8回分「八回分だ。どうしてほしい?」
ホワイトデーの日、リュウジさんの一人暮らしをしている部屋にお邪魔するやいなやそう問いかけられる。
「ど、どうって?」
「俺にしてほしいこととかないか?」
「それは……」
だが、そんなこと言われても困ってしまう。
リュウジさんと出会った小学六年生のときから、僕は匿名でバレンタインデーにカップケーキを贈っていた。そして、八回目となる今年のバレンタインデーの日に、とうとうバレてしまった。と思っているのは僕だけで、リュウジさんにはとっくにバレていたらしい。あんなに一生懸命コソコソ贈っていたのがバカらしくなってくる。
僕が一方的に押し付けていただけだから、お返しなんていらないと遠慮したのだが、ホワイトデーに会う約束を取り付けられてしまい、今に至る。
「なんだっていいんだぞ?」
ホワイトデーの日に会ってもらえるだけでも嬉しいのに、これ以上は思いつかない。だが、リュウジさんはやる気満々のようでそう催促してくる。どうしようかと頭を悩ませていると、何気なくついていたテレビに手を繋いだカップルが映っていた。
「じゃ、じゃあ、手を、繋いで欲しいです」
手を差し出しお願いしてみると、構わないぞとすぐに手を取ってくれた。それも、指を絡めてだ。こんなことあってもいいのかと顔を赤くしていると、次はと訊ねられる。次なんて考えてなくて口籠る。恥ずかしさで逃げてしまいたいのに、繋がれた手は離してもらえない。
「えっと……、デート、してほしいです」
恋人繋ぎで手を繋いでしまったなら、もうデートしかない。パッと頭に浮かんだことを口にすれば、お安いご用だと頷いてくれた。
「どこに行きたい?」
続く質問に、リュウジさんが決めてくださいと突っぱねる。ここまでですでに僕の頭はパンク寸前だった。そんな僕を尻目に、そうだなとリュウジさんは考え始める。今のうちに落ち着かせようと大きく息を吸って、ゆっくり吐く。そうしていると、いいデートスポットを思いついたようでじゃあとリュウジさんは僕の顔を見た。
「ここでデートしよう」
「えっ?」
思いがけない行き先に、落ち着きを取り戻しつつあった心臓の鼓動は再び速くなる。
「そ、そ、それは、ちょっと……」
「行き先を決めてほしいと言ったのはシマカゼだぞ」
それはそうなのだが、あまりにも展開が速すぎる。だって、一ヶ月前は密かに想いを抱いていただけ。告白する勇気もなくて、匿名でバレンタインを贈っていたくらいだ。それなのに、今は手を繋いでお家デートをしようとしているのだ。どうしたって理解が追いつくわけがない。
手を握ったまま、リュウジさんはニコニコしながら僕を見つめている。僕からの次の要求を待っているのだ。手を繋いで見つめられるという状況だけで、心臓が飛び出してしまいそうで思わず目を伏せる。それでもリュウジさんは嫌な顔せず待っていてくれる。
もう一度深呼吸してみる。それでこの状況が嫌なのかと自問自答して、そんなことないとすぐに答えが出た。むしろ夢にまで見たことだ。こんなこと二度とないかもしれない。腹を括ってしまったほうがいいに決まっている。
「あ、あの……、ハグ、してもらっても、いいですか?」
控えめにそうねだれば、こうかとすぐに抱きしめてくれた。リュウジさんの匂いが僕を包み込む。それで、もっと欲張りたくなる。
「好きって、言ってほしいです」
今度はそうせがめば、シマカゼと名を呼ばれる。応えるように顔を上げると、リュウジさんと目が合った。
「好きだ」
ずっと欲しかった言葉。やっと与えてもらった言葉が僕の身体に染みわたっていく。これだけでもう十分なのに、それからとリュウジさんは続きを催促してくる。
「キス、してほしいです」
小さく呟くと、右頬に手が添えられ、リュウジさんの唇が僕の唇にそっと触れた。すぐに離れていくそれを名残り惜しく目で追っていく。そうしていると、不意に床に押し倒された。突然のことに唖然としながら見上げれば、悪戯っぽく笑っているリュウジさんと目があった。
「ここからどうする?」
そして、そう問われる。意地の悪い人だ。ここまでしておきながら、僕に言わせようとしている。
「だ、いて、ほしいです」
「優しくするよ」
愛おしそうに頬をなぞられれば、もう悪態など吐いていられなくなってしまった。