アベンチュリン・タクティックス ルート1 第10話:僕のお嫁さん全員のアピールタイムが終了し、ミスコンクイーン発表へと移り、出場者全員がステージ上に並ぶ。ドレスや可愛いワンピースを身に纏う中、星は1人戦闘服のままでいた。
ウェディングドレスも綺麗でいいと思ったが、不思議と戦闘服の方が落ち着きを感じ、星は戦士の姿のまま登壇。アベンチュリンにも小さく手を振った。また倒れていたが………。
演武は練習通り、いや練習以上にいい仕上がりになっていた。完璧だっただろう。だが、審査員が星と同じように思っているかは分からない。もしかしたら違うかもしれない。
どうか同じであって欲しい。よかったと思っていて欲しい。優勝したい、アベンチュリンと一緒に旅行に行きたい。
星は祈るように両手を握る。することはもう神頼みしか残っていなかった。
神様、お願いします。
全部の運を使ってもいいです。
「では発表します!」
ドラムロールが鳴り、優勝者を探すようにライトが頭上でクルクルと回る。
「第32回ミスクイーンに選ばれたのは———」
どうか私を優勝させてください————。
「A組の星ちゃんです!! おめでとう!!」
パンッと音を立て、青い空に舞う虹色の花吹雪。会場にいる人全員から星へと拍手が贈られる。今まで優勝のために頑張ってきた。
星のお願いは叶った。神様が味方についてくれた。
だが、少しだけ神様にお願いを訂正したい。やっぱり少しだけ運を残しておいて欲しい。全部持っていかれるのはちょっと困る。
「星ちゃんおめでとう!! じゃあ、前クイーンからトロフィー贈呈をお願いしまーす!」
「おめでとうぅ、芦毛ちゃーん♡ 芦毛ちゃんなら優勝できるって信じてたよ~」
「ありがとう」
星はガラスのトロフィーを受け取る。花火は軽々と持っていたのでてっきり軽いと思っていたが、かなり重く、星は受け取った瞬間肘をがくんと落とした。
これでチケットも貰える………アベンチュリンと一緒に旅行に行けるんだ。
だからこそ、嬉しい。
ぎゅっと抱きしめ、満面の笑みを浮かべる星。その瞬間を逃すものかと、写真部や新聞部、一般の報道までが星をパシャリパシャリとカメラに収めていた。
普段であれば、家の事情やヤンキーとのケンカのこともあるため、カメラを避ける星。だが、この瞬間だけではどうでもよくなっていた。
「?」
こつんこつんと響く足音。気づいた星が音がする方を向けば。
「アベンチュリン………?」
アベンチュリンが壇上に上がってきていた。彼の手元にあったのは花束。黄色の福寿草を中心に束ねられた黄色と緑の花束だった。
「星、少し待っててね」
「え?」
優勝すれば、表彰式があってそれで終了……そう聞いていた。だが、アベンチュリンはけいちゃんに近づき、小さく耳打ち。
それに対し、けいちゃんは少し赤く染めあがらもコクコクとこれでもかと激しく頷き、アベンチュリンにマイクを渡した。
そうして、マイクを貰ったアベンチュリンは星の隣に立ち、カメラへと視線を向ける。力強い眼差しと彼の横顔には覚悟を決めたような表情があった。
「少し話を聞いて欲しい。今日ミスクイーンに選ばれた彼女と僕の関係についてだ」
「!?」
「恐らく学園の子は知っているとは思うけれど、知らない人たちへ話しておくよ。僕は彼女と真剣にお付き合いをさせてもらっている」
すると、アベンチュリンは星の手を取り、ぎゅっと握りしめる。彼女の瞳を見つめニコリと笑みを浮かべると、観客席の方へと向き直った。
「だから、ここで宣言させてもらおう。彼女は僕のお嫁さんだ。一切手を出させはしないし、僕も他の人と婚約する気はさらさらないから」
「〜〜〜〜っ!?!?」
突然何を言ってるのだろうか。
確かに付き合ってるのは隠していないし、いつかは結婚する気ではいた。
で、でも………??
こんな人がいるところで話すことではない気がする、よ……?
「中には彼女を認めない、という人もいるみたいだけど………何度も言うよ。僕は彼女以外の人と結婚するつもりはない」
視線の先にアベンチュリンとよく練習していたあの少女。キッと星を睨みつけた。
「会長さんはぁ、星さんと婚約される予定ってことなのかな~?」
「ああ、そうだよ」
「~~~っっ!!」
花火の質問に、迷いなく即答するアベンチュリン。突然の結婚宣言に、ぐるぐると視界が回る。
これは現実か?
それとも優勝した嬉しさでおかしくなって、見ている夢か?
すぅと空気を吸い込み、深く深呼吸をする。落ち着きを取り戻すと、ようやくアベンチュリンの言葉が本気で夢でないのだと受け止めれるようになった。
………確かにいつかは結婚したい。アベンチュリンも結婚を望んでくれているのは嬉しい。
だが、ここで曝露する必要はない。断じてないのに!
アベンチュリンは星の腰に手を回すとぎゅっと抱き寄せ、ちゅっと額にキスを落とす。
「星は僕だけのお姫様だから」
「っ~~~」
その仕草はまるで星は自分のものと示すようなマーキング。あまりの恥ずかしさに、星はアベンチュリンの胸の中で蒸発していった。
★★★★★★★★
文化祭も終え、すっかり紺色に染まった空。グラウンド中央ではキャンプファイヤーの炎が辺りを照らし、回りには男女ペアでダンスを踊っている。
星とアベンチュリンは離れた場所の階段に並んで座り、静かに見守っていた。
「星、僕との結婚は嫌だった?」
「ううん、それは嬉しい。私も同じことを考えていたから。ただみんなに報告するのは恥ずかしい。あと、もう少し後でもいいかなって……」
「ごめん。星に相談する前に話すのは止めておこうかなと思ったけど、どうも変な虫がついて来ているみたいだったから」
「変な虫………」
それがたとえ話なのは分かる。アベンチュリンは次期社長で、眉目秀麗、勉学もスポーツもできてなんでもこなせてしまう。
彼に惹かれてしまう人は多くいるだろう。自分だってその一人だ。しかし、アベンチュリンは現在星の恋人。
他の人に好意を向けられても、迷惑になってしまう。彼にその気がなければの話だが。
「花火先輩から君がミスコンに出ると聞いた時から決めていたんだ。君を僕の生涯のパートナーだとみんなに伝えようって。そうすれば、君に変な虫は近づかない」
虹の瞳は星を真っすぐ映す。独占欲しかないその言葉は本気そのもの。
「他の人なんて考えられないんだ。僕のことを何も知らない令嬢と結婚だなんて嫌だったんだ」
★★★★★★★★
文化祭前のある日、アベンチュリンはカンパニー本部に来ていた。横を見れば、大都市を一望できる景色が広がっている。
相手も忙しいだろうに、なぜわざわざこんなところに呼び出したのだろうか。軽い話ぐらいならオンラインで済むはずだ。
非効率的な呼び出しにアベンチュリンは内心苛立ちながらも、最短で用事を済ませるために、アベンチュリンはぐっと苛立ちを抑え込み、いつものビジネススマイルを作る。
にたぁといやらしい笑みを浮かべる男に対し、胸の中でアベンチュリンは深く溜息をついた。
男はつらつらと媚を売り、汚く歪んだ細い瞳でアベンチュリンを見てくる。この男の視線はアベンチュリンを金と名声の塊にしか思ってないらしい。
まともに見ていないくせに、適当な言葉を並べて、アベンチュリンを褒める。星と過ごすはずだった大切な時間が奪われていく。
「アベンチュリン君、うちの娘はね———」
本題はこれ。男の他にも何度か「うちの娘を……」と言われたことか。それ以上話さないでほしい。聞きたくない。
「うちの子はどうだろう? きっとお似合いだと思うよ」
お似合い? 星以外の人間が自分とお似合いだって?
「そうですか、考えておきますね」
アベンチュリンは偽りの笑みで相手に返す。相手は本当に考えてくれると思っているのだろう非常ににこやかだった。
言葉は社交辞令だった。笑顔は作り物だった。
本当ははっきり言ってやりたかった。「あなたの娘さんと結婚するつもりはない」と。だが、ここではっきり断れば、グループ内で敵を作ってしまう可能性もあった。
きっと相手は自分が父と検討するとでも思っている。するつもりはないし、父に相談したところで彼は「お前の好きなようにしなさい」と言ってくれる。
自分が望んでいるのは、この先星と幸せに暮らしていくこと。
星以外の相手と結婚など嫌に決まっているだろう————?
★★★★★★★★
「————君以外の人と結婚なんてしたくない。星がいいんだ」
自分がいない所で、彼に何があったのかは知らない。でも、その言葉で星はなんとなく察していた。
想像しただけで嫌だ。アベンチュリンと自分ではない誰かと結婚しているところなんて。
彼に触れてほしくないし、キスをしてもいいのは自分だけ。
アベンチュリンは自分だけの恋人であってほしい。
星の中で膨らむ独占欲。気づけば、星はアベンチュリンをぎゅっと抱きしめていた。
「星……?」
「アベンチュリンは私のものだから」
照れながらも星はちらりと見上げ、アベンチュリンの顔を見る。彼は蕩けた瞳で星をじっと見つめ、頬に手を沿わせる。彼の熱がじんわりと彼女の肌に広がった。
アベンチュリンの手つきは温かく永遠に触れていて欲しいほど、星は好きだった。
「どうしたんだい、急に」
「アベンチュリンにどんなお見合い話が来ても、全部追い払うから。そういう話がきたら、すぐに私を呼んで」
「へぇ……知ってたんだ?」
「ううん、今の話で何となく察しただけ」
「そっか」
アベンチュリンは星を抱き寄せ、彼女の頭に顎を乗せる。ちゅっとキスを落とした。
「じゃあ、僕からも少しだけお願い……一番最初に相談するのは僕にしてほしいな。どうか花火の所は一番最後にしてほしい」
「うーん、内容によるかも」
「え」
「嘘だよ。一番始めはアベンチュリンに相談する。でも、今回はね、どうしてもアベンチュリンに相談できなかったんだ」
星はポケットに忍ばせていた2枚のチケットを取り出し、一枚アベンチュリンに渡す。そこには『ハワイ旅行券』と書かれていた。
「はい、アベンチュリンにサプライズプレゼント」
「………」
「今回はこれのために頑張ったんだ。アベンチュリンと旅行に行ってみたかった」
2人でもっと楽しい場所へ、心躍る場所へ行ってみたい。その感情を共有してみたい。そう思い、星はこれまでの羞恥の練習、花火からの悪戯に耐えてきた。
「受け取ってくれる……?」
どうかアベンチュリンに受け取ってほしい。
もしアベンチュリンが受け取らないのなら、この2枚のチケットは他の人に上げる。星の弟には彼女がいるらしいので、彼に渡すつもりだった。
星々の煌めきをかき集めたようなアンバーの瞳。遠くで燃えている焚火の炎が移っていた。
「わっ」
「もちろん……もちろんだよ………っ」
「え、もしかして泣いてる?」
「うん」
泣くほど嬉しかったらしい。彼のたくましい腕は星をきつく抱きしめて離さない。
彼は感激していた。嬉しくってたまらなかった。お弁当を作ってくれたり、こうして旅行に行きたいと言ってくれたり……星から自分へ何かしてくれる、それだけでアベンチュリンは気持ちが昂っていた。
「一緒に踊ろうっか、星」
そうアベンチュリンが誘うと、星の瞳にハイライトがくるりと回り、きらりと輝く。どうやら踊りたかったようだ。
それもそう。辺りを見渡せば、踊っていないカップルはいない。遠くに見えた男女は見つめ合い楽し気に踊っていた。
星が自分に恋人ような行為を求めてくれる。それを思うと、彼の頬はほんのりと赤く染まり、柔和な笑みを浮かべていた。
アベンチュリンは星の前に膝真づくと、右手を差し出す。黄金の髪が炎の灯りを受けて、煌々とした橙に染められていた。
「僕と踊ってくれるかい?」
迷いはない。ずっと望んでいたことだ。星は手を伸ばしそっと触れた。
「もちろん」
焚火の近くで2人は見つめ合い、くるくると舞う。温かいオレンジの炎が星たちを優しく照らしていた。
強く繋ぎ合う手。この優しいぬくもりを、このときめきを知らない人生だったらどうなっていたのだろう。星にはその未来が考えられなかった。
————よかった。アベンチュリンと出会えて。
2人の視線が熱く絡み合う。星は顔を近づけ、アベンチュリンの唇と優しく奪う。くすぐるようなかわいらしいキスだった。
「せ、星?」
「びっくりした?」
「うん。君って人前でキスするのは嫌がるから……」
普段なら誰も見ない場所でしかしない。でも、今なら誰も見ていないと思った。見ていようとアベンチュリンに触れたかった。
「じゃあ、僕も」
「ちょっ…!!」
アベンチュリンは灰色髪を掬い取り避けると、項にキスを落とす。しかも痕を残すように口づけた。
「ア、アベンチュリン!!! もう!!」
「あははっ!」
声を上げて楽し気に笑うアベンチュリンと、耳の先まで真っ赤にしている星。星はポンポンと決して痛くない強さで、アベンチュリンの胸を叩く。照れて抵抗する彼女もまた可愛いと、アベンチュリンはまた口づけた。
「人前でこういうのするの恥ずかしいから……死んじゃう………」
「じゃあ、また家でたっぷりしてあげるよ」
「むぅ………」
ゆったりとした音楽が流れ、星たちの足元もリズムに揃っていく。2人は互いの足を踏むようなことなく息ぴったり。
「アベンチュリンと……また踊りたい」
星はアベンチュリンとの距離をぐっと詰め、もたれかかるように肩に頭を置く。彼の花の香りに鼻をくすぐられた。いつもの落ち着く香りだった。
「僕もだよ」
煌々と燃える紅の炎に照らされ、橙に染まる2人の男女。
こんな穏やかな時間が永遠に続いてほしい————。
そう願う2人の上に広がる満天の星空。天の川を渡るように、流れ星が煌めていた。