大学の最寄駅から地下鉄に乗って一駅。単身者向けのマンションの三階の一番奥の部屋。
鍵を出そうとしたが、中に人の気配を感じてやめた。そのままドアノブをひねると、予想通りすんなりと回る。そして玄関の扉を開けば、キッチンのある廊下の向こうで、メガネをかけて、デスクに向かっていたあの人がちらりとこちらに視線をくれる。
「また来たのか」
呆れながら言うあの人に、ここからの方が学校が近いのでといつも通りの答えを返す。そうすると、少しだけだろといつも通りにあしらわれた。
ここは僕の下宿先というわけではない。超進化研究所名古屋支部に正式に入所したリュウジさんの一人暮らしをしているマンションだ。もう少し超進化研究所の近くに住めばいいのに、何故か程遠い名古屋の中心部に部屋を借りている。そのおかげで僕は大学帰りに寄ることができているのだ。
「今日はなんて言ってきたんだ?」
「友達と一緒にレポートを書くと言ってきました」
大学に入ってから、僕はリュウジさんの家に入り浸りだった。それをなんとなく家族に、特にナガラに言いづらくて、いつも嘘をついて家を出てくる。サークルがあるだとか、飲み会があるだとか、勉強会だとか、様々な嘘をついてきた。人生でこんなにも嘘をついたのは初めてかもしれない。少し後ろめたさはあるが、それ以上にリュウジさんと一緒にいたかった。
「俺はそんな風に育てた覚えはないぞ」
しかし、リュウジさんはそれをあまりよくは思っていないらしい。だから、ここにくるたびになんて嘘をついてきたのか尋問されるのだ。耳にタコができるくらいに聞いたそのセリフ。いまだに僕たちの関係は、師弟関係から進んでいない。
「今日は出勤日じゃなかったんですか?」
リュウジさんからの小言は聞かなかったことにして、僕は話を続ける。
「超進化研究所で三日ほど篭っていたら、羽島指令長に追い出された」
「研究が楽しいのはわかりますが、程々にしてください」
リュウジさんが正式に超進化研究所の職員になってから、最初に配属されたのが研究部門だった。指導員としてシンカリオンの技術的な知識を学んでいるうちに、興味が出てきたらしい。リュウジさんのお父さんもシンカリオンの開発に携わっていたと聞いている。やはり血は抗えないのだ。
「晩ご飯食べました?」
「そういえばそんな時間だな」
リュウジさんのデスクには、小難しい書類が広がっている。超進化研究所を追い出されても、家で仕事をしていれば意味がない。
「買い出しにいきましょう。どうせ冷蔵庫にろくなもの入ってないですよね?」
「そうだな」
リュウジさんは持っていた書類をデスクに置き、メガネを外す。イスから立ち上がると、壁にかけていたコートに身を包んだ。
「行くか」
財布とスマホをポケットに入れて、リュウジさんは部屋を出る。その後ろを僕は追う。
「今夜は何にしようか?」
「お肉が食べたいです」
二人で買い物に行ったり、ご飯を作ったり、僕はこんな何気ない日常が好きだった。