リフレッシュワーカーホリックという自覚はないわけではない。たぶん。
かといって、休みが要らないというわけでもない。休みは欲しい。
特に、仕事が立て込みすぎて、詰みに詰んだ案件を片付けた日は訪れる休日に思わず天を仰ぐ程には。
「ッあああああ!!終わったぁあああ!」
細い両腕を振り上げ、勝利を叫ぶ・・・・・・だけ叫ぶと、そのままずるずると椅子へと戻っていった。
机に突っ伏し「休みだ、寝たい、ねむい・・・・・・」とブツブツを呟いているのを横目に、秘書業務を担っているオペレーターはドクターが終えた仕事の最終確認をして「はい、大丈夫ですね」とこちらも疲れ切った笑みを浮かべる。
「データはメールで送信済み、こちらの書類を各部署に届けながら私もこのまま休ませていただきます」
「あいー、ありがーとーねぇーお疲れ様ー」
「はい、ドクターもエンカクさんも」
向けられた言葉に、護衛でありながら同じくドクターの仕事を手伝っていたエンカクは頷くのみ。
それが彼なりの礼儀である。
片づけを終えて、そのまま二人でドクターの私室へと向かう。
「やばい、このまま寝てしまいそう」
「寝るな。運ぶのが面倒だ」
「ふふ、運んでくれるんだ」
優しいねぇ、とは吐き出さずに飲み込んでおく。
きっと「ウルサイ」と、不機嫌になってしまうのは目に見えている。
だから代わりに、にこにこと笑みを浮かべていれば、舌打ちが聞こえてきた。
結局気に入らないのならば言えば良かっただろうか。
そんなことを思っていれば、私室までの長い道のりはあっという間に過ぎていく。
ロックを解除して室内に入れば、起きたときから変化のない室内が主を迎える。
一歩、室内に入ってから後ろを振り返れば、静かな焔色の双眸がドクターを見下ろしていた。
「私、明日休みなんだけど」
「正確にはもう今日だな」
「今日はもう休みなんだけど」
言いながら半歩横にずれれば、見上げるほどの長身はその体躯に見合わないほど静かな動作でドクターの横をすり抜けていく。
すれ違いざま、サルカズ特有の尾がドクターの手を軽く弾いて、揶揄うように大きく揺れた。
その様に小さく苦笑を漏らし、ドクターは私室の扉を閉ざす。
そういえばオペレーターの子に疲れが取れると頂いた入浴剤があったなぁ、と思い出しながらフードを外し、顔を覆うフェイスガードを外しながら、我が物顔で寛ぎ始めたエンカクへと振り返った。
* * * *
ピチャ、と。
か弱い力で湯を投げつける。
当然、それはただの小さな波になっただけで、長い足を窮屈そうに折り曲げている男にはなんのダメージにもならない。
ちらり、と薄目でドクターを一瞥した双眸は再び瞼の裏に隠れてしまった。
事務仕事も出来ないわけではなく、どちらかと言えばできる方の男は、やはり身体を動かすことの方が得手としている。
突き合わせた事務仕事で疲れた心身を、ほどよい温かさの湯舟で癒しているようだ。
濡れた髪がその頬に、額に張り付いている。
深い夜の空のような深い藍色の髪。
特に手入れをしていないのに艶やか。
その髪に触れるのが好きだ、とは言わないが、どうしてか遅かれ早かれバレてしまうような気がする。
髪だけではなく、この刹那を燃え盛るような生き方をする男に触れるのが。
まるで見ているこちらを焼き尽くさんばかりの―――。
「おい」
「・・・・・・ッぷへ」
バシャリと湯舟のなかから顔をだしたサルカズの尾の先が水面を払い、思い切りドクターへと水を飛ばす。
「いつまでこうしているつもりだ?」
「え?」
「俺を部屋に誘ったのはお前だろう」
悪い笑みを浮かべて、湯舟から見える尻尾の先がゆらゆらと揺れる。
まるで揶揄するようなその動き。
指先で打ち払おうとすれば、湯舟の中へと逃げられる。
「遊んでるでしょ?」
「さぁな」
「この入浴剤、医療部の子が疲労に効きますよ、ってくれたんだけど」
逆上せそう。
ポカポカと身体の芯から指先まで温まる。
少しだけ熱いくらいだ、と呟けばいつの間にか伸びてきた腕がドクターの身体を持ち上げた。
「なら、さっさと出るぞ。このまま逆上せられても面倒だ」
「だからって、急にっ」
「言ったはずだ。『俺を誘ったのはお前だろう』とな」
「聞いた、けどっ」
聞いたけれども、もう少しくらいのんびりさせてくれてもいいだろうに。
だというのに、動かないお前が悪いと言わんばかりに二人で使うには足りないバスタオル一枚だけ持って、そのままエンカクはドクターを抱えて部屋へと戻る。
ロドスの中核たる役職の部屋にしては簡素過ぎる室内。
ベッドと冷蔵庫、簡易キッチンにトイレと風呂場。
そのベッドへとバスタオルを投げ、タオルの上にドクターの身体を転がした。
「・・・・・・君、手慣れてきたよねぇ」
「お前はいい加減慣れたらどうだ」
「私だって、そ、その・・・・・・それなりに、だと思う、けど・・・・・・」
「それでか?」
鼻で笑う男が、あまりにも憎たらしく笑うものだから。
手を伸ばし、濡れて張り付いていた紺藍色の髪を掴んで引き寄せる。
引き寄せて、その鎖骨に噛みついてみせれば、一瞬強張った体躯から低い笑い声が聞こえてきた。
「それが?」
「ぐっ・・・・・・」
崩れない余裕。
笑いながら、伸びてきた手がドクターの膝を掴んだ。
開かれていく自分の身体に耐え切れず目を閉ざして、無骨な指先の感触に、ただただ思考が溶かされて。
白いシーツの上。
二人分の吐息が、ただ交ざり合っていった。
(ー暗転ー)