今さらなバレンタイン2月。世の中は一大イベントに向けて、活気づいていた。店の装飾は赤やピンクに色付けられた所が多く、テレビでは何かとチョコレートの話題で持ちきりになっていてる。2月14日、バレンタインデー。世の恋人達、好意を抱く相手がいるような人達には勝負の日となるだろう。28歳のヒーローであるオレ、キース・マックスに関係があるかないかで言えば、ある。バレンタインもヒーローの仕事があるとか、自分のところのルーキーが誕生日だからとかではなく、純粋にオレには恋人…がいる。
容姿端麗とか眉目秀麗とか褒めようと思えばいくらでも言葉が出てきそうな…男。自分の同期で腐れ縁。オレたちのメンターリーダー様。それがオレの恋人な訳だが。今さら、この年になってチョコレートと言うのも……
「恥ずかしいよなぁ」
「何が恥ずかしいんだ?」
思わず漏れていた声に反応したのは、今日もう何枚目かになるピザを食べているディノだ。
「な〜んでもねぇよ」
空になったビール缶をふりながら、ディノの方を特別向かずに言う。
「ふ〜ん」
それからディノは言及することなく、手に持っていたピザを口に運んでいた。でかい口を開けて、一口パクリとかぶりつく。今日もいい食べっぷりですこと。
オレもそれに触発されるように、空になった缶をテーブルに置いて、まだ開けていないビール缶に手を伸ばす。プルに指をかけて、プシュッと、今日もいい音がなる。缶ビールを口元まで運んで、そのままゴクリゴクリと欲望のままに飲む。ビールの苦味と口の中で弾ける感覚。よく冷えたビールが喉を通っていくのは心地がいい。ビールはいつ飲んでも上手いが、開けてすぐのビール特別うまく感じる。
「ディノ、ピザ一切れもらうぞ〜」
「ふぉうふぉ〜」
ディノは口にピザを入れたまま、もごもごと返事をする。その返事を受けて、オレはピザに手を伸ばす。ピザはまだ少し温かく、冷えたビールと相性がいい。先ほどのディノにならうように、大きな口を開けて一口、ビールでそれを流し込んでもう一口。うまいうまいと思いながら、ピザを一切れ食べきり、ビールを飲もうと口元に缶ビールを持っていった。
「そういえば、キース」
「ん〜?」
ビールを飲みながら、目線だけをディノの方に向ける。
「そろそろ、バレンタインだろ?ブラッドにチョコあげないのか?」
「ぐっ」
ビールが気管に入りそうになった。
「げほっ、ごほっ、ごほっ」
「わわっ!大丈夫か?キース」
まるで、さっきまでのオレの思考を読んだかのような質問。お前、オレの心の内でも読んだのか?いや、普通に考えてこのバレンタインシーズンならば妥当の質問と言える。ましてや、オレとブラッドは恋仲なのだから、この質問は当たり前だ。
驚いたディノは心配そうな表情をして、背中をさすってくれている。
「俺、何か変なこと言っちゃった?」
「いや、そういう訳じゃねぇよ、ただ」
「ただ?」
「痛いところつかれたなって感じで…」
ディノの表情には、は?って書いてある。
「まさか!キース、ブラッドにチョコをあげないつもりだったのか!?」
「うぐ」
その通りである。いや、まだあげないかどうかは確定していないだけで、自分の性格のせいでもあるが、ただ30手前にまでなってチョコを送ることは控えめに言っても恥ずかしい。
「さっき恥ずかしいなんて言ってたのはそういうこと?」
どこまで察しが良いんだこいつは。といか、さっきの一言と今のやりとりで気づくなんて察しがいいにも程があるだろ。
「あ~、くそ!」
ガシガシと頭をかく。つい悪態をついてしまう。ディノに隠し事とか、ごまかすことは上手くいかない。つまりこれは肯定の証拠。
「も~!そんなのぜ~んっぜん!ラブアンドピースじゃない!」
「あのなあ…」
言葉に詰まる。自分でも本当に面倒くさい性格をしていると思う。この場合正しいのはディノの方だ。せっかくのバレンタイン、チョコを贈ればいいものを恥ずかしがっている。この年になってまともに恋愛をしている事実がもどかしくて恥ずかしい。
しばしの沈黙。こういうときの沈黙はまるで永遠で。先に折れたのはディノの方だった。
「はぁ~、オレもキースの性格を知ってるから、ブラッドにチョコをあげるの恥ずかしいんだろうけど…」
一度言葉を切って、ディノは人差し指をこちらに思い切りつきつけてくる。効果音をつけるなら、ビシィッ、って感じで。いきなりの行動に思わず怯んでしまう。
「絶対絶対ぜ~ったい、後悔すると思うぞ!」
「大げさだろ…」
「後悔って聞くとそうかもしれないけど…絶対にチョコ用意しておけばよかったって、渡しておけばよかった~ってなるぞ!」
表情は少しむっとして、自信たっぷりに言ってくる。後悔なんて…大げさななんて思ってたけど、ディノの指摘はあながちずれていない。ブラッドはなんだかんだで記念日を大切にする。だから、バレンタインだってチョコを特別に用意している…かもしれない。
ディノはこちらに突きつけていた指をすっと引く。それから、こちらに向けていた体をテーブルに向けて、まだ少し残っていたピザに手を伸ばす。多分この話は一区切り。
「多分ブラッドはキースのために、ちゃんとチョコを用意すると思うぞ」
言って、ピザを一口。オレとディノは同じことを考えていたみたいだ。
「…あいつは忙しくしてるし、チョコを準備してる余裕もないだろ…」
ぼそぼそと、小さい声でつぶやく。何となく落ち着かなくて、意味もなく指先で遊んでしまう。ただの悪あがき。どこまでもオレは情けない。ピザを一切れ食べきったディノは、はぁ~と大きなため息をつく。
「もう!俺は知らないからな!」
そこで、今日はおしまい。そのあとディノはさっきまでの会話を忘れたようにけろっとして、俺に普通に話しかけてくる。いや、あくまでオレの問題だからこれ以上口に出すことをやめただけだろう。バレンタインまではあと一週間ちょっと、チョコを準備しようと思えば出来るが…さあ、どうしようか。
毎日どうしよう、どうしようと、チョコの専門店の前まで行ってみたり、適当な店のチョコ売り場まで行ってみたりはした。ぶっちゃけここ最近ブラッドに合うと挙動不審な動きもしてた。めちゃくちゃに悩んだ訳だが、結局オレはチョコを用意できなかった。言い訳を繰り返して、結局今の状態の方が恥ずかしい。好きな人のため、と頑張ってチョコを用意した少年少女達の勇気はすごいものだと、ここ数日で気づかされた。今年のファンからのバレンタインの贈り物は大切に食べさせてもらおう。と言っても、オレのファンからのプレゼントは酒が多いから大切に飲ませてもらおう。なんて考え込んでいる内に気がつけば時計は午前0時を回った。数分前まではまだ2月13日だったが、もう2月14日、バレンタイン当日になってしまった。チョコを用意しようと思えば準備出来ると思うが…今日は何かと忙しいので難しいだろう。
「情けねぇなあ…」
ひとまず、せめてもの罪滅ぼしのように、今日の分の小言を減らしてやるため寝よう。今さらどうしようもない。目を閉じる。慣れない事に頭を使ったからか、意識はすぐに手放せた。
「起きて~!キース!!」
「起きやがれ~!!」
ギュイーンと嫌でも目が覚める音と、元気な2人分の声。目覚めが良いか悪いかで言えば、悪い。
「おいおい、朝から何だよ…、ジャックが来ちまうだろ…」
ゆっくりと体をあげて、声の主の方を向く。多分寝起き最悪みたいな顔していることだろう。2人、ディノとジュニアは朝から元気なことで、表情が爛々としている。マジでジャックが来るし、怒られるぞ…。
「おはよう!キース!」
「やっと起きたなクソメンター!」
一層笑顔を深めて、表情には早く起きて、と書いてある。
「はいはい、おはよう、起きるから…もう少しボリュームを下げてくれ~…」
頭に響く声。朝から元気が過ぎる。まあ、ここまで元気な理由もおおよそ予想がつく。バレンタイン当日、というよりも今日はフェイスの誕生日だ。夜にはパーティーを開くことになっているから、楽しみでしょうがないんだろう。
「ほらほら、着替えるから出てけお前ら」
しっしっと手で2人を追い払う仕草をする。
「はやくこっちの部屋に来いよ!キース!」
ジュニアは指をこちらに指しながら部屋を出て行く。
「じゃあ、早めにこっちに来てくれよ!キース!」
ディノは手を振りながら部屋を出て行く。嵐が過ぎ去った後のようで、部屋の中はしんとしている。もう一度うるさい奴らが来る前に着替えてしまおう。いそいそと部屋着から制服に着替える。いつも通り、より少しだけ身なりを整える。少なくとも「だらしない」という言葉は飛んでこないだろう。
「よし…」
タバコを胸ポケットに入れて、部屋を出るためにドアに近づく。ドアの外からは少しだけ声がもれ聞こえてくる。ドアノブに手をかけて、ひねる。ドアを少し開けただけで聞こえてきていた声はもう少し鮮明になった。
「ふぁ~~~~~くっ!何だよこの量!」
「これは…すごいな…」
ドアの先には、プレゼントの山。
「あっ、キース、おはよ」
おそらくこの山の一番の原因、フェイスはのんきに挨拶をしてくる。
「お~お~、おはようフェイス、今年もすごいな」
「アハ、まだまだ来るみたいだけどね」
その一言を待ってたかのように、ドアが開いて荷物の山を持ったジャックと、一枚の画用紙を持ったジャクリーンが入ってきた。ジャックはそのまま、できる限り邪魔にならないような場所に荷物を置いている。
「プレゼントはまだまだありますが、ひとまず部屋に入りきらなかった分を持ってきましタ、残りはまた後から持ってきマス」
おいおい、まだ届くのか…。
「フェイスちゃまは人気者ナノー!」
とてとてとジャクリーンはフェイスの側によってくる。それから画用紙を差し出した。
「フェイスちゃまどうぞナノ!お誕生日おめでとうナノ~!」
「フェイス、お誕生日おめでとうございマス」
「アハ、ジャクリーン、ジャックもありがとう」
笑いながらフェイスは差し出された画用紙を受け取る。受け取って中を見たのだろう。ふふっと笑いがこぼれている。
「フェイスちゃまを描いたノ!」
ジャクリーンは嬉しそうに、笑顔で両腕をあげてアピールしている。
「ありがとうジャクリーン、かっこよく描けてるね」
フェイスに褒められて、ジャクリーンはますます嬉しそうだ。
「そろそろ行きますよジャクリーン」
「はいナノ!」
ジャクリーンは手を振って、ジャックと部屋を出て行く。
「さて、と、この荷物どうしような」
2人が出て行き、仕切り直しというようにディノが声を出す。
「どうしようもこうしようも、クソDJの部屋に詰め込もうぜ」
「おチビちゃん、自分の部屋でもあること忘れてない?」
「お前の方に全部押し込むんだよ!」
ルーキー共はわいわいと騒ぐ。
「とりあえず、運べばいいんじゃねえの?この後もジャック達が持ってくるからこの部屋に置きっぱなしにしない方がいいだろ」
「そうだな、皆で協力して運んじゃおう!っと、そのまえに、」
ディノはくるりと体の向きを変えて、フェイスの方を向く。顔には満面の笑みを浮かべている。
「改めて、誕生日おめでとう!フェイス!」
フェイスはきょとんとした表情。ディノに続くようにジュニアも口を開く。
「誕生日おめでとうクソDJ、夜はパーティーするんだからどこにも行くなよ!」
きょとんとして数秒、フェイスは表情を崩す。
「アハ、2人ともありがとう」
それからこちらに顔を向けてくる。
「キースは?」
ニヤニヤと形容するのが正しい表情をしている。いざ要求されるとそれはそれで恥ずかしい、めんどくさい大人心だ。1つため息を吐いて、
「…おめでとうフェイス」
「うん、ありがと、でも、キースには他に楽しみがあるもんね」
いきなり訳が分からないことを言う。
「は?どういうことだよ」
聞けば、フェイスは少し悩むそぶりをして、
「う~ん…秘密♪」
フェイスは人差し指を口の前に立て、ウインクをした。この仕草をこいつのファンが見たら卒倒していたかもしれない。それよりも、フェイスの言った「楽しみ」それが何のことか見当がつかない。見当がつかなくて、何が起こるかわからなくて怖い。