どこまでも青く 星穹列車の少女——星。
彼女は何かと無茶をすることが多い。できそうだと自己判断すれば、即座に突っ込んでしまうし、仲間に危機が及べば、自ら進んで盾になろうとする。
もちろん力は人並み以上はあるが、彼女の身体はそこまで強くはない。か弱い……というわけではないが、少なくとも自分よりは頑丈ではないだろう。
それでも彼女は前に進んでいく。開拓の道を進んでいく。
アベンチュリンはそんな力強い足取りで歩いていく彼女が好きなのだが………時折見せる猪突猛進さに心配になる。恋とは違う意味で目を離せなくなる。
だから、その日も————。
「星゛っ!!」
雷鳴が響く中彼女の名を叫び、アベンチュリンは雨に打たれながら夢中で走る。鈍色の空から降ってくる少女を追いかけ、瓦礫を駆け抜けていく。
少女は気を失っているようで、アベンチュリンの声に反応しない。折角ドラゴンを倒したというのに、最後の最後でこれとは。
灰色の髪をなびかせ、落ちてくる少女——星は目を閉じたまま。自分の声にピクリとも動かない彼女に、アベンチュリンは焦っていた。
今日も彼女は無茶をした。事業を展開しているエリアに、裂界造物となってしまったドラゴンが現れたため、その討伐をアベンチュリン直々に星へ依頼した結果がこれだ。
空を舞うドラゴンは、地上からでは攻撃が届かない。地道に自分のダイスで遠距離から攻撃をしかけ、低空飛行をした時に星に攻撃を入れてもらう………そう考えていたのだが。
『ちょっと行ってくる』
『えっ』
「ちょっとコンビニ寄ってくる」みたいな軽い足取りで星はドラゴンに飛び乗り、背中から攻撃した。当然暴れまわるドラゴン。星は野蛮ながらもしがみつき、猛火を纏う槍で相手のHPを削っていく。
しつこい彼女に、耐えかねたドラゴンは星を背中を乗せたまま、巣であった空の島に逃げ、仲間らしいもう一匹のドラゴンも参戦させる。
島は空高くにあり、地上からではほぼ見えない。アベンチュリンのダイスも届かなくなっていた。
さすがにマズいと感じたアベンチュリン。空へと上がろうと、飛ぶ手段を探していると………。
ガアァルル————ッ!!!!
灰色の空に響く怒号。その声はドラゴンの最期の声だった。
『えっ』
気づけば、星は1人でドラゴンを倒していた。さすがは星々を駆けまわっている開拓者。アベンチュリンの想い人はドラゴン2匹ぐらいで負けることはない。紛れもない強者。
『星っ!?』
だが、相打ちだったのか、最後の力で振り回してきた尻尾に打ち付けられ、星は島から振り落とされた。同時に気絶し、武器も手元から離れていく。
「全く君はっ!!」
こうして、アベンチュリンは星をキャッチするために全力ダッシュしていた。廃虚で戦っていたためか、辺りは瓦礫が多く、地面はコンクリートか岩。
このまま落ちれば、星は無事では済まない。
星の作戦——猪突猛進を作戦というのは無理があるかもしれないが——はあまりにも危険だった。
こんなことになるのなら、自分も星とともにドラゴンに乗っていればよかった。アベンチュリンは1人後悔する。
分かっている………後悔していても彼女は助からない。アベンチュリンは無我夢中で足を動かす。
全力で駆け、瓦礫を飛び越え、時には廃屋を通り抜け、彼女の落下地点へと向かう。体力には自信がありいくらでも走ることはできる。
自分が下敷きになっても星を受け止めるつもりではあるが、それでも不安なのは変わりない。大切な彼女が死ぬなどあってはならない。アベンチュリンは必死だった。
ただの気絶しているだけであればいいが、重症であるのなら、受け止めた後も急がなければならない。すぐに治療を受けなければ、彼女に傷が残るし、最悪の場合は————死だ。
自分が飛べたら星をすぐに助けにいけるのに、とどうしようもない考えがよぎる。
「星っ!!」
そうして、アベンチュリンは星が落ちてくる数秒前に到着。無事彼女を抱きとめた。
「っと!」
何度か背負ったりすることがあったので、星の体重は軽いのは知っている。だが、重力が加わったせいか、想像以上に重みを感じた。
思わずアベンチュリンは落としそうになったが、何とか踏ん張り星を受け止める。
「ふぅー……全く君は随分と無茶をするね」
星の身体を見る限り大きな出血はない。鱗で切れたような擦り傷があるだけで、重症となるような深い傷はなかった。すやすやと眠る星の姿に、アベンチュリンは胸を撫でおろす。
こうして助けなければ、どうなっていたことか。1人の戦闘だったら、どうするつもりだったのだろうかと問い詰めたかった。
ドラゴンは無事討伐できた。これでここに用事はないし、雨で服も濡れた。大きな怪我ないとはいえ、このまま外にいれば、星が風邪を引いてしまう。急いで帰れなければ。
そうして、アベンチュリンが歩き出そうとした瞬間、にやりと彼女の口角が上がる。
「星………?」
「ふふっ」
笑っている………?
すると、星はそっと瞼をあけ、煌めく琥珀の瞳でアベンチュリンを見つめ返す。戦闘のせいだろう……頬にはほこりがつき、ボロボロだったが、微笑む星は輝いていた。
「星、起きてたの?」
「うん」
「………君、なぜ受け身を取ろうとしなかったんだい?」
「アベンチュリンにキャッチしてもらえると思ったから」
「………え」
「あんたを信頼して、何もしなくても受け止めてもらえるだろうと思って、空を飛んでた」
「飛んでたって………」
まんまと騙された。信頼していたと言われ嬉しい反面、星の危機感の無さに呆れてしまい、深い溜息を零す。
そんな試すようなことはしないで欲しい………自分の命を賭けるなんてことは特に。
毎回自分の命をチップにしているアベンチュリンにとって、その言葉は特大ブーメランなのだが、彼自身がそれを自覚することなどはなく。
「アベンチュリン、ナイスキャッチだね」
ぐっと親指を立てる星。あまりのマイペースな様子に、アベンチュリンは呆れて微笑む。
「ふふっ、『信頼』か………」
星の言葉を小さく反芻するアベンチュリン。
彼にとって、信頼、信用という言葉は馴染みがない。自分から「信用してくれ」などとは言うが、相手から信頼されるなんてことは数えるくらいしかない。その信頼もビジネスでしかない。
相手を利用することが多いアベンチュリンは、心の底から好かれることはないことぐらい分かっている。騙し、利用し、勝つ。それが自分。金が絡まない信頼など論外。
でも、そんな自分に、星は自分の命を預けた………。
奥底から湧き上がる嬉しさ。星を抱える手に力が入り、アベンチュリンは彼女の身体を抱き寄せ、星の額に自分の額を当てる。
「アベンチュリン……?」
「星、もう無茶はしないで。いい?」
「……分かった?」
「それ絶対分かってないね……」
「分かってる……よ?」
アベンチュリンのお願いに、きょとんとしながらも返答する星。無垢に見つめてくれるのは可愛いが、この顔は確実に分かっていない。
アベンチュリンは微笑みつつさらに溜息を零していた。彼女に期待するのは止めた方がよさそうだ。
もし、次彼女が無茶をするようなことがあれば、その前に自分が先回りして、星の猪突猛進を防げばいい。
本音を言えば、戦闘に出るのを止めてほしい……が、それを彼女に強要するのは違うだろう。
星は自身の選択で戦場に立っている。彼女の意思は否定したくないし、開拓の道を突き進んでほしい。
彼女が戦っている姿は好きだ、前に進み続ける彼女を見守っていたい。でも、傷ついてほしくないし、当然死んでも欲しくはない。
だから、この先自分が隣に立っていよう————彼女を守れるように。
「星、今日は何が食べたい?」
「えっ、奢ってもらえるの?」
「今日は頑張ったからね。お店で食べてもいいけれど、僕の家で食べないかい?」
「へぇ……行ってもいいんだ?」
「ああ、君を信頼してるからね」
そう言うと、星の口元は柔らかく弧を描く。
「ありがとう」
「えっ?」
なぜ「ありがとう」なのだろうか。アベンチュリンが首を傾げていると、星はさらに笑顔を見せ、アベンチュリンの頭を撫でた。
「アベンチュリンってまともに他人を信用したことないでしょ?」
「………なぜそう思うんだい?」
「よく誤解されて、騙されてそうだから。あんたは信頼できる人間なのに、態度のせいでいつも不審がられる」
「………」
「それに、アベンチュリンは誰も信用なんてしてなさそうだから……だから、私を信頼してくれてありがとう」
彼女の言う通り、信頼されることはないし、今の地位に上がるまで騙されてばかりだった。自分が信頼したところで相手が裏切ることぐらい分かっている。
ならば、最初から期待しなくてもいい。そうも考えるようになってからは、金銭なしで誰かを信頼することは自然となくなり、今に至る。
「………」
月を埋め込んだような穏やかな瞳。そんな眼差しで見られて、信頼してくれることに感謝されて、何も思わないはずがない。
「こちらこそ……僕を信じてくれてありがとう」
琥珀の瞳に映る彼の柔和な笑み。必死に走ってきたのだろう、ファーは黒く汚れている。頬は星と同じようにほこりがついていた。星は手を伸ばし、アベンチュリンの頬の汚れをぬぐう。
彼は優しい………星はそれをよく知っている。
必死に走って星を受け止めて、その上心配してくれるなど優しくないはずがない。いい人だ。
きっと彼のいる世界が悪かったのだろう。星は彼の出自をやんわりを聞いたことがあるが、同じ世界とは思えないほど酷いものだった。
現在スターピースカンパニーに所属する彼だが、その中でも派閥があり、騙し合いがはびこっている。
そんな環境にいれば、誰かを信じられなくなるのも無理はない。金が絡まずに信頼などできないだろう。
ならば、せめてアベンチュリンには星という1人の人間を信用してもらおうではないか。
自分は絶対に裏切らない。たとえ世界が信じられなくとも、自分だけは信じられる——そう思ってもらえるように、星は真っすぐで無限の信頼をアベンチュリンにぶつけていく。
「ねぇ、アベンチュリン」
「なんだい?」
「さっきのご飯の話だけど、ハンバーグが食べたい」
「いいね。チーズ入りとかはどうかな?」
「食べたい。4個作って」
「ふふっ、かしこまりました」
アベンチュリンは可愛いお姫様を抱きかかえ、家へと歩いていく。
柔らかな風が吹き雲を吹き飛ばし、澄み渡っていく青空。その空はどこまでも遠く隔てるものは何もない、手を伸ばしたくなるような綺麗な青。
その下を歩いていく2人の道はどこまでも輝いていた。