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    yanagi_denkiya

    @yanagi_denkiya

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    yanagi_denkiya

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    社会人二年目の会社員サンディがベリとフェルが開いているパン屋さんに行く話。
    ファーさんが出てくるところまで進まなかった……。

    イケメンはパン屋を開け「はぁ~……」
     地の底に深く沈んでいきそうなため息を吐き出し、俺はオフィスからとぼとぼと外に出た。
     順調に仕事を進めていたが、定時ちょうどに送られてきたメールを開いてしまったのが運の尽きだった。そこからあれよあれよという間に五月雨式に作業が舞い込み、気がついたときには深夜一時を回っていたワケである。
     0時台には既に終電が終わっている状況であるので、最早選択肢はタクシーか始発まで時間を潰すかのどちらかになるのだが、入社二年目、二十三歳のペーペーである俺は、己の懐事情を鑑みて後者の選択肢しか取れないのであった。
     折角だから夜の繁華街で遊んでやろうと考えたが、普段縁遠い店ばかりでどの店に入るのにも気後れしてしまい、結局競歩のような速度で通りを歩くだけになっている。私服通勤であることが幸いしてか客引きの声がかかることもなく――同時にまだ自分は学生に見えるのだろうな、と、切ない気分になったりもした。
     きらびやかな街に気後れし、もう大人しく帰ろうと歩いている途中で見つけたのが明かりのついたパン屋だった。
     スマホで時刻を確認すると深夜二時。パン屋なら仕込みの時間かもしれないと思ったが、ドアにはしっかり『OPEN』の看板がぶら下がっている。
     こんな時間に営業しているという物珍しさと、パン屋という入店の敷居の低さから自然と足が向いた。木製のドアには窓がついており、中を覗くと沢山のパンが陳列されている。
     扉を押し開けると香ばしい小麦の香りが鼻先を擽る。
    「いらっしゃいませ」
     レジ前で作業をしていた店員がすぐに気づいて声を掛けて来たので、反射的に小さく会釈をする。耳障りの良い男性の声だ。
     手を消毒し、盆とトングを手にして改めて店内を見回す。
     小ぢんまりとした店で、パン屋でよく見る木製の棚はなく、真ん中に置かれた大きなテーブルの上にだけパンが並べられている。奥にあるレジの横には冷蔵ケースがあり、そこにはサンドイッチ類が並べられているようだ。レジカウンターの奥は厨房になっており、短めの布で簡単に仕切られているだけなので隙間から中の様子が見えた。中では接客をしている人とは別にもう一人おり、何かの作業をしているようだった。
     とはいえ今厨房を見ていても仕方がない。改めてパンの置かれたテーブルに向き直る。種類は目視でざっと二十程。バゲットなどのハード系のパンが多く硬派なパン屋なのかと思いきや、カラフルなチョコレートで過剰に飾られた子供が喜びそうな見た目の菓子パンや、矢鱈とリアルな造形の動物パンもあったりする。
     一つ一つ値札を読みながら確認しながら見て回るうち、レジ前ゾーンにあったバスケットを見て目の色が変わった。
    「焼き立てだ……」
     チーズとベーコンが巻かれた総菜パンからはほくほくとした湯気が立ち上っている。深夜2時に焼き立てのパンが売られているという驚きから思わず口に出てしまったが、耳ざとく気付いた店員が近寄ってきた。
    「それは焼き立てがお勧めですよ。チーズもまだ蕩けるんじゃないかな」
     帽子の下に見える肌は青白く、艶やかな黒髪と相まってやや不健康にも見えたが、体格はしっかりしている。ミステリアスな赤い双眸と甘いマスク、そして挨拶を聞いた時から感じていた耳障りの良い声。パン屋ではなくこの通りに立ち並んでいるホストクラブに勤務していると言われた方が納得してしまいそうな整った容姿だった。
     あまり普段接する事のないタイプのイケメンの登場に思わず及び腰になりながらも、最低限の礼儀と常識を持ち合わせている俺は当たり障りのない答えを返す。
    「ここから家までタクシーで三十分はかかるので……」
    「外にベンチがあるので、宜しければそこでお召し上がりください。ホット珈琲しかありませんがドリンクも用意がございますよ」
     そう言われてしまうと心がぐらつく。パンを目にしてから小腹がすいているのを自覚してしまったし、何より俺は珈琲に目がないのだ。業務用エスプレッソマシンで淹れた珈琲だろうとは思いつつも好奇心は拭えない。
     結局勧められた総菜パンと、明日の朝食用にクロワッサンとベーコンエピを購入した。珈琲はワンサイズしかないというので蓋なしで頼む。
    「珈琲、オーダー入ったよ」
     厨房にそう声を掛け、黒髪の店員は手際よくパンを包む。総菜パンは食べやすいようにとバーガー袋に入れてくれた。
     厨房からは電動音の混じらないゴリゴリという非常に聞き覚えのある音が聞こえ始め、思わず音の聞える方向を指さしながら店員に問う。
    「も、もしかして豆を手挽きで……?」
    「凝り性なんだよ、パン屋の珈琲だって言ってるのに。それに注文も少ないから作り置きするようなものでもなくて、結局注文を受けてから一杯ずつ淹れてるんだけど……申し訳ないけど五分くらい待って頂いても?」
     本気で呆れているのかしゃべり方が一瞬素になっていた。俺は大人なので気付かないふりをしながら愛想笑いを浮かべながら頷く。
    「ああ……はい、時間は、あるので」
    「宜しければ新商品のミニドーナツをどうぞ。サービスで入れておきますね」
    「すいません、有難く頂戴します……」
     紙袋を右手に外のベンチに座る。中を覗き込むと確かに見覚えのない子供の掌サイズのドーナツが入っていた。
     先にまだ暖かい総菜パンを取り出しかぶりつく。ベーコンを噛み切り口を離すと、確かにチーズが糸をひいた。
     深夜ではあるが繁華街の道は活気があり、沢山の人たちが左右に流れていく。場所柄きらびやかなドレスや派手なスーツを着た人たちも多かったが、そういう人たちもパン屋に入り紙袋片手に出てくるのが何とも不思議だった。単純に俺がパン屋という場所に素朴さを感じているからだろう。
     通り過ぎる人々を眺めながら総菜パンを完食した頃にようやく店員が珈琲片手に出てきた。
    「大変お待たせいたしました」
    「いえ。パン、美味しく頂きました」
    「お褒めの言葉有難うございます。カップのゴミは恐縮ですが店内までお持ちください」
     そう言って店の中に引っ込んでいく店員の背を見送り、渡された珈琲の香りを確かめ――俺は目を剥いた。現実が飲み込めぬまま、恐る恐る紙コップに口を付け、熱い珈琲を一口啜る。
    「ンッ!?」
     舌に感じた味が信じられず、確かめるようにもう一度紙コップに口を付ける。舌を湿らせるように少しだけ口に含み、しっかりとテイスティングして愕然とした。
     このクオリティは絶対にワンコインで提供されていいものではない。紙コップなどではなく陶器の珈琲カップに注がれるべきものだ。
     深い苦みとコクがあるこの味は素朴な菓子が合うだろうと思いついた俺はすぐに貰ったドーナツのビニルを剥いだ。一口齧るとこんがりと揚げられた生地がほろほろと崩れる。噛みしめるとしっかりと小麦の味がする、パンのようなドーナツだった。
     甘くなった口内を濯ぐように珈琲を含むと、幸せの化身のようなため息が漏れてしまった。
     あっというまにドーナツをたいらげ紙コップを空にした俺は、興奮気味に店内へと戻る。
    「あの……珈琲なんですけど……!」
    「お口に合いましたか?」
    「どんな腕の良いバリスタがいるんですか? こんな珈琲、パン屋でワンコインで売られてていいものじゃないと思います」
    「ウフフ……お褒めに預かり恐縮です」
     空の紙コップを俺の手の中から攫った店員は、言葉とは裏腹に困ったように眉をハの字に下げている。
     だがとにかく今はこの珈琲のことばかりが気になって仕方が無い俺は、身も蓋もない質問を投げてしまった。
    「あの、失礼を承知でお尋ねしますが……この時間に珈琲って売れます?」
     ストレートな問いに、店員は小さく目を見張った後、弾かれたように笑い出した。
    「いやー、いい着眼点だね。その通り、全く売れない! あとは家に帰って寝る人達や差し入れとして買っていく人達が主な客層だし、たまに売れても眠気覚ましや酔い覚ましにカフェインが欲しい人達だからさ、味にこだわりとかあんまりないみたいで」
    「こ、この素晴らしい珈琲がただのカフェインとして消費されてるなんて……。専門で出てくるような珈琲をワンコインで飲めるのに……」
    「うーん、出てきちゃったか」
     心底残念そうな俺の呟きに、黒髪の店員は芝居がかった仕草でこめかみを押さえた。
     同時に厨房でせわしなく作業をしていたもう一人の店員が慌てた様子で店頭へと出てくる――や否や、カウンターから乗り出すようにして俺との距離を詰めてきた。
    「君は分かるのか……珈琲の奥深さが!」
    「はっ……あ……はぃ……」
     眼前数センチ前に整いすぎた顔面。それは俺の思考を吹き飛ばすに十分だった。完全に硬直する俺を見かねたのか、黒髪の店員が俺の前から彫刻を引き剥がす。――そう、その男はあまりにも容姿が整いすぎていた。現実離れしたとしか言いようのない究極の美貌は一片の隙もなく、蒼い双眸はまるで雲一つ無い青空を見上げているかのように澄んで爽やかな色をしていた。全身を構成する色素がとにかく白く、その銀髪は肌に溶けるかのようだ。とにかく恐ろしいほど美しいとしか言えず、高名な芸術家が作った精細な彫刻が動いているとすら思えたのだ。
     完全にフリーズした俺を見て、彫刻さんもようやく己のしでかしたことを理解したのか、「ぶしつけにすまない、感動してしまって」と申し訳なさそうに肩を落とした。その様子は捨てられた大型犬のようで、何故か俺の心に罪悪感が湧く。
    「すみません、驚いてしまって。珈琲、貴方が?」
    「ああ。ベリアルに無理を言ってメニューに加えたのだが、開店以来手応えを感じる反応が無かったので取りやめにしようかと思っていたところだ」
     ベリアル、とはきっと黒髪の店員のことだろう。「客前なんだけどなあ」と肩を竦めている。
    「そんな、勿体ないです! 俺、これが飲めるなら毎日通います!」
    「本当かい? それは嬉しいな」
     先程までは少し上ずっていたのだろう。落ち着いて喋ると深みのある優しい声だ。
     何より、彼は笑うと愛嬌があった。『可愛い』などという言葉が脳裏をよぎってしまった俺は慌てて内心でかぶりを振る。
    「この時間まで営業しているのなら、仕事帰りに寄れますので。オフィス、ここから徒歩数分ですし」
    「君ならいつでも無料で――」
    「ルシフェル、これはあくまでもビジネス。商売。ただでさえ珈琲は採算が取れてないんだぜ? 常連客に無料でサービスは言いっこなしだろ」
     ベリアル、と呼ばれていた店員が彫刻――ルシフェルを固い声で制した。勿論あわよくばタダでごちそうして貰おうなどとは思ってもいなかった俺は、勢いよくかぶりを振りながら言い募った。
    「お代のことは大丈夫……というか、安すぎます。十倍取って良いと思います」
    「流石にパン屋でそんなに高価な珈琲を飲む人はいないよ」
    「それはまあ……そうなんですけど」
     それにしたってもったいなさ過ぎる、と、肩を落とす俺を見て、二人は顔を見合わせて笑った。
    「君、よければ名前を教えてくれないだろうか」
    「……サンダルフォンです」
    「私はルシフェル。彼はベリアル。二人でこのパン屋を経営している」
    「貴方の名前は、ルシフェルさんと言うんですね。元々高名なバリスタだったのでは?」
    「いいや。私はパン屋一筋でやってきているよ」
    「では珈琲はご趣味で?」
    「ああ」
    「凄い……今までいろいろな喫茶店で珈琲を飲み歩いてきましたが、こんなに感動した一杯は初めてでした!」
    「本当かい、お世辞だとしても嬉しいよ」
    「いいえ、本当です。比類無き一杯だと思います」
     今度は俺のほうが前のめりに話してしまっていた。まるでアイドルの握手会に居る『剥がし屋』のスタッフのように、ベリアルと紹介された店員が俺の肩を掴んでルシフェルさんと強引に距離を取らせた。
    「もしもーし、オレの事忘れないで貰いたいんですけど~?」
     指でカウンターテーブルを叩きながらアピールしてくるベリアルさんの言葉に、俺は慌てて「すみません」と頭を下げた。ここはあくまでもパン屋の店内なのだった。
     だがすぐにルシフェルさんが「ああいや」と申し訳なさそうに肩を落とす。
    「すまない、つい夢中になってしまった。そろそろ次が焼き上がる時間だし私は戻るよ。サンダルフォン、いつでも珈琲を飲みに来て欲しい」
    「はい、勿論です!」
    「ここはパン屋なんですけど~?」
    「パンも買います!」
    「現金だねえ」
     ごちそうさまでした、と深々と頭を下げ、俺はパン屋を後にした。
    「……とはいえどうしよう、これから」
     時刻は深夜三時。
     最高の珈琲を飲んで冴えた頭が導き出したのは、少し散歩でもするかという何ともふわふわとした結論だった。


    続くかもしれない



    将来的なキャラクター紹介
    ・サンディ
     社会人二年目。珈琲の飲み歩きが趣味。ルシフェルさんに出会って世界は光に溢れ荒れた野は緑が広がり美しい花が咲いた。

    ・ベリアル
     パン屋の接客担当。仕込みは手伝う。ファーさんが大好き。

    ・ルシフェル
     パン屋の厨房担当。接客も得意だと思っている。店にサンダルフォンが来てくれるようになってもの凄く張り切りだした。ファーさんの弟。

    ・ファーさん
     モデル。メンズもレディースも着こなす。着る服によって体型が変わっている気がする。ルシフェルの兄の筈。

    ・バブさん
     「この店だけは死んでも紹介したくなかった」といいながらSNSで二人のパン屋を紹介したのが縁で常連になった。
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