再会 辺りが薄暗くなってきた頃、晶の涙はようやく止まった。涸れた、と言った方が正しいかもしれない。
水浸しになったブーツの中は悲惨なことになっていて、冷え切った足の指先の感覚は全くない。真っ赤にかじかんだ手には力が入らず、涙を拭いすぎた瞼はひりひりと痛む。芯まで冷えた体はもうずっと震えたままだ。
今の自分の状態が、晶はだんだんおかしくなってきていた。
(ほんと、なにしてるんだろうなぁ)
はは、と掠れた息で笑って、ふらふらと立ち上がった。肩からずり落ちかけていたリュックを背負い直し、泣きすぎてひどい顔をファーのついたフードを目深にかぶって隠す。
「……このあと、どうしよう」
無計画にここまで来たから、帰りの飛行機のチケットもホテルの予約ももちろん取っていない。
(この状態で飛行機に乗るのはちょっとな……。だとすると、ビジネスホテルにでも泊まるしかないか)
一歩踏み出すごとにぐちょりと不快な感触が襲うブーツであちこち歩き回りたくはない。
空港から海岸部のこの地域までバスに揺られている中でそれらしい建物があっただろうか。曖昧な記憶を手繰り寄せながら近場のホテルを調べようとコートのポケットからスマートフォンを取り出した。しかし、
「嘘、電池切れてる……」
画面は真っ暗なまま、うんともすんとも言わなかった。この寒さで普段よりも電池の消耗が激しかったらしい。
どうしよう、と心の中で呟いた言葉が晶の不安を一気に煽った。
どうやってホテルを探そう?そもそも持ち合わせはいくらあったっけ?そういえばご飯を最後に食べたのはいつだっだ?
怒涛のように押し寄せる不安に、さぁっと血が引いていく。足元がおぼつかなくなって、晶はその場にへたり込んでしまった。
こんなところで座り込んでいるわけにはいかないと分かっているのに、体が全くいうことを聞かない。頭ががんがんと痛くて、体を起こしていることすら辛く感じられる。
(誰かに、助けを……)
そう思ったまさにその時、さくさくと雪を踏みしめる誰かの足音が耳に届いた。俯けていた頭を何とか少しだけ持ち上げると、目深にかぶったフードの向こうに誰かの靴先がちらりと見える。
「きみ、大丈夫?」
晶に気付いた通行人が慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。掛けられた声がこの世界にいるはずのない人のもののように聞こえたけれど、きっと気のせいだろう。
人が来てくれたという安心感からか、晶の体からふっと力が抜ける。前のめりに倒れかけたところをギリギリのところで抱きとめられた。
「連れはいない?ひとり?」
「……は、い」
こんなに声が似ている別人がいるんだな、なんて思いながら、地面に腕を突っ張って体を起こし、抱きとめてくれた腕から距離を取る。
「すみません、ありが……」
とにかくお礼を、と顔を上げたところで晶は声を失った。曇り空の虹彩に輝く明るい緑色の瞳孔が、そこにはあった。
「な、んで」
この世界にいるはずのない、フィガロによく似たその人は、晶の顔を見て零れ落ちそうなほど目を見開いて硬直している。
「フィガロ、なんですか?」
訊ねる声が震えた。晶の問いかけに、フィガロは泣きそうな顔で笑って頷きを返してくれる。
「……うん、そうだよ。賢者様」
数か月ぶりに呼ばれたあの世界での肩書きに、涸れたはずの涙が右の瞳からぽろりとひと粒零れ落ちる。
「探したよ。ずっと、探してたんだ」
長く白い指が右の頬に残る涙の痕をそっと拭ってくれる。
「フィガロ、どうやってこっちに?」
「それは後で話すよ。とにかくどこかで休まなきゃ。ひどい顔してる自覚ある?」
「見苦しい泣き顔で、恥ずかしい限りです……」
「違うよ、顔が真っ青だ」
腕を支えられて晶はなんとかその場に立ち上がった。コートの上から労わるように肩を撫でられて、頭痛が少し和らいだ気がした。
「俺の車が近くにある。ひとまずそこで体を温めよう」
「はい。――フィガロ」
「なぁに?」
「また会えて、嬉しいです」
甘えるように少しだけフィガロの方へ体を寄せると、肩に回った腕がぎゅっと抱きしめてくれる。
「俺もだよ、賢者様。――ううん、晶」
■とてもどうでもいい設定
なにかしらの方法を使いフィガロは晶の世界に転生
※まほ世界と現代の時間の流れは同じではなく、晶が生まれる前に転生したフィガロは現代に生まれている
↓
晶が現代に戻ってきたのと同じ時期に転生前の記憶が蘇る
晶の捜索を開始
↓
自分の身近で全く見つからず
遠方で探してみようと北の国を思わせる雪国を訪れあちこちを車で回る
↓
通りがかった海にマナエリアを思い出し、少し眺めようと車を止めて海岸へ
↓
再会