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    oki_tennpa

    @oki_tennpa

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    oki_tennpa

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    ティカクロ

    2021年7月17日開催の西師弟Webオンリー「二人の旅の思い出に」にて展示させていただいたものです。

    豊かの街「スポットにいた魔法使い」より
    出会ったばかりのクロエとラスティカの話。
    モブおじいさんがよく喋ります。

    微睡彼は生まれて初めて、眩しさにきゅっと目を閉じた。

    明るい、明るい。
    今まで見てきた世界は鍋の底であったかのように錯覚するほどの明るさ。
    緑、赤、それから青。
    ほんの少し目を開けるだけで、数え切れないほどの色が差し込んで主張してくる。
    慣れない視界の中で、ずっとちらちらしている物があった。
    彼は歪んだ爪の生えた指でそれを掴み、自分の髪が鮮やかなストロベリー・レッドであることを知った。
    少年は薄暗い部屋で、長い間下ばかり見て暮らしていたから気付かなかったのだ。
    ただ、つり上がった目つきの冷徹な姉から言われた通りにくすんだ錆色だとばかり思っていた。
    「君の髪はとても素敵な色をしているね」
    風が吹くたびに揺れてさらさらと色を変える草原の中で青年が優雅に微笑み、少年の頭に触れようとする。
    「あ……!」
    ところが、少年はその優しい手をひょいと避けてしまった。
    そのすぐ後に顔を真っ青にして、薄く擦り切れそうな服の裾をきつく握った。
    「ご、ごめんなさい……その、叩かれると……思った、から……ごめんなさい……」
    途切れ途切れに謝る少年は痛々しさすら感じる程に、泣きそうな顔をしている。
    細い腕は震え、ヴァイオレットの瞳が青年の様子を伺うように、でも機嫌を損ねないようにという風に複雑に揺れていた。
    青年はそんな少年を見て、悲しそうに眉を下げる。
    心の底から悲しんでいる様子だった。
    「クロエ」
    「……はい」
    名前を呼ばれた少年──クロエが、消え入りそうな声で返事をした。
    「きみの髪に触れてもいいかな。急にクロエのこ
    を撫でたくなってしまったんだ」
    「俺を…………?」
    青年は答えを急かさず、ただクロエの前にしゃがみ込むと遠浅の海の色をした瞳で洗練された都会的な頬笑みを浮かべていた。
    シュガーのような優しさと、温かいミルクの様な穏やかさを持った微笑みだった。
    風が吹くと草原のリコリスがさらさらと揺れて、その合間から薄紅色の花が覗く。
    紳士的な青年の寝癖もまた、風に吹かれて揺れていた。
    「撫でてもらったこと……ない……から。わからない……」
    「安心して。僕は撫でるのが得意なんだ」
    ばら色の暖かい風が吹く。
    シャツの裾を握る、クロエの冷たい手に青年は大きな左手を重ねてそっと拳を解いた。
    そして空いた方の右手で、少し埃っぽいストロベリー・レッドの髪を親鳥のように優しく撫でた。
    優しく、優しく。
    その優しさは何処にもわざとらしさが無く、
    ただ泉のように静かに滾々と湧き出てひび割れたクロエの心をゆっくり巡る。
    「服を買いに行こうか。それともお茶会がいいかな。クロエ、お腹は空いている?」
    「……ラスティカ、さん」
    「ん、何かな」
    「……俺、馬鹿だし……何にもできない怠け者だけど、がんばるから……。一人ぼっちにしないで……」
    すみれ色をした瞳から、冷たく透明な涙がぽろぽろと零れる。
    痩せた頬を雫が通る頃には細かくしゃくりをあげ、瞬きをする間もないうちに声を上げて泣き出してしまった。
    ところがこの少年は、きっと今まで大声を上げて泣くこともできなかったのだろう、苦しそうに喉を押え涙を拭うことも出来ずにいた。
    「あぁ、クロエ……喉を痛めてしまうよ」
    ラスティカは上着のポケットから一枚のハンカチを取り出すと、ガラス細工を磨く時のようにそっと涙を拭う。
    「クロエ、きみはきみの幸せを探しに行くんだ。僕が花嫁を探すのと同じことだよ。忘れられないくらい、素晴らしい旅路になるんだ。……想像してみて、きみは何になりたい?」
    「わからないよ……」
    重い泥を吐き出すように泣き続ける少年の身体をそっと抱き締め、背骨の凹凸が浮き出た背中をゆっくりと撫でた。
    どこもかしこも骨ばったクロエの身体は痛々しく、所々にある痣や擦り傷を見る度にラスティカの胸は刺されたように痛む。
    いつの間にか傾きかけた日に向かって、この子の傷が早く癒えますようにと祈る。
    「そう。それなら、きみは青い小鳥にも、美しい花にも、何にでもなることができるよ。星の見えない夜には明かりを灯して、朝になるまで歌って過ごそう。途中で疲れたのなら羽を休めて眠ってしまおう。僕達は魔法使いだから、悲しいを楽しいに変えることが上手なんだ」
    青年はどこか嬉しそうに、肩口が涙で濡れていることも気にせずにそう言った。
    また風がひとつ吹いて、さらさらとリコリスが揺れる。
    細く伸びた葉の幾枚かが斜陽の空に舞い、リボンのような影を落としてどこかへと消えてゆく。
    遠くに見える家々の白壁が眩しいくらいに輝いて、誰かが時計塔の鐘を鳴らす音が聞こえる。
    どこかで猫の鳴き声がした。



    ぴかぴかの革靴に、綺麗なスカーフ。
    それから、上等なカフスボタン…………。
    まだ服に着られているようなあどけない少年が、人待ちをしていた時のこと。
    「かわいい坊や、爺と友達になってはくれないか」
    「あ……その、俺……ラスティカと……来てるから……」
    世界中の欲望が集まると言われている豊かの街、その一角にある硝子細工店の前で少年と老人が話している。
    白い髭の好々爺はクロエの隣に座り込むと、目線を合わせて身の上を語り始める。
    「坊やも魔法使いだろう、爺と同じだな」
    上等な服を着たクロエと、ステッキを持った好々爺は一見孫と祖父のように見えた。
    それから老人は家族に先立たれ孤独であることや、孫がいたらクロエくらいの歳であろう事などを話す。
    時折手品師のように子供が好みそうな魔法を見せた。
    「そっか、お爺さんも一人ぼっちなんだね……俺も一緒だよ、家に閉じ込められてて──」
    一人ぼっちで、どうしようもない寂しさを抱えたことがあるクロエにとってその老人の話は共感に足るものだった。
    だから彼は、ラスティカの話をしようと思ったのだ。
    永遠に続く孤独からラスティカが救ってくれたようにお爺さんにも良いことがあると、そう励まそうとした矢先に。
    老人は感激したかのように少年の手を取り、川魚に似た濁った瞳に涙をうかべた。
    「おぉ……!坊やは優しい子だ……!」
    「え……」
    「優しい坊や、どうかこのお礼に爺の家で昼飯でも食べていきなさい。君の好きなものを何でもご馳走しよう、爺はこう見えても料理が得意で
    なその昔は銀碗の男と呼ばれ──」
    「あ、あの!ごめんなさい、俺、ラスティカ……お師匠様と来てるんだ。だからラスティカと一緒に行ってもいいかな」
    硝子細工店からあまりにも出てこないものだから、もしかしたら道に迷っているのかもしれないと思っていた矢先に老人に話しかけられたのだ。
    知らない人は少し怖いけれど、このお爺さんのために出来ることがあるならば……そう考えるほどには優しい魔法使いになっていた。
    クロエが迷っているのに老人も気付いたのだろうか、彼は病気の兎のように悲しそうな顔をした。
    「そうか…………爺はまた無理を言ってしまったな。それならせめて、お礼だけでもさせてはくれまいか。家に美味しいお菓子があるから、それをあげよう……なに、孫が好きだったものでな……。坊やのお師匠様が帰ってくる前に行こうか、今すぐに行けば間に合うだろう……」
    このお爺さん、近いうちにお孫さんを亡くしているんだ──。
    自分よりも背の高い老人が、急に小さく縮んで弱々しい存在になったかのように錯覚してしまった。
    この人は昔の自分と同じ──友達を欲しがる、一人ぼっちの魔法使いだと。
    「俺も友達がほしかったから……お爺さんの家、行ってあげる……」
    「おぉ!なんて優しい子なんだろう!死ぬ前に君のような優しい子と会えて爺は幸せ者だ……!」
    皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして笑った好々爺は、空いている方の手を繋ぐと歪んだ腰をさらに曲げて自宅へと歩き出した。
    クロエは少しだけラスティカの事が心配になって、一度だけ硝子細工店を振り返ったが直ぐに前を向いてしまった。
    貴婦人と紳士が往来する大通りを少し逸れ、怪しい店と妖しい美女が立ち並ぶ路地へと入る。
    冷たい石畳の隙間には緑色をした苔がうっすらと湿って生え、ぬるついたその上をぴかぴかの革靴で歩く。
    建物の隙間に覗く空が灰色に曇り、一話の黒い鳥がぎゃあぎゃあ鳴いてそこを横切る。
    「さぁ坊や、着いたよ。中へお入り」
    老人が足を止めたのは掘っ建て小屋のような小さな家の前で、顔をボロ布よりももっとくしゃくしゃにして笑った。
    ドアノブを掴むその手に浮いているのが歪んだ骨なのか、古びた血管なのかはわからない。
    「俺の住んでた家にちょっと似てるかも」
    「今灯りを着けるからね、待っていておくれ…………蝋燭はどこだったかの……」
    「お爺さんの足元だよ。俺が取るね」
    クロエは好々爺の元まで駆け寄ると、その足元に落ちていた蝋燭とマッチを拾い節くれだった手へと渡す。
    ちらりと見えた老人の靴は高級なものだった。
    「ありがとう坊や…………さ、家の中が明るくなった」
    燭台に灯された蝋燭の明かりがぼんやりと広がり、あたりを羽毛のように舞う埃がはっきりと見えるようになる。
    クロエがどこか懐かしさを覚え、粉雪のように舞い散る埃を捕まえようと手を伸ばした時だった。
    指の隙間から見える古ぼけた樫の棚、そこに行儀よく並ぶ多色性の美しい石。
    大きさ、形は様々で真雪のような清らかさを持つ純白のものもあれば遠い海の底のように真っ青なものまである。
    そのひとつひとつの中に細かな虹が渦を巻いて閉じ込められ、蝋燭の光が揺れる度にくるくると色を変えた。
    夥しい数のマナ石は能面のように冷たく、助けを求めるように輝いて、クロエを見ていた。
    「あ…………俺も、こうなるの……?」
    すとん、と腰が抜けて煤けた床へへたり込む。
    逃げなきゃ、と頭のどこかで警鐘が鳴っているのに身体は全く動かず目の前の景色すらぐにゃりと歪んで見えた。
    老人が長い鉤爪をかちかち言わせて、孫の頭を撫でるような手付きでクロエへ近付く。
    そしてすきっ歯を剥き出しにすると簒奪者特有の笑顔を浮かべた。
    「ようこそ我が家へ、人攫いにも優しい坊や……。そのまま爺の糧になっておくれ!!」
    どうして、俺が着いて行ったから?
    馬鹿で怠け者の俺が、誰かの役に立とうとしたから?
    俺の他にもひとりぼっちで悲しんでいる人がいて、その人の友達になってあげようって勝手に舞い上がってたから?
    どうしようも無いほどの絶望と恐怖がクロエの体を支配して、その一切は動かなくなった。
    ただただ頭だけが自問自答を繰り返し、自分の全てを強く否定する。
    もう、何を信じればいいのかわからなくなりそうだった。
    老人は灰色の混ざった髭を撫でながら、クロエのクラバットへと手を伸ばしとそのまま毟り取った。
    「上等なスカーフ……こっちは緑柱石かのう」
    それを乱雑にポケットへねじ込み、続いて袖口のカフスボタンを狙う。
    綺麗な服が壊されていく。
    「やだ……助けて……」
    カビの匂いが鼻をつく部屋の中で、ふわりと紅茶の香りがした。
    それから、晴れた日の昼下がりの香り。
    伽藍堂の鳥籠を持ち、風雅さを指先まで纏った青年がいつの間にかそこに立っていた。
    「ごめんね、クロエ…………道に迷ってしまって」
    「ラスティカ!」
    「怖い思いをさせたね」
    青年は長い足を折ってしゃがみ込むと、クロエの乱れた髪を大きな手で整えて丸い頭を大切そうに撫でる。
    いつもと同じ春風の穏やかな声が凍りついた身体をゆっくりと溶かす感覚に陥り、脚の力がふっと抜けた。
    見開いていた目が瞬きを思い出したかのように瞼を閉じて、眠りにつく前の穏やかな心地に浸る。
    クロエがすっかり寝てしまうのを確認すると、その身体を横抱きにして額に口付けを落とす。
    「なんだ、アンタは……その子供の親か?」
    「いいえ、この子は僕の弟子です」
    老人は戸惑い、ラスティカが何者なのか測りかねている様子だった。
    口調、仕草、服装全てが洗練されうっすらと香水すら纏っているのにどこか底知れない雰囲気のある美青年。
    むしろ蝋燭に照らされた青い瞳が老人を頭のてっぺんからつま先までを値踏みするかのように見つめ、やがて空の鳥籠が前へ差し出される。
    「クロエはとても優しい子なんです。毎朝僕を起こして、髪を整えて一緒にモーニングティーを飲んでくれる」
    「お貴族様は気ままな事だな。その子供を売ってくれないか、金貨を五枚出そう」
    冷たい水にレモンを絞った時のように、少しだけその場の空気がきりりと締まる。
    依然としてラスティカは紳士的に微笑み、うっとりとクロエの頭を撫でながら歌うように言葉を続けた。
    驚いたのは老人の方で、感覚的にこの青年には敵わないと感じたのかややしおらしくしている。
    「おや…………。この子には世界一の仕立て屋になるという夢があるので、応じられない商談ですね。それに、僕と一緒にいる方がきっと幸せです。毎朝少し恥ずかしそうにして、そう伝えてくれるのですから」
    「なら早く出ていってくれ」
    「えぇ、今日は疲れたので宿へ帰ります。日が暮れたら道がわからなくなってしまうな……」
    魔道具の鳥籠がほの白く光り、ランプのように彼の足元を照らす。
    埃が舞い散る中を歩き、眠っているクロエが落ちてしまわないようにもう一度抱きかかえ直すと老人へ向き直った。
    「さようなら、ご老君。また会う日はきっとないでしょう。アモレスト・ヴィエッセ、今晩はゆっくりお眠り下さい」
    ラスティカは埃っぽくなった自身の上着をハンカチで丁寧に叩くと、腕の中で眠るクロエの頬をそっと撫でた。
    彼の背後にある扉の向こう側、人攫いの魔法使いの家の中では小さな老ネズミが跳ね回り日暮れ近い路地には宵闇が迫っていた。



    大きなピンクッションの上にいて、ぽよんぽよんと楽しく跳ねていたかと思うとサテンのリボンが滑り台になってその頂点へと落とされビーズの海へと転がり落ちる。
    林檎くらいあるビーズは中で炎が燃えているような赤のものもあれば、空を吸い込んだかのような青のものもあって、どれ一つとして同じものがない。
    クロエは楽しくなった。
    こんなにたくさんのビーズを見たのは初めてで、素敵な服のデザインがぽんぽんと浮かんでくる。
    ラスティカに似合うかな、と四角い黄色のビーズを抱えた時に世界がぐらりと揺れた。
    遠くの空から真っ白な液体がとろとろと注がれ、それが波となってこちらへ押し寄せてくる。
    一緒に流されてきたビーズの一つに掴まり、暖かな白波に身を任せて夢見心地でいたら今度は大きな手が雲間からにゅっと伸びクロエをすくい上げた。
    「ラスティカ…………?」
    「おはよう、クロエ」
    暖色の明かりを囲むランプシェードと、湧いたお湯がポットの中でごぽごぽ騒ぐ音。
    綿織物のシーツと、良い香りがする毛布に包まれた白いベッドでクロエは目を覚ました。
    「気分はどうかな……まだ怖い?良い夢を見られるように、子守唄を歌ってみたのだけれど」
    「ううん、怖くないよ……夢の中にラスティカが出てきたんだ。ビーズとボタンがいっぱいあって、どれにしようかなって選んでるうちにミルクが流れてきて、流されちゃうの!それでね、ラスティカが俺を掬ってくれるんだよ」
    「それなら、ミルクティーを淹れようかな」
    クロエはベッドから飛び降りようと身体を起こしたが、何故か力が入らずぺしょりとその場へ倒れ込んでしまった。
    温められたミルクの香りとストロベリー・レッドの髪がぱっと広がる。
    「あれ……?」
    「疲れているんだね。ほら、シュガーを食べて」
    「そ、そうかも……ごめんね、迷惑かけて」
    ラスティカは指をくるくると回すと、あっという間に整った形のシュガーを二つ三つ作り寝そべるクロエに渡した。
    さっきのビーズのように、きらきらと輝いていて光に透かすと少し青みがかって見える六芒星のシュガーは口の中ですぐに溶けてほのかな甘みだけが残る。
    「俺、あのお爺さんに友達になろうって言われたんだ……。一人ぼっちで寂しいからって……。こんな俺でも誰かの役に立てるならって思って、少し嬉しくなっちゃったんだ。でも……」
    じっと自身の手を見て、俯きながら話していた彼の声が震えている。
    毛布を握るクロエの手にぽたりぽたりと滴が落ちるとそのまま砕けて、小鳥の水飲み場のように肌が濡れた。
    「クロエ」
    「ごめん、ごめんねラスティカ。馬鹿みたい……やっぱり俺には無理だったのかな、誰かの、何かの助けになりたい、必要とされたいって……」
    出会った時と同じ草原のように、少年ははらはらと涙をこぼす。
    怖がりで、でも優しい彼の踏み出した一歩がこんな形で幕を閉じることを許せずラスティカはあの老人をネズミへと変えてしまった。
    今頃は使い方も分からないマナ石に囲まれ、蝋燭が溶けきることに怯えながら跳ね回っているのだろう。
    「そんなことはないよ。クロエは優しい子だ。今日は少し間違えてしまったけれど、またやり直せばいい」
    「やり直す……?」
    クロエが驚いたように、丸い目をさらに丸くして尋ねた。
    指が白くなるほど握っていた拳をラスティカが丁寧に開いて、そのまま穏やかな心音の響く胸へと当てる。
    青年の心臓はゆっくりと時を刻み、ほのかに暖かい。
    「そう、ゆっくりでいいんだ。僕達は魔法使いなんだから」
    「…………怒られない?」
    「誰も君のことを怒らないし、がんばれって応援してくれるよ」
    「でも……」
    「僕は毎日、小鳥や、猫や、朝食のオムレツにだってクロエは優しくて頑張り屋さんだから応援してくれるようにお願いしているんだ。明日から耳をすましてご覧、きっと聞こえるはずだから」
    ぽかんとしてそれを聞いていたクロエは、突然笑いだしてラスティカの手をきゅっと握った。
    「あは……あはは、ラスティカらしい。だから毎朝、オムレツと話してたの?」
    悲しそうに寄せられていた眉根はどこへやら、楽しそうにアーチを描いていてその下の瞳ももう涙で濡れていなかった。
    ラスティカはほっとして、お代わりのミルクティーを注ぐとそれをサイドテーブルへ置く。
    なみなみと注がれた紅茶が少し揺れ、ティーカップとソーサーのかち合う音がした。
    「あぁ、僕の大好きなクロエが笑っていると僕も嬉しくなるな」
    「わ、ラスティカ……急に抱きつかれるとびっくりするよ」
    「おや、クラバットはどこへ……?朝の散策かな?」
    「あ……あのお爺さんに取られちゃって……折角ラスティカに買ってもらったのに、残念だったな」
    まだあどけなさの残る手で首元を隠し、群れからはぐれた子犬のように元気をなくしてしまった。
    会ったばかりの頃に二人で街へ出かけて、軒先に並んでいたスカーフを眺めていたら、ラスティカが値段も確認せずに買ったものでクロエはそれを大切にしていた。
    ただ、大切にするあまり身につけようとしないから留め具の緑柱石をプレゼントして、ようやくクラバットとして使うようになった。
    「それなら、魔法で作ってしまおう!」
    「え、俺にも出来る?」
    「勿論。クロエなら出来るよ。さ、買い出しに行こうか」
    「わぁ、楽しみだな……!こんなに楽しみなの、初めてかも。ねぇ、どんな布がいいかな?それともリボンの方がかわいい?合わせてブローチも作ったりして……」
    「クロエなら両方似合うよ」
    「もう、ラスティカってばいっつもそれ!」
    鞄を出して、箒を出して、ティーセットをしまって、楽しそうに準備をした二人は踊るように宿から出かける。
    その顔に憂いはなく、心の底から今を楽しもうとしているようだった。
    しばらくの後、クロエの首元には苺のように赤いリボンが綺麗に結ばれその真ん中にはこれまた赤い宝石が留められていた。
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