冬ごもり終了のお知らせ「おいこら一文字則宗! 畑当番!」
スパンと勢いよく襖を開けた加州清光は声を荒げた。
「やあ坊主。威勢がいいな」
怒鳴られてもびくともしない一文字則宗はまるで高みの見物でもしているかのように呑気に笑うが、高みどころか他人事でもない。正真正銘、畑当番の当事者である。
「炬燵でぬくぬくしてる場合? 内番すっぽかさないでよ」
「坊主も入るか?」
「入るわけないでしょーが。まったく、獅子王も南泉もとっくに集合して働いてんのにさー」
「うはは。隠居のじじぃだ、大目に見てもらおう」
「獅子王の方があんたより年上じゃん……」
はあ、と加州はため息をついた。
この手のやり取りはしょっちゅうしている。もともと内番をすっぽかすじじい連中を連行する係に任命されがちだった加州だが、一文字則宗が来てから明らかに仕事量が増えた。
今日だって加州は別に畑当番ではないのに駆り出されている。対じじいスキルに定評があるとか言って。
「ほら、とっとと支度して」
「と言われてもなぁ、外は寒すぎて体が動かん。炬燵でもないとまともに生きられないぞ」
あ~寒い、とこれ見よがしに半纏を着た背を丸める。
「……あのさあ、」
呆れた加州は襖を完全に開け放った。冬の冷えた空気が部屋に入り込ん——では、こない。
「言うほど寒くないよ、今日」
いくらか温んだ空気、心做しかキラキラ光っているようにも見える常緑樹。ついこの間までは肌を刺すような冷たさだったはずだが、確かに今日はさほどでもない。
むしろ室内の方が、陽光の当たらない分寒いとも言えそうだ。
「……春か」
「春だよ。もうそろそろ活動再開して」
はああ、と則宗は大袈裟に息を吐き出した。
「やれやれ。こりゃ新しいサボりの口実を見つけないとなぁ」
「は? 俺の仕事を減らしてくれるって発想は無いわけ?」
「無いな」
「ひっど……クソジジイじゃん……」
すっかり聞き慣れた暴言を「うはは」と軽快に笑って流す。
「まぁ、あの手この手で僕を引っ張ってくれ。お前さんならできるだろう」
「勝手に期待かけんな! ほら早く畑行ってよね」
めげない加州にせっつかれ、ようやく重い腰を上げた。
面倒見のいいこの少年は、きっとどんな逃げ方をしても捕まえに来るだろう。物怖じしないで、一部の刀にはハラハラさせながら。
そんな春なら悪くない。さて次はどう揶揄ってやろうか、と画策しながら歩く一文字則宗の足取りは、畑に向かうにしては軽快だった。