アベンチュリン・タクティックス ルート1 第7話:存護の誓い 後編「お邪魔するわね~」
アベンチュリンの次に星の個室へやってきたお客さんは———なんと英語教師、ブラックスワン先生。
彼女は星を見るなり優しく微笑むと、ロングの菫色の髪を揺らして部屋に入り、星の前に座った。
胸元を大きく開けているブラウスの間から大きな胸。足を組む彼女の太ももはむちむちで、星は思わずごくりと息を飲む。
これが大人の魅力………なんだか負けた気分だ………。
妖艶さ溢れるブラスワ先生は男子に人気らしく、彼女目当てで職員室に行く男子も少なくない。
そんな彼女と星は授業で話す以外にも、休み時間や放課後で会った時には話すことがあった。
ブラスワ先生から声をかけられることが多く、何かと星は彼女に気にかけられていた。
だが、なぜ彼女がここに………?
「ミス・ブラックスワン、なぜ私に指名を?」
ブラスワ先生の好みは全く知らないが、ホストカフェを楽しむのなら、もっといいイケメンが他にいる。なぜ、自分を指名したのか………。
「私に指名されるのは嫌だったかしら? それならごめんなさい」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど、なんで私なのかなって………もしかして、私がホストちゃんとやってるか見に来た?」
「ええ、そうねぇ………」
あ、これは違うな………。
うーんと悩みながらゆっくり首を傾げるブラックスワン先生。元々彼女はおっとりとした雰囲気があるため、これがデフォルトといえば、デフォルトではあるが……。
「もしかして、私に用事が?」
「ええ、あなたと少し話したいことがあって」
こちらを見透かしてきそうな真っすぐな瞳。夕焼けのようなグラデーションの瞳の奥は温かみも冷たさも両方合わせ持っている。アベンチュリンとはまた違ったものだった。
「あなたの彼氏さん、アベンチュリンさんについて話したいことがあるの」
「アベンチュリン?」
「ええ、アベンチュリンさんのお家、かなり大きな所なのは知っているかしら?」
「うん」
世界を股にかける大企業、そこのトップがアベンチュリンの親だ。親だけでなく親戚も資産家だったり、世界的なアーティストだったり、ともかく家が大きいのは知っていた。
「知っているのなら良かったわ。質問を重ねて悪いのだけれど、1つ聞かせてちょうだい………あなたはアベンチュリンと結婚するつもり?」
「うん、いつかは」
結婚は考えている。高校を卒業して大学に行ったその後。その時もアベンチュリンとの関係が変わっていなければ、アベンチュリンが同じ気持ちであれば……結婚したい。一緒になりたいとは思っている。
でも、それを改めて聞かれると恥ずかしいし、他人に告白するのも照れる。星は答えたものの、か細い小さな声で、赤くなった顔を隠そうと俯く。
「ふふっ……本当に好きなのね」
ちらりと見れば、一瞬笑みを見せるブラックスワン。だが、その顔は徐々に硬い表情へと変わる。
「なら、なおさら気をつけてね」
「え? なんで?」
「だって、あなたは————」
★★★★★★★★
「————狙われる可能性があるんだ」
「星ちゃんが? それは……君の奥さんになるかもしれないから?」
「ああ。僕の父さんが母さんと結婚する前………母さんは何度も襲われかけたらしいんだ」
ホスト星ちゃんと別れ、とある現場に向かっているアベンチュリンとトパーズ。ただでさえ2人とも美男美女であるのだが、並んでしまえば、誰も話しかけられる人はいなくなる。自然と2人の前に道ができていた。
「一度だけだけど……襲われて、母さんが怪我をしたことがあったんだ」
自分が生まれる前の話で実際に目撃したわけではないが、アベンチュリンも母の腕に大きな傷があったのを見たことがある。
傷は半袖を着れば見えるような場所にあり、母が暑い日でも長袖を着ていた理由をそれで知った。
そんな危険な事が……星にも起こる可能性がある………。
当然アベンチュリン自身も何度か誘拐されかけたり、リンチされかけたりと危険な目にあったことは数えきれないほどある。
あまりにも襲撃が頻回すぎて、今ではすっかり対応にも慣れてしまった。1人の敵ならアベンチュリン1人で対処して、親に事後報告なんてことも稀ではない。
しかし、自分以外の人間を守るとなると話が変わってくる。準備に準備を重ね、星の周りは警固していた。
もちろん、星には話していない。彼女が気にして、楽しく過ごせる時間を奪うようなことはしたくない。星には自由であってほしい。
「やば………星ちゃんミスコンに出しちゃっていいの? 危なくない? 目立っちゃうんじゃない?」
「それは大丈夫。この学園の中は完璧な警備だからね。まず襲われることはないよ。まぁ、本当は出てほしくないけど、星がどうしても出たいというから止めないさ」
「対策をしているのならいいけど……今後もそういう危険があるってことでしょう? どうするつもりなの、君は」
「もちろん、星が不自由になるようなことはしたくない。彼女には好きなことをしてほしい。自由に生きて欲しい」
くずっていたアベンチュリンだが、人が変わったように背筋を伸ばし強く歩き出す。さっきのお茶らけた姿はどこに行ったのか………真剣な表情へと変わっていた。
「————だから、僕が絶対に星を守る」
何があっても————。
★★★★★★★★
『あなたは狙われる可能性があるわ』————。
星の頭で反芻されるブラスワ先生のその言葉。
確かにアベンチュリンの敵は多い。弱点のような自分が狙われやすいのは間違いない。星に力はあるが、それだけでは対応できないことだってある。
この前のように薬なんて使われてしまえば、星はあっという間にか弱い女子へと変わる。敵にとっていい的だろう。
だが、それは同時にアベンチュリンにも危険が及びやすいということ。自分が捕まってしまえば、彼は迷いなく敵地へと飛び込んでいくだろうし、自分が人質されれば敵の言うことは何でも聞いてしまうかもしれない。
絶対に自分が捕まることがないようにしないと………。
ミス・ブラックスワンの後も、星を指名する人が多くいた。熱い眼差しで見てくる女の子がやってきたり、まじまじとするだけでほとんど離してくれない男子がやってきたりとお客さんは様々だった。
その中には不審者のような恰好をしたサングラス男もいた。フードを深く被っているため、髪色も分からなかったが………。
「ねぇ、あんたの声どっかで聞いたことがある」
最初の挨拶で直感的に感じた星。不審者男の声は覚えのあるものだった。
「いや、気のせいだろう」
「気のせいじゃない………なんかこう普段家で聞いているような声だよ、あんた」
「………いいや、絶対に気のせいだ」
本当にどこかで聞いたことがあるのだが……結局誰か分からないまま。相手はフードもサングラスも外してはくれず、星の接客時間は終わった。
「アベンチュリン、次のシフトだったね」
「ああ、よかったら、君が最初の姫になってくれたら嬉しいな」
「いいよ」
星のシフトが終わり、アベンチュリンと交代時間になると、先ほどとは逆に星が彼の初めてのお客さんになった。
「では、姫。こちらに……あ、姫って呼ばれるのは嫌?」
「嫌じゃないけど、いつものように星って呼んでほしい」
私の名前を呼んでくれるあんたが好きだから………。
小さな声で星が要望すると、アベンチュリンは柔和な笑みを零す。彼にとっても、星のお願いは嬉しいものだった。
いつものように手を引かれ、2人で個室へと入っていく。そして、アベンチュリンは椅子を引き、星を座らせてから自分も着席。
星はレディーファースト扱いされるのにはすっかりなれてしまっていた。
「ねぇ、星」
「なーに?」
「僕と一緒に過ごして楽しい?」
「うん、楽しい。毎日が楽しいよ」
本当に楽しい………今までの世界がモノクロだったのではないか?と疑ってしまうぐらいには、アベンチュリンと過ごす世界は鮮やかだ。
彼といることで新しい色を知っていく。ゴミ箱だけだった世界に、アベンチュリンで溢れていく。
ゴミ箱とアベンチュリンを同等に扱うなと思われるかもしれないけれど、両方好きだし、アベンチュリンの好きはゴミ箱への思いとは全く違う。
ともかく彼がいない世界が考えられない————そのくらいには好きだ。
「よかった……楽しくないって言われたら、泣くところだったよ」
「そんなこと言わないよ……」
アベンチュリンを泣かせるようなことはしたくない。
「嬉しいな……僕と一緒にいてくれるだけで嬉しいのに、楽しいと思ってもらえているなんて」
アベンチュリンはそうこぼして、星の頬に手を沿わせる。星を映す虹色のような瞳は、とろんと溶けていた。
不思議と星の中でもっと触れたいという気持ちが溢れ出し、気づけば星は自分の胸にアベンチュリンを抱き寄せていた。
「星………?」
星は小さく細い手で彼の頭を優しく撫でる。突然の彼女の行動に、アベンチュリンは困惑していた。
「………これ、違うんじゃないかい? ホストの僕が君を癒すはずなんだけど……」
「これはさっきのお返し」
星がそう言うと、アベンチュリンは諦め彼女にそっと抱きしめる。少し困った反応が可愛く、星はふふっと小さく笑みを漏らしていた。
ふわふわな金色の髪……ずっと触っていたくなる。セットした髪であろうが、気持ちよすぎて、手が止まらない。
「柔らかい……気持ちいい……」
「————」
雲みたいで………好き………。
星が夢中になって撫でていると、「時間でーす」と外から制限時間を知らせる声が聞こえてきた。
アベンチュリンが人気なこともあり、彼を指名する人が多くいたので、延長することなく、星は部屋を出た。
「じゃあ、またね。アベンチュリンのシフトが終わったら、一緒に屋台回ろう」
「もちろん!」
そうして、彼と別れた星だが、他のクラスの出し物にはアベンチュリンと行きたかったので、特に行く場所もなく……キッチンへと隠れた。
隅にいれば邪魔にならなさそうだし、ここで時間を潰そう————。
「星ちゃん、もしかして手空いてたりする?」
そうして、星が裏方の隅でクラスメイトにおごってもらったパフェを少しずつ食べていると、回っていたリーダーから声をかけられた。
「うん、暇だよ」
「休憩中なのは分かってるんだけど……もしよかったら、キッチン組手伝ってくれないかな? 予想以上に注文が来て忙しいの」
「いいよ」
「ほんと!? うぅ……星ちゃん救世主だよ……ありがとうぅ……」
よほど困っていたのかリーダーは静かに泣き始める。まとめ役というのはかなり大変なのだろう………。
どのみちアベンチュリンのシフトが終わるまでは空いている。ぼっーとして時間を潰すよりもヘルプに入る方が何倍もいい。
星はエプロンを着て、キッチンへと立ち、パフェを作り始めた。
こういうヘルプがあった時に手伝えるように、キッチン組の仕事を一通りしていた星。難なくパフェも作れ、見た目も完璧。オーダー通りの物ができた。
「星ちゃん、チョコパフェ3つお願い!」
「はーい」
そうして、パフェ製造マシーンとなった星はオーダーが入る度にせっせと作っていく。
「あ」
だが、トッピングでクリームを絞っていると、勢いよくクリームが出てしまい、手にまでかかってしまった。もったいないことをしてしまった………。
手に付いたクリームをペーパータオルで拭き取ろうとしていると。
「星、ここにいたんだね」
「あれ、アベンチュリン?」
隣を見れば、いたのはホスト服姿のアベンチュリン。自然に星の腰にするりと手を通し、自分の方へ星を抱き寄せた。彼から漂う花の香りが星の鼻をくすぐる。
「星、ちょっと左手貸して」
「?」
クリームだらけの手をどうするつもりだろう……と疑問に思いながらも、左手を差し出す。
すると————。
「!?」
その瞬間、熱い柔らかい舌が星に触れる。アベンチュリンは星の指についたクリームをぺろりと舐めてしまった。
「————」
「ん、美味しい」
突然のアベンチュリンの行動に、星は呆然。頭の中は真っ白になっていた。
「あ、右手にもついてるね」
アベンチュリンは右手も取り、クリームもぺろりと舐めてしまう。その舌の動きはクリームだけでなく、肌の味を堪能するよう。
そんな妖艶な舌使いに、彼との夜を思い出して、星はボッと頬を赤く染める。
「うん、甘いね」
「っ………」
虹色の瞳はじっと星を見つめ、いたずらな笑みを浮かべて笑う。まるでこちらの反応を楽しんでいるかのよう。
こ、これは絶対にからかわれている………。
「アベンチュリンのえっち………」
「あれ、バレちゃったかな?」
くっ、確信犯だった。こんな仕事中にからかってくるなんて………。
「からかうんだったら、アベンチュリンにはパフェは作ってあげない……」
「え、それはちょっと待って」
「待たない」
「待って、僕にも作って欲しい……星のパフェ食べたい。食べないと接客できない……お願いだよ」
慌てて懇願するアベンチュリンもちょっと可愛いなと思いつつ、彼に甘い星。結局作ってあげることにした。
「……アベンチュリンは何パフェが食べたいの?」
「作ってくれるの!? マンゴーパフェがいいな!」
残っていた1つのオーダーを終え、星はアベンチュリンの要望通りマンゴーパフェを作っていく。
隣でじっと星を見つめるアベンチュリン。極彩色の瞳は自分のためにせっせとパフェを作ってくれる恋人に、熱い視線を送っていた。
そ、そんなに見なくても、いつでも作ってあげるのに………。
「うぉ~~い!! アベンチュリン!!」
入り口から響くリーダーの声。彼女はアベンチュリンを探しているようだった。
「あ、バレたね」
「………アベンチュリン、サボってたの?」
「うん、充電がないと接客なんてやってられないからね」
「うぉーいぃ! 何サボってるんだぁ~! どこにいるんだ~!! 本当にどこに………って、いた!」
「やぁ、リ~ダ~」
「『やぁ、リ~ダ~』……じゃない! 星ちゃんがかわいいのは分かるけど、そこでいちゃつくな~!!」
「はいはーい。じゃあね、星。あと30分でシフトが終わるから、また後でね」
「うん」
リーダーに見つかってしまったアベンチュリンは、一時星を抱きしめると名残惜しそうに離れ、接客に戻っていく。その背中は少し寂しそう……引き留めたくなってしまう。
シフトが終わったら、食べさせてあげよう。アベンチュリンの分、ちゃんと食べられるように冷やしておこう………。
マンゴーパフェを作り終え、冷蔵庫に入れると新たなオーダーを受け、調理を始める。だが、頭の中に浮かぶのはさっきのアベンチュリンで………。
「………」
あの時の舌使いは夜のと一緒だった。舐めながら、星を食い尽くそうとする向けてきた瞳も同じ………。
「っ………」
夜のことでいっぱいになっては困る。星は振り払うように頭を振って雑念を払い、一応手洗いをして、パフェ製造機へと戻った。
★★★★★★★★
「………はぁ…美味しい。仕事終わりの星のパフェは最高だよ」
「それはよかった」
最後のお客さんを見送って、長い長いシフトが終わると、星の所へ飛んできたアベンチュリン。
星は彼にお待ちかねのマンゴーパフェをあげると、パクパクと食べ始め、あっという間に完食してしまった。かなりお腹が空いていたらしい。
「いくらでも食べれるよ。うん、おかわり100杯したいな~、まだあるかい?」
「え、ないよ」
100杯はさすがに用意できない。10杯でも作れるか怪しいし、そんなに食べてしまったらアベンチュリンもお腹を壊してしまう。
「そんなに慌てなくても、また今度作ってあげるから。明日も作ってあげるし、家でも作るよ」
「本当かい? それ約束だよ?」
「うん」
そうして、フリータイムとなった2人は着替えて、他の出し物へと回ることに。星はアベンチュリンに手を取られ、彼と手を繋いで歩いていく。
「星、どこか気になるところある?」
「うーん。ゲーム部とか気になるね」
星が興味をもった屋台から回っていたのだが、アベンチュリンは星に行きたい場所を聞くばかりで、「行きたいところはある?」と聞いても「星が行きたい所に行きたい」と返事がかえってくる。
正直、アベンチュリンが楽しんでくれてるか心配になる。もし無理に楽しんでいるのなら、アベンチュリンが好きそうな場所に連れて行きたい。
気になった星は彼に気づかれないようにちらりと横を見る。すると————。
「————」
見えたのは柔らかく口角を上げるアベンチュリン。彼の瞳は星々のようにキラキラと煌めていた。鼻歌まで歌っている。
星の視線に気づいたアベンチュリンはこちらに顔を向け、首を傾げた。
「ん? どうしたの?」
「楽しそうだなと思って……」
「もちろんさ! 楽しいに決まってるじゃないか。星と回れるんだよ? これが楽しくないはずがない!」
そう話すアベンチュリンの声は弾んでいた。杞憂だったようだ。
すると、アベンチュリンは星をぎゅっと抱き寄せ、ダンスをするようにくるくると回り始める。星も自然と笑みを零していた。
「中学の時からずっと君と回りたいと思ってたからね………」
「ん? 今何か言った?」
「ううん、何も」
アベンチュリンが満足したのかダンスを終えると、星は可愛い彼と手を繋ぎ直し、賑わう学園を歩いていく。
出会った頃から彼は楽しそうだった。自分に向ける瞳はいつも輝いていた。
だが、出会うまではどうだったのだろうか————そんな疑問がふと浮かぶ。
思えば、昔のアベンチュリンの話を聞かない。たまに家のこと、亡くなってしまった親のことは少しだけ教えてくれるけれど、深くは知らない。
アベンチュリンは次期社長となる大企業の息子———今まで危険な目に遭ったことは一度はあるだろうに、そう言ったことは話してくれない。
今後、彼に危機が訪れる可能性は高い。場合によってはグループ内部から刺客が贈られてくれることだってあるだろう。
傷つくアベンチュリンを見たくない。アベンチュリンは笑って泣いて自由に感情を出していてほしい。自由な彼を見ていたい………だから、私は彼を守る。
アベンチュリンは絶対に傷つけさせない————。