いつも祝福の外側にいるビマさんの話。 花びらが降り注ぐ。
白、薄紅、黄色に真紅。それは色とりどりに尽きることなく紫の髪を彩った。
陽が落ちた夜に楽隊が華やかな音楽を奏でている。たおやかな女達が声を響かせて歌う。
そこは祝福に満ちていた。
◆
祝福の言葉に着飾ったドゥリーヨダナは鷹揚に頷いた。奴が花嫁を連れて進むと女達が色とりどりの花びらを振りまく。
一ヶ月ほど続いた結婚式も今日の夜が本番だ。広い宮殿に集められた楽隊が音楽を鳴らし女達が声を重ねて祝いでいる。どれほど声をかけてまわったのか、数えきれないほどの人々がそこかしこで談笑していた。
別室に溢れんばかりに並べられている料理を無視して、俺は人々に囲まれて兄からの挨拶を受けるドゥリーヨダナを眺めていた。
纏められた紫の髪には蛇の装飾が施された金の冠が乗せられている。その中央に嵌め込まれた深い色のラピスラズリはドゥリーヨダナの目の色と良く似合っていた。耳飾りや指輪や腕輪は冠と意匠を揃えられ、服には金糸や鮮やかな色で祝いの紋様が刺繍されていた。
輝くようなドゥリーヨダナが隣の花嫁に手を差し伸べる。
その女は父親が選んだのではなく、ドゥリーヨダナ自身が願って連れてきたらしい。
格別美しいとは思えない顔をあげて女が口を開いた。
「その手を取るには条件があります」
「言ってみるがいい」
兄の、──政敵の前での発言にドゥリーヨダナはおもしろそうに笑った。女はドゥリーヨダナに顔を向ける。
「私の他には妻を娶らないでください」
「いいぞ」
あっさりと答えたドゥリーヨダナにその場にいた人々から驚愕の声があがる。
この女はドゥリーヨダナの初めての妻だ。彼女以外を娶らないということはそれ以上妻が増えない。つまり後を継ぐ子供の数が制限されると言うことだ。
俺は人々をかき分けてドゥリーヨダナに詰め寄った。
「おまえ、どういうつもりだ!」
礼儀に欠けた行動にドゥリーヨダナが呆れたように眉をあげる。
「ビーマ。おまえなぁ。──まあよい。祝いの席だ」
薄紫の瞳が楽しい遊びでもしているかのように細められる。
「今度、わし様はお前たちに家を贈るだろう?これから我々従兄弟同士は仲良くするのだから、子供はそれほど必要ではない。違うか?」
ドゥリーヨダナの言葉に争いを嫌う兄が表情を緩める。
反対に俺の顔は強張った。
従兄弟同士仲良くするということは、俺はずっとひとりの妻を愛し続けるドゥリーヨダナを見なければならないということだ。
俺は花嫁を見た。女はドゥリーヨダナを見ていた。──その顔が勝ち誇っていたなら、俺はまだ諦められただろうに。女の横顔には戸惑いが浮かんでいた。
──どうしてこんな我が儘が許されるのだろうか、と。
ドゥリーヨダナの所に来て一ヶ月程の女には分からないのだろう。
この男がどれほど身内に甘いのか。そしてその身内とそれ以外を分ける壁がどれほど分厚いのかを。
俺には入れない見えない壁の向こうで再びドゥリーヨダナが手を差し出す。条件を受け入れられた花嫁はその価値も分からず花婿の手を取った。
盛大に花びらが振りまかれる。
祝福の外側で俺は足元に散らばる花の残骸を踏みにじった。
◆
あの時と同じように花の残骸が散らばっている。
違うのは掃き清められた床ではなく、散らばっているのが俺の背後で倒れているドゥリーヨダナの血で汚れた地面だということだ。
返り血で真っ赤に染まった足を眺めていた俺は顔をあげた。
花びらはまだ降り注いでいる。天上からの音楽はまだ奏でられている。祝福の歌声はまだ響いている。
その外側。
初恋を踏みにじった俺はもう終わっていた。