見なかった?と聞いてまわらなかったのは、もしかしたら豊前がいるかもしれない場所に心当たりがあったからだ。そして本丸内をあらかた探索し終えたところで、桑名江はその心当たりの場所へと向かった。
その心当たりの場所、日本号の自室は指1本分の隙間を持たせたまま、閉め切られるでもなく閉められていた。それは開けても構わない、のしるしだ。
そうではあるけれど、特に差し支えがなければ大きく全開にされているのがこの部屋の障子の常である。そのため、桑名江はひとつの確信を持ってその障子を開けることなく部屋の前を去った。
おそらく、障子を開ければゆったりと昼のまどろみを楽しむ部屋の主の姿と、その大きな身体に寄り添って静かな寝息をたてている探し刀(びと)、豊前江の姿があるのだろう。
我らがりいだあ、豊前江の恋槍である日本号は、僕たち江にとってりいだあがどんな存在であるかをよくよく承知してくれている。彼の姿が見えなくなれば、不安に思う僕たちの心情を理解してくれている。
だから、日本号の元に豊前が羽を休めに行く時も、日本号は僕らにちゃんと配慮をしてくれる。
障子には指1本分の隙間を開けていてくれるし、その開けても構わないのしるしに従って障子を開ければ、僕らは日本号の腕の中ですうすうと安眠している豊前の姿を確認することができる。
日本号の大きな身体なら、豊前をすっぽり覆い隠して僕らの目に触れられないようにだってできるのに、日本号はいつだって豊前を手前側にして、僕らが安心できるように心を砕いてくれている。
そう、日本号は器の大きい槍(ひと)なのだ。だからこそ僕ら江も、安心して豊前を任せられる。約束の夜に「今日はちっと日本号んとこに行ってくるわ」と枕を持って出ていく彼の背中を見るのは身内としてこそばゆくなってしまうけれど。でもそんな二振りだから、応援したくなる。
あぁ、そうだ。僕は当初の用事を済ませなきゃ。
厨に戻った桑名江は豊前と食べるつもりでいたおやつをラップで包むと、豊前と大きく名前を書いて、冷蔵庫に優しく仕舞った。