ぴち、ぴち、と僕の身体の上で跳ねている赤い小さなお嬢さんには魔法をひとつ。
「わっ。もう、急に魔法を解いたら危ないよ」
すこしむくれた彼──彼女は僕の大切な弟子で今日はかわいらしい魚の少女なんです。
僕?僕は……音楽家のおじ様でしょうか。
それは昨日の夜のことでした。
いえ、昼かもしれませんね。
僕は日がすっかり昇ってからいつもクロエに起こしてもらうので、朝ではないことは確かです。
よく晴れていて日差しが暖かな日でしたから、中庭でモーニングティーを飲もうとした僕はキッチンへ向かいます。
ネロに焼きたてのパンを貰おうとしたのですが、彼は談話室にいるとブラッドリーに言われたのでありがとうとお礼を言いました。
談話室ではネロとミチル、それからリケと賢者様がお茶会をしていたので僕も混ぜて貰ったんです。
リケが絵本を読んでくれて、彼はとても朗読が上手なので穏やかで心躍る一時を過ごせました。
モーニングティーですか?
絵本のお礼にとっておきの茶葉を使って皆で楽しみました。
失礼、話が逸れてしまいましたね。
僕の話はすぐに寄り道をしてしまうのできっと旅が好きなのでしょう。
それで、魚の話だったかな。
あぁ、クロエが魚になって身体の上で跳ねている理由でしたね。
絵本を読んでいる時に聞いたのですが、賢者様の世界には小説というものがあるそうです。
聡明な学士や憂いのご婦人がペンを持つこともあれば、あどけない少年が文を綴ることもあると聞いて僕は感動しました。
そして、恋の話はありますかと聞いたら賢者様のお好きな小説のことを教えてくださりました。
ふふ、もうお気付きですか?
賢者様のお好きな物語では作家の御老君と魚のお嬢さんが恋人のように戯れ、時には人の姿を取って街へ出かけるのです。
その魚のお嬢さんは炎のように赤い身体でふわふわと踊る、コケティッシュな方らしいのでもしかしたら僕の花嫁かもしれませんね。
賢者様の世界まで出かけているなんて、考えたこともなかったので驚きました。
ですが、迎えに行く方法がわからないので会えるのは少し先になりそうです。
僕の知らない世界のことをたくさん見て、触れたのでしょうから、彼女の囀りに耳を傾けながら一緒に紅茶を飲もうと思います。
きっと穏やかで愛に満ちた素晴らしい時間になることでしょう。
おや、ティーカップが空いてしまいましたね。
おかわりはいかがですか?
その夜は星が美しく、誰かと踊りたくなった僕はシャイロックのバーへ向かいました。
緊張しながらワイングラスを傾けていたクロエのステップと、ルージュベリーをそのまま齧っていたムルのステップが子犬と子猫によく似ていて日付が変わるまでパーティは続きました。
月が空の真ん中へ来た頃にクロエは眠ってしまいましたから、そのまま僕の部屋で休むことにしたんです。
部屋が隣同士ですから、僕が送るのが適役でしょう?
おしまい