2022/12/26_お題_乱寂SS 雲ひとつないとはいうけれど、冬の青空というものはどこまで広がっているのだろうか。いや、地球が丸いとか大気が覆っているとか、そんなつまらないことをかんがえたいんじゃない。俺の見ている青は、寂雷にとっての白かもしれないし、第三者からしたらあらゆる色がきたならしく混ざったヘドロ色かもしれない。じぶん以外の視点になんか一生かかってもなれないので、こんなことに思い巡らすのは無駄かもしれないけれど、意思/思考をもった一個体としてそのくらいはゆるされるべきだろう。
シブヤ区ショウトウ方面におおきめの公園があると寂雷がSNSで知って、俺がここへ案内するまで三十分。きっかり、三十分だった。公園内にはシートを張られている砂場や、無害そうにスプリングでゆらゆらと揺れる動物の乗り物、チェーン部分を支柱にぐるぐると巻きつけられているブランコなどがあった。『危険!乗らないで!撤去予定日XX/XX』と張り紙をされているスプリング遊具をまじまじと見ると、それは犬とパンダと象と魚で、およそなんの特徴もなく作られてしまった水色の魚がなんとなくかわいそうになる。魚の遊具はそこそこ人気だったのか、あちこちの塗料が剥がれて部分的に黒くなってしまっていた。
なにもおかしなところはない、いたってふつうの公園。寂雷はここへ来てみたいと言ったわりに、公園の周りに植えられている木をながめている。「寂雷、木なんか見てたのしい?」「ええ、見ておいたほうがいいかとおもって」「ふーん、僕にはほとんどおんなじに見えるけど、おしえてもらったら覚えるかも」ユリノキ、サザンカ、スズカケノキ、クヌギ、イチョウ――そんな木々の名前をおしえられながら、寂雷と公園のふちをぐるっとまわる。そして公園の入口付近へもどってきてから、寂雷は「ここの木の特徴にきづいたかい、」と聞いた。これらの植物が公園に植わっていることが、そんなにも重要なのだろうか。「分かんなーい!」と音を上げると、まじめな顔つきで俺の名前を一回呼んだ。
「きみはこのちかくにアトリエを持っているでしょう。紙や布にあふれたそこが、もし、これは例えばなしなのだけれど、火災にあったときはここへ逃げ込んで。ここはしっかりした防火林に囲まれているしじゅうぶんな広さもある、乱数くんが無茶をしなければたすかるはずだから。いのちさえあれば、あとの人生はどうにでもなると覚えておいて」
「――じゃあ、人生も人権もなかったら?」
「どちらも、きみが生きているかぎりありますよ。だから、そういったジョークはあまりよろしくないかな」ジョークだと、俺の生きているさまを冗談だと、寂雷にそう捉えられてしまった。防火林なんていうけれど、もし大火事が起きたら植物はどうなるのだろう。業火に耐えながらくだらないにんげんどもを守るのだろうか。そのために植えられてきたから、だから最後は火災を止めるために生きながら燃えるという使命を背負っている。なにを言っても無駄かもしれない、最初からそうだった。痛いほどくちびるを噛み締めながら、俺は無言で魚のスプリング遊具にまたがっておもいきり体重をかけてそれを揺らした。『危険!』その張り紙は俺の苛立ちを煽る。誰も使い方をおしえてくれなかった。これの正しい遊び方なんてひとつも知らない。なかば自棄にちかい感情で前後に揺らすと、劣化したスプリング部分がぎこぎこぎこっと壊れそうな音を立てた。魚型の遊具はまもなく撤去されるし、これがなくなったあと、俺はこうしてくちびるを噛んだことを忘れるだろう。寂雷との分かり合えない感情と秘密をかかえこんで、スプリングがぎこぎこ鳴った瞬間とか、このあとふつうに会話をしてカフェへ行ったり、衢の分もふくめて駅ビルでポットパイをみやげに買うことも、なにもかもすべてを忘却するにちがいない。はやく、はやくそのときが来てくれ。俺がじぶんに押し潰されないまえに、誰か、だれか!
《了》