滴る「っ……!」
数枚重ねて綴じられたプリントの束で指先を切ったような気がしたが、傷は見当たらなかった。鈍く痛みだけを訴える左手薬指、第一関節と爪の間。
一度さすって血は出ていないのを確かめて、手当ての必要はないなと判断を下す。
「オレとしたことが、気をつけねば」
そんなことがあったのを司が忘れた頃。
放課後。
「司くん、いるかい」
類が司のクラスに顔を出す。
約束はしていないが、最早習慣化していた。授業が終わってすぐ現れることもあれば、下校時間が近くなってから姿を見せることもある。
「類! ちょっと見てくれ」
類は何か思いついたのかいとフフと笑う。
司の前の席の椅子を借り、広げたノートを挟んで対面に座った。
ここをこうしたいのだが難しいか?
そうだねぇ。前に使ったあれを応用すれば…
ああしようこうしようと二人合わされば、想像の中にしかなかったものが現実に変換されていく。
「よし、それでいこう」
「僕も思いついたことがあるのだけど」
類が眉を下げてニコニコしている。司の経験上、こういう時はろくなことを思いついていない。
「……今度は何メートルだ?」
「イヤだなぁ、そんな顔で期待されると限界を超えてみたくなるねえ」
「オレにだってNGはあるぞ!?」
「おや、意外だね。スターたる司くんに出来ないことがあるなんて」
「いや出来ないことはないが!」
「そうこなくてはね。期待しているよ司くん」
司はやれやれといった雰囲気を隠さず、ノートを閉じて仕舞おうとする。
「司くん、指」
指? と仕舞いかけたノートを机に置いて、司は自分の手を見る。少し前に紙で切ったかと思った左手の指から血が滲んでいた。
「ああ、紙で切ったようだ。血は出ていなかったから大丈夫だと思ったのだが」
「出血してしまっているよ。紙で切った傷はふさがりにくいからね」
怪我をした手を類に取られる。
「そうか。だから治りが遅いんだな」
二人分の視線が司の左手の薬指に注がれている。
「痛そう」
「そうでもないぞ」
まるで手の甲にキスするかのように、指をすっと類の口元に持っていかれる。
紙で切った司の左手の薬指。
その指は今、類の口内へ。
チュッと音をたてて血液は舐め取られた。
「おっ、おま、おまえ……!!」
「つい」
「つい、で人の指を舐めるヤツがあるか!」
「だって司くんのだし」
「血だぞ?!」
「司くんのだし?」
「オレが何かの病気だったらどうする!」
「ふふ、一蓮托生で結構じゃないか」
「~~~っ!!」
ドサドサと鞄に荷物を放り込んで司は足早に教室を後にする。
「怒ったのかい、司くーん! キミ以外にはしないよ!」
「お前はもう喋るな!!」
司を追いかける類によってピシャリと教室のドアが閉められる。バタバタとした二人分の足音と話し声が、その後しばらく廊下に反響していた。