23時、ワンダーランドのセカイにて『22:40』
なんだかそわそわした様子のベンチに腰掛ける人影がひとつ、夜のワンダーランドのセカイにぽつりと浮かんでいる。昼間の賑やかさは鳴りを潜め、街灯の光と星空だけが明るい。
今日は司の誕生日だ。
昼間はショー仲間や友人たちに目一杯祝われ、帰宅してからは家族が祝ってくれた。咲希には日頃の感謝までされてしまった。自分としては当たり前のことをしているだけだからくすぐったくて、同時に妹の成長も感じて思わず泣いてしまった。咲希にはこのまま健やかであって欲しい。
司は握ったままだったスマホの画面を点灯させる。
『22:43』
誕生日にも関わらず新しい舞台装置の実験台にしてくれた待ち人はまだ現れない。あれのおかげで追いかけてくる教師から逃げ回る羽目にはなったが、なかなか良いものではあった。しかし試すのは今日でなくてはいけなかったのかと思わずにはいられない。
司は腕を組んで眉間にシワを作った。それからまた時間の確認をする。
『22:47』
昼間はそれなりに忙しくしたが、セカイでの誕生日公演はとりわけ楽しかった。いつかはセカイではないステージで自分の誕生日公演をしてみたいものだなと思う。その時も、今日のように皆と一緒であれば幸せだろう。
しかし待ち合わせ時間はまだではあるとは言え、今日の主役を待たせるのは一体どんな了見なのだろうか。
司は腕を組んだまま瞼を閉じる。
――早く来い、類
司の普段の就寝時間は過ぎている。街灯の作る影がこくりこくりと船を漕ぎ始めるのに、そう時間はかからなかった。
『22:55』
類は眠る司を認めて、それから自分のスマホで時間を見た。
緩んだ顔で寝ている待ち合わせ相手におやおやと思わず呟いたが、それくらいでは起きる気配はなかった。本日の主役はお疲れのようだ。まだ待ち合わせの時間にはなっていないし、こんな時間にセカイに来てほしいと無理を言ったのは自分だから起こす気にはなれなかった。
類は静かに寝ている司の隣に座る。
もう少し早く来れば良かったかなと苦笑いすると、その肩にとんと司の頭が寄りかかる。
類はふふと笑みをこぼした。
彼と一緒ならばなんだって楽しかったけれど、こんなに人の誕生日が楽しかったことがあっただろうかと思った。肩へのこの重みも愛おしい。
ポケットから小さな装置を取り出す。
最後に微調整をといじらなければもう少し早く来られただろうが、彼に渡すものだからそこは譲りたくなかった。どんな顔をしてくれるだろうか、楽しみで仕方がない。
類はポケットに装置を仕舞って、代わりにスマホを取り出し時計を表示させる。
『22:58』
直に約束の時刻になる。
それまでは、もう少しこのままで――。