完璧彼氏と出し抜きたい彼女(sgdz♀) 四月二十日。この日はちょうど、志賀と私の誕生日の真ん中の日。真ん中バースデー、と言うことで、記念にデートをと約束していた。花畑を見に行こうとか、限定のパフェを食べようとか色々考えながら、着ていく服を用意して、眠りについた。
のだが。
朝。起きた途端の鈍いお腹の痛み。トイレに入って絶望した。部屋に戻って、ベッドにもぐる。このまま起きて、パジャマから着替えて、朝ご飯を食べるという気は、起きなかった。
なぜ今日なのかと自分を恨みながら、泣く泣く志賀にデートをキャンセルしたいと、メッセージを送った。デートに着ていこうときれいに畳んであった淡い黄緑色のニットが、ベッド脇にむなしく置かれていた。
間髪入れず、既読が付き。一分もたたずに志賀からの、キャンセル了承と私へのいたわりの返信が届いた。いつものことだが、完璧過ぎるその言葉たちに、腹が立って、悔しくて、泣きながらスマホを投げ捨てた。
ベッドの上に伏せられたスマホから、くぐもったメッセージの着信音が再び聞こえる。渋々スマホを見ると、志賀からのメッセージがもう一通。
「それで? 今日はオレに甘やかしてもらいたい? それとも放っておいてほしい?」
情緒不安定なこんな状態で会っても、きっと志賀への恨み言しか出てこない。私はすぐ、ほっといてと返した。わかったと志賀から一言だけ返ってきた。一言だけかよと、いきどおってスマホをベッドに投げたが、自分が放っておいてと言ったのだ。志賀は悪くない。解ってはいるが、イライラする。
お腹をかかえて、ベッドの中で丸くなる。鈍痛がつらくて、うめいた。薬を飲もうにも、ここにはない。取りに行こうにも、起き上がることが、億劫。誰かに薬を持ってきてもらおうと、スマホをもう一度手に取った。親友たちの顔が思い浮かんだが、余計な心配と言うか、過剰な心配をされそうで。申し訳なくて、泣きそうになった。それに何よりこのいらだちをぶつけたくない。やっぱり事情を知っている志賀かと、メッセージ画面を開いた。放っておいてと言った手前言いづらいが、仕方がない。鎮痛剤だけ持ってきて欲しいと、メッセージを送った。やはり、すぐ既読が付いて、買ってくるから、三十分だけ待っててと返ってきた。わざわざ買ってなくても、森先生に言えばもらえるのにと思ったが、まあいい。三十分だけ腹痛を我慢して、志賀を待つことにした。
三十分程たった後、コンコンとドアの音が聞こえた。志賀が名乗りながら、叩いている。ベッドから返事はしたが、お腹に力が入らず、志賀にまで届かないようだった。勝手に入るぞと言って、鍵を開けて入ってきた。
「大丈夫か?」
「だいじょばない」
そうだよなと、志賀が苦笑いをした。
「鎮痛剤だけって言われたけど、色々買ってきた。薬飲むなら、お腹に何か入れたほうがいいかと思って、ゼリーとか」
持っていたビニール袋から、ゼリーを取り出して、私に見せた。コンビニに行ったらなるべく買うようにしている、フルーツがたっぷりと入った、私の好きなゼリー。志賀に買ってもらったことはなかったと思うけど、食堂で私が食べているのを見たのだろう。志賀は解っている。完璧なカレシだ。腹が立つ。泣きそう。
「コレ、どこに置いとく?」
ベッド脇を指した。志賀は、今日のデートで着ていく予定だった黄緑色のニットの隣に、コンビニの袋を置いた。私は、ありがとと言った。
「もう一回だけ聞く」
志賀がかがんで、布団から目だけを出していた私と視線を合わせる。
「オレに甘やかしてもらいたい? それとも放っておいてほしい?」
何なのだろう。さっき放っておいてとメッセージを送ったと言うのに。志賀は私を甘やかしたいのだろうか。そんなことを考えていたら、眉根が寄ってしまったのだろう、志賀が、放っておいて欲しいんだよな、ゴメンと謝って、立ちあがろうとした。私はとっさに志賀の首に巻いてあるストールを握ってしまった。志賀から、グッと低い声がもれた。
「甘やかすって、何してくれるの?」
志賀が不敵に笑んだ。甘やかしてほしいんじゃない。単純に疑問に思っただけだ。
「太宰がしてほしいこと、何でもするよ」
正直、志賀が来てくれて安心している。この腹痛が一生治らないんじゃないかと、不安だった。それが志賀が部屋に来てくれて、やわらいだ気がする。ただ、部屋にいてくれるだけでいい。
「嫌なこと言っちゃうかも」
「いいよ」
体調が悪いせいで、情緒が不安定だ。いつも以上に嫌味を言ってしまうかも知れない。泣き出すかも知れない。
「じゃあ、ゼリー食べさせて?」
ただの口実。一緒にいてくれるだけで、いい。
「いいよ」
ふわりと笑んだ。
起きられるかと、私を支えながら起こし、ベッドの端に座らせた。鏡台の前に置いてあったシュシュを取って、私の乱れていた髪を手ぐしでとかして、結わいた。料理以外は不器用な志賀が結わいた髪は、まとまっているだけでぐちゃぐちゃだったが、直す気力など今の私にはない。スープとか温かいものが良かったかと聞かれたが、私はゼリーがいいと、首を横に振った。
ビニール袋からゼリーとスプーンを取り出し、私の隣に腰掛ける。ピリとふたを開け、ゼリーをスプーンですくって、私の口元へと持ってきた。
「あーん」
正直、恥ずかしい。子どもではないのだから、一人で食べられる。が、食べさせてと言ったのは、自分だ。志賀が微笑みながら、食べないのかと、スプーンを動かす。私は諦めて、志賀から差し出されるゼリーをほおばった。甘過ぎず、さっぱりとしていて、やっぱりおいしい。志賀に食べさせてもらったゼリーは、いつもより上品な味がする。ような気がする。
「うまいか?」
私は飲み込みながら、うなずいた。
「フルーツ、何食べたい?」
「さくらんぼ」
ゼリーごとすくってくれたさくらんぼ。甘酸っぱくて、みずみずしい。私の好きな果実。種は取り出してあるんだよと志賀に言ったら、関心していた。
お腹もすいていたし、おいしいからと、志賀にも食べてもらっていたりしたら、あっと言う間になくなってしまった。あからさまにしょんぼりしたら、志賀が笑っていた。
志賀が鎮痛剤の箱をながめている。ふたを開けて、薬を取り出し、私に手渡した。
「二錠だって」
先ほどのコンビニの袋から、水の入ったペットボトルを私に差し出した。
「飲ませてくれないの?」
「口移しでか? 別にいいぞ」
私は冗談で言ったつもりだったが、志賀がキャップを外しながら真面目に返すものだから、私は慌ててペットボトルを奪い取って、薬を飲んだ。水がちょっとこぼれた。
「寝ようかな」
わかったと、立ちあがろうとする志賀のストールを、私は再度つかんだ。志賀が咳き込んだ。
「膝枕して欲しい」
志賀が目を見開いて、ふっと笑った。靴をおもむろに脱ぎベッドの上に座って、膝をポンポンと叩く。私は、志賀の膝に頭を乗せて、上向きに寝転がった。志賀と目が合う。頭をなでてくれたが、志賀の顔を見ているのが恥ずかしくて、私は外側を向いた。
「なでてくれるなら、腰がいいかなぁ」
志賀が、優しく腰をさすってくれた。しばらくさすっていたが、何かを思い出したのか、ピタリと動きを止める。そうきえばカイロ買ってきたんだと、コンビニの袋に手を伸ばしたが、私が膝に乗っているので届かない。仕方ないので、私がビニール袋ごと取ってあげた。貼るか聞かれたので、私は貼ってとお願いした。カイロの包装を開けて、パジャマの上から腰に貼る。じんわりと温まっていく腰に、お腹の痛みがやわらいでいくのを感じた。
コンビニの袋が枕元にきて、今日着ようと思っていた淡い黄緑色のニットが見えるようになった。
「緑のニット、着て出掛けたかったな」
「太宰、緑好きだよな」
私はチラと、志賀を見る。志賀が、また私の頭をなで始めた。志賀の好きな色だと言うのに、こういうことには気付かない。鈍感。私は小さくため息をこぼした。
「真ん中バースデーだよ? 数少ない二人の記念日だよ? 好きな服着て、ちょっと特別、したいじゃない」
ネモフィラ見たかったとか、限定の抹茶あんみつパフェ食べたかったとか、すねる私に、志賀は肯定と共感をしながら、前髪をすくようになでる。慈悲深く、心底幸せそうに。そんな志賀を見ていたら、モヤモヤしかけていた心が、スッと晴れていった。
「志賀、楽しそうだね」
「ふふ」
私に結わかれていたシュシュを外す。手ぐしで髪をとかして、三つ編みのようなものを作って、再びシュシュで結わいた。やはり、お世辞にもきれいとは言いがたいが、志賀は満足そうだった。
「太宰に甘えてもらって、嬉しいんだよ」
私は目をしばたたかせて、志賀に振り返った。
「太宰、こんなときじゃないと甘えてくれないじゃん? 今日のオレの、ちょっと特別」
体調悪い太宰からしてみたら、全然特別じゃないだろうけどと謝った。私は首を振った。
「だから、放っておいてって言われたとき、ちょっとショックだった。真ん中バースデーの記念日、太宰絶対オレといたいって思ってたから。ちょっとうぬぼれてた」
そう言って、苦笑した。ああ、だから志賀は甘やかして欲しいかと何度も聞いてきたのか。口実。一緒にいたかったのだ。私と同じじゃないか。志賀と一緒にいられて、志賀に甘やかしてもらった今日のこの腹痛は、私にとっても、ちょっと特別になった。
私は嬉しくなって、起き上がって、志賀を抱きしめた。志賀も私の頭をなでるように、抱きしめてくれた。
ネモフィラと抹茶あんみつパフェは、来週あたりに行こうと約束した。もちろん、あの淡い黄緑色のニットを着て。今日の出来事は、来年の真ん中バースデーには笑い話になるねと、二人で笑った。