お安い御用 買い出しに出掛けた帰り道、可愛らしい小間物屋の前で足を止めていたから、てっきり欲しいものでもあるのかと思ったのだ。
だが加州清光がそれらを眺める眼差しは、どこか憂いを帯びていた。
何か買ってやろうかと一文字則宗が声を掛けるより早く加州は再び歩き出し、則宗はそれを黙って見送った。
こまごました装飾品を好んで身に付ける彼と店先での様子がうまく結びつかず、帰城後に審神者に訊いてみた。審神者曰く、加州はあまり店というものに良い思い出は無いらしい、と。嫌いではなさそうとのことだが。
それとなく濁されたが、どうやらただの刀であった頃の記憶が関係しているらしかった。
(昔のことは、僕にはどうにもできないが……)
それでなくとも気にしいで、頑固なところのある少年だ。ちょっとやそっとじゃ覆るまい。
——それでも。
あんな寂しげな顔は、あまり見たいものではない。
また買い出しを命じられたある日。
必要な品物をてきぱきと買い揃え、あとは帰るだけという頃に、
「おーい坊主。こっちだ、こっち」
則宗は加州を呼び寄せた。
「何? 道草くってないで早く帰ろうよ」
加州は文句を言いながらも、則宗の手招きに応えて近寄る。
「坊主はどれが好きだ? 今なら買ってやらんこともないぞ」
則宗はニッコリと笑った。
ほら、と手で示したのは駄菓子屋。
子どもの小遣いでも買えるような小さな菓子が所狭しと並んでいる。悪く言えば安っぽい——だがどこかワクワクするような憎めなさを持つそれら。
「子ども扱いされてんの? 俺」
「坊主とじじぃだろう。このくらい道理ってもんだ。さあ、僕の気が変わらないうちに選べ」
「……じゃあ、」
不機嫌そうな表情をしながらも、加州は陳列された菓子に目を遣った。
噛むと冷たく感じるガム、つまめるほどに小さいヨーグルト。どこか親しみやすい人間のような名前のついた菓子がやたらと多いのは何故だろう。
目移りしている則宗をよそに、加州は店内を見渡して端の棚に歩いていき、振り向いた。
「これがいい」
「ほう?」
則宗が覗き込む。加州が指さしたのはカステラが串に刺さったものだった。砂糖がまぶされた薄いカステラが一本の串に五つほど連なっている。
「これ、おつかいに来た時じゃないとなかなか食べられないんだ。美味しいけど持ち帰りには不便だから」
「なるほどなぁ。では僕も頂こう」
財布を取り出した則宗は「やあご婦人」と店主に声を掛けた。
「ここからここまで、全部二つずつ欲しいんだが」
「は!?」
加州は素っ頓狂な声を上げた。楽しげに笑った則宗は店主から大きめのカゴを受け取り、菓子をぽいぽいと放り込んでいく。
「ちょっと、本気?」
「至って真面目だぞ。ほら、坊主も手伝え。あちらの端からな」
「そんなこと言われてもさぁ」
「坊主がやらんなら僕がやるだけだぞ」
たちまちカゴはいっぱいになり、駄菓子の詰め合わせが二袋ぶん誕生した。
「青い方の坊主と食べるといい。この手の菓子は好きだろう」
「それはそうだけど、……いいの? こんなにたくさん」
「なんだ、気を遣ってくれているのか? 少しくらいじじぃに格好つけさせてくれ」
愉快そうに則宗は笑う。詰め合わせとは別にしてもらった串カステラを加州に手渡し、自らも一口食べてみた。
「ほう、これはいいな」
味に捻りはないが美味い。加州が一口目を口に入れて表情を明るくしたのを確認しつつ則宗は食べ進め、串が喉を突きそうになったところで横からかぶりついたが、
「……ふっ」
不意に聞こえた息の漏れる音に、顔ごとそちらを向いた。
加州が頬を緩ませて笑っている。
「口の周り砂糖だらけじゃん」
「おっ? ……おお、本当だ」
指で拭ってみると砂糖がジャリジャリと付着した。それをそのまま口に入れる。
「全然かっこついてないんですけどー?」
「いやぁ参ったな。まぁそういうこともあるだろう」
うははは、とまた声を上げて笑った則宗につられるようにして、加州もクスクスと笑った。小さな花が咲くような心地がする。
「お前さんは笑っている方がいいな」……とは、言ったら臍を曲げられてしまいそうだからやめておいた。
「久しぶりに食べたな。ありがと、じじぃ」
「なんのなんの」
こんなことで笑わせられるならいくらでも。
カステラの最後の一口は、食べ始めよりもずっと美味しかった。