「ああ、また。ちょっと待ってください。あなた、日焼け止め塗らないと後で赤くなりますよ?」
「へえ? いいや面倒だ」
「後で塗り薬を用意するのは私なんです。いいから塗って」
「大丈夫だ。思ったより焼けないだろう」
ルーファウスの返答をよそに、ツォンは日焼け止めをぐいと有無を言わせずに押し付ける。今すぐにでも海に向かいたいルーファウスにとってここで手間取ることは我慢ならないことであったが、たった今名案が浮かんだ。
「じゃあツォンが塗って」
「はい?」
「塗るのがめんどくさい。からツォンがやって」
ツォンは諦めて、手のひらにクリームを落としすりあわせて広げた。塗り薬の手配をするより今ここでひと手間かけたほうが賢明である。そう自分に言い聞かせて。
「ほらこっち来てください」
ツォンとの口論に勝ったルーファウスはゆっくりとツォンの前に腰を下ろした。ツォンはルーファウスの体にクリームを広げていく。彼の曲線ははかつてのままに、いいや入院生活を経て少し痩せた。満遍なく、塗り残しのないようにその手のひらでルーファウスの露出した背面の肌の隅々まで注意深くクリームを塗り広げる。
「ところで、なんで私が日焼け止めを塗らないと赤くなることを知っていたんだ?」
「ただの推測です」
私がうまく彼から世界を隠蔽しても、この人はきっと見破る。表だって口にしていない疑問も彼の中には渦巻いているのだろう。ツォンは自分の無能さを呪うとともに、いつか来るこの日々の終わりの気配を感じた。
「お前は?」
「私はこのままで...」
「ほら、背中塗ってやるからむこう向け」
「いや...私は...」
そうツォンが言う間にルーファウスは手のひらにクリームを広げていた。諦めてツォンがルーファウスに背を預けると、ルーファウスの口角は自然と上がり満足げにツォンの背面に手を伸ばす。
「随分と、傷が多いんだな」
「......もう全て治りました」
「一体どんなことがあって、ここまで傷つくんだ」
「......もう痛くないですよ」
それ以上をルーファウスが深く聞くことはなかった。概ね背中は塗り終わったところで正面に移ろうとしたところ、ツォンはルーファウスの手を止める。
「ラッシュガードも着るのでもう大丈夫です。ありがとう」
ルーファウスにはツォンが風景に溶け込んでそのうち消えて行ってしまうように見えた。最近思い浮かぶこと。私が気付いたときには側にいたのに、私はこの男のことを何も知らない。ルーファウスの密かな落胆をツォンは素早く拾う。
「そんな顔をしないでください」
「......どんな顔をしていてもいいだろう」
「口では勝てませんね」
それはどういうことだ、というルーファウスの疑問はツォンの次の挙動に飲み込まれる。ツォンはやや足早に砂浜まで駆けて、足首までなまぬるい海水に浸からせた。