「あっ、あん……」
母さんから借りたノートパソコンにDVDを入れて、再生ボタンを押して愕然とした。
「んっ、はぁんっ」
画面に映るのは裸の男女。それも男の人が色々道具を使って女の人を責めている。所謂、SMというやつだろう。そっちの方面に疎い俺でもわかる。思いがけず画面に出て来てしまったそれに、どうしていいのかわからなくてあわあわしていると部屋の扉が開く音がした。誰がと咄嗟に振り向けば、兄貴がいた。その顔が驚きに満ちている。
「タ、ツミ……。お前、こんな趣味を持っていたのか……」
こんな趣味とはいったい何かと兄貴の視線を追っていく。そうすれば、いま画面に写っている情事にたどり着く。つまり……。
「ちょ、待って、兄貴待って!違うからっ!誤解だから!」
俺には断じてSM趣味などない。兄貴は誤解している。
「性癖は人それぞれだ。ただ、人様には迷惑をかけるなよ」
「だから、違うんだって!」
何かを悟ったように言う兄貴に向かって、俺は泣きそうになりながらそう叫んでいた。
♢♢♢
「つまり、学校の友達から押し付けられたということか?」
「そう。面白いドラマをDVDに焼いたからあげるって」
それは昨日のことである。クラスメイトからそう言って、数枚のDVDをもらったのだ。オススメの刑事ドラマという話であったが、再生してみればこの有様である。おそらくいたずらされたのだ。俺の話を聞いて、性の乱れだなと兄貴は頭を抱える。だが、頭を抱えたくなるのは俺のほうだ。
「それ、無修正だろ」
「そうみたい」
先程見てしまったDVDは、そういった処理はされていなかった。
「確か、所持していたら捕まるぞ」
「えぇっ!」
「前、ニュースになっていたろ」
兄貴の言葉に、一気に肝が冷えていく。
「こ、これ、どうしよう」
「返えしてこい」
「あげるって押し付けられちゃったし、返しに行く途中で職質されたりしたら……」
「じゃあ、捨てればいいだろ」
「どうやって?」
「自分で考えろ」
他人事だとすっぱり切り捨てる兄貴に俺は泣きつく。
「兄貴ぃ!見捨てないでくれよ!」
「知らん!タツミがもらってきたものだろ!俺を巻き込むな!」
「もらったんじゃないもん!押し付けられただけだもん!」
兄貴に縋るが、振り解かれてしまう。こんな厄介事に巻き込まれるのは面倒だろうが、俺だけではどうしようもできない。涙目で訴えかけていると、兄貴は大きなため息をついた。兄貴は折れてくれたのだ。面倒見のいい兄貴が、弟のピンチを放っておくことなどできないのだ。
それから床に置いたDVDを挟んで、これの処分方法について考える。
「再生されなければ、バレないんだ。とりあえず刻むか」
「どうやって?」
兄貴の提案には賛成だが、こんな硬いものハサミで切れるのだろうか。
「シュレッダーとか?」
「こんな硬いもの刻めないでしょ」
シュレッダーは紙を刻むものだ。DVDのような硬いものを入れたら壊れるに決まっている。
「DVDを刻めるシュレッダーもある」
兄貴はそういうが、うちにそんなものはない。だが、あそこならあるかもしれない。
「超進化研究所の事務所のシュレッダーは?」
名案だと飛び上がれば、超進化研究所でこんなもの出せないだろと兄貴に冷静に指摘されてしまった。確かに、こんなものを超進化研究所でシュレッダーしていれば、浜松さんや羽島指令長に不信がられるに決まっている。これを何かと問い詰められる可能性だってある。
「仕方ない。ハサミで無理矢理刻むしか」
そう話していると、突然部屋のドアが空いた。
「タツ兄、入るよ」
そして、ミユが入ってくる。
「「うわぁぁぁぁあああ!」」
俺と兄貴は咄嗟に床に広がっていたDVDに覆いかぶさる。
「なにしてるの?」
俺たちの不審な行動にミユは首を傾げる。それに、ストレッチだと適当に答えておく。
「それで、どうした?」
早く出ていってほしくて話を進めると、これとノートを差し出される。
「頼まれてたノート」
そういえば数学のノートがなくなりそうだったから、おつかいのついでにミユに頼んでいた。差し出されたノートをサンキュと受け取ると、ミユは部屋を出て行く。その顔が少し怪訝そうだったことには、目を逸らす。ミユがいなくなったところで、俺と兄貴は息をつく。
DVDの表面になにか印刷されているわけではない。冷静になって考えると、必死に隠す必要もなかったのだ。そうであっても、ミユに見られるのは後ろめたさがある。
「早く処分してしまおう」
それは兄貴も一緒のようで、俺も頷いた。
それから二人で黙々とハサミでDVDのディスクを刻んだ。結構固かったが、力を入れればなんとかなる。一通り刻んだところでぐったり床に倒れ込む。兄貴もいつにもなく疲れて見えた。
「これでOKだな」
「あとは捨てるだけだ」
DVDは何ゴミなのかと考えていると、ほらと兄貴にゴミ袋を差し出される。それは今しがた刻んだDVDのディスクが入っていた。なんだと思いながら、それを見つめていると捨てに行くぞと兄貴は言う。
「捨てに行くってどうやって?」
今日はゴミの日でもなんでもない。どうするのかと眉を顰めれば、直接捨てに行くんだと兄貴は続ける。
「環境センターに捨てに行くぞ。さっさとスッキリしたいだろ?」
兄貴の言葉になるほどと膝を打つ。あそこならゴミの日じゃなくてもゴミを受け入れてくれる。刻んだとはいえ、こんな危険物を家に置いておくのは心臓に悪いから。
行くぞと言って部屋を出て行く兄貴について行く。どうやら最後まで付き合ってくれるらしい。
自転車に乗って、二人で環境センターへ向かった。こうやって一緒に自転車に乗ってどこかへ行くのは久しぶりで、ちょっと楽しくなってくる。これが無修正AVのDVDを捨てに行くというものでなければきっともっと楽しかったのに。
環境センターに着き、受付を済ます。変に緊張して身体に力が入っていたようで、普通にしろと兄貴に小突かれた。それから例のブツを捨てる。いつバレるかとドキドキしていたが、びっくりするくらい何もなく捨てることができた。それで、ようやく俺たちは安堵の息をついた。
「なんかめっちゃ疲れたな」
帰り道、自転車をこぎながらそう言えば、まったくだと兄貴も頷く。
「あのさ、母さんとミユには秘密にしといてね」
友達から押し付けられたとはいえ、無修正のAVを一瞬でも持っていたなんてバレたら恥ずかしすぎる。
「言えるわけないだろ」
兄貴からの返事にホッとする。
「じゃあ、兄貴と俺の秘密ってことで」
にししっと笑えば、今回だけだからなと兄貴はため息をつく。
兄貴はそう言うが、きっと次も助けてくれるだろう。だって、兄貴は兄貴だから。