聲どうしてと自問自答が続く。
本当はわかっている。それはたった数文字で言い表せられる感情なのだ。ただ認められないと何故という疑問を解決する手立てがない。認めるための確実な数式がない。足し算引き算の関係でもなんでもない、損得勘定もあるわけがないし、理屈も論理的なこともありとあらゆる可能性の事柄を脳内の辞書をいくら開いてもでてきやしなかった。
イコールがないのだ、どこにも。
バラバラでごちゃごちゃだ。まるで屍体を解剖したあと内臓物を落とし地面に巻き散らかしてしまったかのようだ。ぐちゃぐちゃもしてドロドロもしているから例えはこちらのほうがあっているかも、と自分の中で納得がいってニヤリと口の端をあげてしまう。
小難しいのも気持ちわりぃのもごちゃごちゃ言うなと相手は言いそうだ。癇癪を起こした童のように地団駄踏み頭掻き毟る姿を簡単に想像できる。
自分の倍重ねている年齢の割には、見た目以外すべて自分より子供のようだ。
そうデッカイだけの子供なんだ。中身が子供の分、背丈の方すべてに成長がいったのだろうか。年齢と中身がちゃんと比例していない。余程中身が子供なんだろう。込み上げるものを我慢できずに声を出して笑えば、誰かが後ろから僕に刀を突き立てた
「ほらみろまた出てきた」
声変わりしたばかりぐらいの、うまく声が出しづらくて自分が自分でなくなったみたいな違和感に苛ついている時期の少し掠れた少年の声が震えてた。
横目で声の主を確認すれば子供と大人の間で揺れ動く頃の僕が後ろにいた。軽蔑し心底信じられないという表情をめいいっぱい貼り付けている。
「僕が僕じゃないみたいだ、どういうつもりなのか本当にわかってるの?」
自分でも思うから仕方ないなとゆっくり目を閉じ溜息をついた。
背中に当てられたその剣先の感触を着物越しに感じながら、いっそ自ら突き刺しにいけばこのなんとも言えない感情を解決してくれるのだろうかと甘美な誘いにも思えてくる。
まあ、できることはないのだろうけど。
デカい子供のような彼がそうさせてくれないのだから。
「アイツなんで僕の中にずっといるの」
少年の僕は、ねぇと低く僕に問うと、鋭利を背中から僕ではないモノに勢いよく向けた。あれこれと説明する指し棒のように。今からコイツを殺してやろうかの気迫も感じられる。
そんなこと僕が許さないけれども、と柄にもなくムカついて振り向き口に出そうとすれば何かに包まれて少年の僕は視界から見えなくなった。
剣蛸があちらこちらにできてゴツゴツしている、掌の皮も厚くて大きい。この手で刀を握り何人殺めたかなんて気にならないほど、不器用ながらも優しいぬくもりを僕に惜しみなくくれるこの手が、残酷に僕の顔を覆う。少年を見るなというのだろうか。
貴方が言うならそれでも。
もう僕の目には何も見えない。
感じるのは背中から抱きしめてくれるデカい存在。すっぽりと余裕に自分がおさまる空間をわざと逞しい両腕でぎゅうと閉じ込める。動けないようにして意地悪な心地良い窮屈感。背丈七尺三寸程度ある長い背骨をぐぐっと丸め顔を近づけば、年齢を重ねているとわかる長い立派な髭が頬を擽りこそばゆい。吐息を感じてなにか、を言おうと唇を動かすのが空気でわかった。目はもう見えないが、耳は塞がれていないので懸命に聞こうとする。
そう、最期くらい。
ずっと、聞きたかった貴方からの。
「付知」
ああ、やっと呼んでくれたなと。
鼓膜の奥で震えるその低くてあたたかくて、僕の好きな声だ。
考えるのを放棄しもういいか、なんでもいいやこのぬくもりさえあればと自暴自棄なそれで頭の回路を遮断した。
そもそもにこの数文字の感情に意味なんか存在しないんだ。もういつの間にかいるのだから仕方がない、どうしようもないんだ。少年の僕はまだわからないだろうけどね。
正論だらけの少年の僕が消えようとしてるのが感覚でわかる。僕自身もそうなんだろう、四肢にもう力が入らない。瞼を動かすことももうできなくて、吐いた血の鉄の味も口の中でもうしない。
でも唯一、まだ残っている聴覚。死ぬ寸前まで機能しているといわれている器官が必死にまだこの世で貴方と懸命に繋ごうとしている。
また、貴方の声が震えた。
貴方の短絡で幼稚な愛の言の葉が鋭い刃となって僕の丹田を深く深く突き刺す。
貴方と僕は相克だったっけと納得した。
てゆーか敵わないはずだ。
「好きだ」
士遠さんから言われてたけど、氣をうまく感じられなかった僕たちは似た者でもありましたね。ほんとに、似た者。
最期に気付いて、馬鹿野郎ですね。
貴方の声ちゃんと聞こえたと、気持ちに応えたいのに。心臓が止まっても脳に残っていた血流で辛うじて生きていた聴覚ももう機能しなくって今度こそ何もかも感じなくなっていく。
この世に神も仏も救いもないのだろうかとも思うが逆に彼を治療する時間をくれたのも最期に彼の言葉を聞けたのも情けのようなものを感じる。結局のところどっちかはわからない。
非現実的で空想的なもの。そんな不確かものにどうかと縋りついてしまう。届いててほしい。確かめる術はもうないけれど。どうか。
「巌鉄斎。僕だって好きです」
薄れていく付知という僕の存在の中。
最期の最期に
また貴方が僕を呼ぶ声が聞こえた気がした。
終(2023/04/26)