播種~炎~花や草は、土壌さえあれば育み成長する。
そんなことをぼんやりと考えていれば、抱えていた刀がカチリと鳴る。
部隊を率いる立場になってもうしばらく経つ。
面倒なことこの上ないが、かといって断るには理由が足りず、渋々と請け負った。
だが請け負ったからには全うして見せる気概はあるつもりだ。
それでも、どうにも性に合わないもので。
日が傾くまで待機を命じられて、部下たちには自由を言い渡して一人こうして瓦礫の中にいる。
ひとり、瓦礫のなか、硝煙混じる風に揺れる花を眺めて。
崩れた建物の隙間から揺れる小さな花。
こんな場所でも花開くのか、と見つめる。
あと半日もしたら次の戦場へと向かう指示が飛んでくるだろう。
それまでは、ただ・・・・・・己の精神を研ぎ澄ませながら。
「・・・・・・なんだ?」
ふわり、と風が大きく花を揺らしたのと同時に聞こえてくる騒音。
立ち上がり、いつでも刀を抜けるように身を構えれば上方からガラガラと音を立てて瓦礫が崩れ落ちてくる。
咄嗟に避けず、手にした刀を抜刀。
ひと振り、ふた振り、と振るって薙ぎ払う。
カラコロとそのなかに黒い球体のようなものがあったような気がしたが、落ちてきた瓦礫同様切り刻んでしまえば、周囲は再び落ち着きを取り戻していった。
刀をおさめ、込めていた力を抜けば吹き抜けた風が濃藍色の髪に絡んで離れていく。
「くっ、もっ、限界っ」
「・・・・・・ッ」
髪を揺らした風に気を取られたわけではない。
落ちてきた瓦礫に先ほどまで眺めていた花が潰れなかったことに安堵し、気を抜いていたわけでもない。
ただ、こんな場所に、まだひとがいるなんて思っていなかったのが失態だった。
瓦礫のどこかに掴まっていたのだろう、その声の持ち主は声と共に頭上へと落ちてきた。
「ぐっ・・・・・・げほっ」
「うわぁッ・・・・・・あ?無傷・・・・・・?」
「な、にが無傷だ・・・・・・げほっ」
「おぉお、これはなかなかにナイスなクッション君」
「きさまっ・・・・・・ッ」
「いやぁ、おかげで助か―――」
ってないな。
そう続いた言葉と同時に瓦礫の隙間から聞こえてくる怒声。
追われていたのかと、己の上に乗り上げている人物を見上げれば、この戦場には不釣り合いの綺麗な衣服を着た姿。
戦場は金になる。
商人か、その類で訪れた者だろうが、何かしら・・・・・・この土地では日常茶飯事なアクシデントが起きて逃げていたのだろう。
痛みと息苦しさに呻きながら状況を推察していれば、相手は纏っていた重そうな上着を瓦礫の隙間へと隠すとその下に着ていた白衣のようなシャツを寛げる。
肩をさらけ出し、ついでとばかりに自分が下敷きにしている『クッション』の上着に手をかけた。
「うっわ、良いからだしてるねぇ君」
「斬るッ・・・・・・」
「まぁまぁ。ほら、静かに」
ゆるりと腰をくねらせて、まるで行為の真っ最中かのよう。
そして悪ふざけのように笑いながら喘いで見せるその姿に「イカれたやつめ」と小さく吐き捨てた。
ここは戦場だ。
狂人などいくらでも見てきた。
だから、というわけではないが、ほんの少しだけこの悪趣味な偽りに乗ってやってもいいかと思ったのが悪かったのかもしれない。
「……、へたくそか」
「は?・・・・・・ッ、ひぁっ」
わざと押し当てるように突き上げれば上がる嬌声。
先ほどまでの嘘くさい喘ぎ声とは違うその声に、思わず口端が持ち上がる。
「ッ・・・・・・きみねぇっ」
「お前を追っているらしき奴らがこっちを覗いていた。撒きたいのならばもう少しだな」
「うっ・・・・・・協力的なのは、ありがたい、けどッ・・・・・・ンっ」
当てないでくれないかなぁ、と漏れ聞こえた恨み声に今度こそ笑みがこぼれ落ちる。
しばらく馬鹿らしい疑似行為を続けていれば、こちらを揶揄する声と共に遠ざかっていく足音が聞えた。
その足音と気配が完全に遠ざかり、感じ取れなくなったころ、重ね合っていた身体は疲れたように離れる。
「もう少し純朴そうな子だと思ったんだけど」
「お前は見た目に反して相当狂っているな」
互いに悪態をつきながら乱れた衣服を整え始める。
瓦礫の隙間に隠した重そうな上着を纏っていた相手は、その隙間揺れる花に気づき声を上げた。
「あぁ、こんな場所でも花は咲くのか」
「こんな場所でも、花は咲く」
「あぁ、いや悪気はないよ。でも、そうだね」
「・・・・・・」
「咲くけれども、容易く手折られてしまう。その程度のものだ」
音を立てて引き抜いた花をゆらりと揺らして、上着のフードを被って嗤う。
狂っている。
この戦場以上に。
「・・・・・・さて、そろそろ戻らないとまずいな。ありがとう、おかげで助かったよ」
「・・・・・・」
「このお礼は、また会ったときにでもするとしよう」
「この戦場でか?狂人は戯言しか零さないのか」
「いやいや戯言かどうかわからないよ。なんだか君とはまた―――」
―――また、近いうちに会えそうな気がするから。
そう言いながら、瓦礫の間に消えて行った人影。
予言めいたその言葉が、事実この数時間後に実現するなどと・・・・・・この時はまだ、思ってもいなかった。